死者からの学び

祐香

祖父の家にて

 温もり。


 月並みな表現だが、その写真を見たとき頭に浮かんだのはそんな言葉だった。


 * * *


 私は今、亡くなった祖父の田舎に来ている。目の前には、昔ながらの大きな一軒家。10年前に祖母が亡くなってからは、祖父がひとりで住んでいた家だ。築60年といったところだろうか。


 明かりが灯っていたときは温もりを感じた木造の古民家も、家主を失った今は寂し気な様相だ。貰い手がなく、一週間後には取り壊されてしまう。


 取り壊される前に、祖父の遺品整理をしなければならなかった。おじいちゃん子だった私はどうしても最後に祖父の思い出を拾いたくて、新幹線と電車を乗り継いで県外からやってきた。


 祖父は90歳だった。少しずつ体のあちこちに不調が出てきて、最後の3ヵ月は入院生活をしていた。もう長くないとわかっていたので、私は暇さえあれば祖父の顔を見ようと病院に足を運んだ。結局、祖父は家に帰ることなく、そのまま病院で息を引き取った――。


 数日前までのうだるような暑さはどこへ行ったのか、季節はすっかり秋だ。玄関の引き戸を開けると、薄暗い空間が広がる。私は、土の敷き詰められた玄関に一歩足を踏み入れた。この横に広い土の部分だけでも6畳ほどの広さはあるだろうか。


 3歩進み、膝より少し低いくらいの高さに作られたコンクリートの段の上で靴を脱ぐ。もう一段上がったところには、10枚の畳が敷き詰められている。私の腰の高さほどのところにあるこの畳に上るために、踏み台の役割をするコンクリート部分が作られたのだろう。


 昔の家は、なぜこんなに玄関が広いのだろうか。私が住んでいるワンルームの部屋がすっぽり入ってしまう。そんな玄関も、祖父が生きていた頃は次々と訪れる客人の靴が並んで賑やかだったが、今はシーンという音が聞こえてきそうなほど静かでだだっ広いだけの空間だった。


 湿っぽい玄関を抜けて、また引き戸を開ける。そこは祖父が一日の大半を過ごしていた居間だった。南向きの窓から太陽光が差し込んでいる。寂し気な外観、薄暗い玄関と、少し気持ちが落ちそうなところだったので、明るい部屋の雰囲気にホッとする。空気の入れ替えをするために窓を全開にすると、縁側に腰を下ろした。


 昔はよく、おじいちゃんとふたりでここに座って、スイカを食べたな。


 この家がなくなってしまうのは寂しいけれど、せめて最後におじいちゃんとの思い出をたくさん拾って帰りたい。さあ、暗くなる前にやってしまおう。

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