魔宰相スケルツォ
第5話 アルフヘイムの呪い
アルフヘイム中央ホテルに彼はいた。
彼の名前はスケルツォ。旧魔王軍の宰相として勤めていたが、その素性は人間に割れてはいなかった。従って、スケルツォが生きているのにも関わらず、人間らは魔王幹部が全て倒れたと勘違いしているのである。
モリクウェンディの彼は現在二百歳。人間に換算すると四十歳位である。
彼は魔王アリアの美しさに惚れ、彼女と共に世界を焼き尽くして来た。その魔王の栄光が終わったのが四十年前、人間らに突如として産業革命が起こった為である。科学技術の前に魔物達は皆無力であった。十二人いた他の幹部らは皆倒され、魔王さえも姿を消したのであった。
生き長らえたスケルツォはずっとアリアを探し続けて来た。彼女の美しさに取り憑かれていたかのように。
「今日も魔王様は見つからない。ああ……アルフヘイムに居る所までは掴んだのに……思っていたより、彼女を見つけるのは大変だ」
ベッドに横になって彼はぼやいた。
彼が最近に呪いをかけた人間は二人。一人はアリス アルフヘイム。もう一人はヴィレ ドルチェだ。彼らの身近に魔王アリアがいると予想し、呪いの計画を実行したのだが、二人ともメタリカ警察に捕まってしまった。けれども別に構わない、とスケルツォは思っていた。彼にとっての人間はただのタンパク質の塊にしか見えないのである。
そして、今日。彼は同じホテルに泊まっていたカナヅチというドワーフに呪いをか
けた。しかし、午後になってすぐに警察がそれを察知し、捕まえてしまった。
「メタリカめ……僕のアリア様を返せ……」
スケルツォは焦燥感に駆られていた。呪いをかけた彼の操り人形は皆、警察が捕らえてしまい、また彼自身にもう充分な魔力は残っていなかった為である。さらには呪いをかけてもすぐに見つかってしまう事が今日分かったので、なおさらだった。
彼は、やはり自分で行動しなくてはならないと強く感じた。
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シーテ街は近代時代を思わさせる外観である。街路にはガス灯が灯され、家屋には電球がつけられていた。夜景は最高に綺麗である。
俺は今日もエリーゼにピアノを聴かせていた。俺の横にはエルもいる。彼女にもピアノを教えていたためである。
現在弾き終えた曲、ラ・カンパネラは俺のとっておきの曲である。現世で最後に弾いた曲なのだ。
二人の拍手が部屋に響いた。
「ありがとう。もう、終わりで良いか?」
俺は鍵盤から手を下ろし、言った。
「うん、ありがとう」
「はい、ありがとうございます」
エルもエリーゼ満足してくれたらしかった。
「ところでこれから外食に行かないか?」
外が暗くなっているのを見て、俺はそう言った。
「およよ……誘ってくれるの?」
およよって何だよ……
「……以前に約束を守れなかったからな。どうだ、一緒に行かないか?」
「行く行く。エリーゼちゃんも一緒だよね?」
「勿論だ。……なるべく、野蛮人が多そうな所は避けたい」
この異世界には未だに勇者気取り屋がいて、自信満々に女性に声をかけてく来るやつがいる。その中には元地球人もいて、少し悲しかったりする。
「そうだなぁ……なら、私のオススメのお店を紹介しよう!」
と言うわけでエルが連れてきてくれたのは、シーテの外れの丘の上の小さなレストランであった。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
エルに連れられ、窓際の席に着いた。エルの隣にエリーゼが座り、その向かいに俺が座ると言う形だ。窓からはシーテが一望できた。
店内はほんのり暗めの落ち着いた雰囲気だった。床はフローリング、店内の明かりはキャンドルのシャンデリアだった。電球が発明されたこの異世界にて、蝋燭を見るのは久し振りだ。
全員がメニューを手に取った後、エルはなんだか嬉しそうに話し始めた。
「ガウスの最近の調子はどう?」
「どうって、何が?」
学院時代からそうであったが、こいつは話し始める時によく先程の言葉を口にする。口癖なのだろうが、聞き返すのが面倒なので直して欲しいと思っている。
「仕事だよ。しーごーと。エリーゼちゃんが来てから、忙しそうだったから」
「エリーゼは優秀な助手として近くにいて貰ってるよ。だから仕事に支障はない。むしろ助かっている。部屋の掃除や、ピアノを聴いてくれたりするしな」
ちなみに、もちろんエリーゼに殺人現場なんかを見せたりはしていない。ここ、重要。
俺がそう言うと、エリーゼは恥ずかしがって
「あの、ガウスさん。ちょっとだけ……恥ずかしい……」
と、その表情はまだ、幼さを感じさせられる。
「あ、可愛い!」
照れるエリーゼを見て、エルは彼女に抱きついた。
「もう、こんな可愛い子がこんな無愛想な奴の同居人だなんて信じられない!」
エルは冗談交じりにそう言ったが、無愛想だと言われると確かにそうだと共感してしまう俺がいた。
「エルさん……すこし、暑いです」
エリーゼは困った様に、けれども拒むことなくエルに言った。
俺は咳払いをし、エルに
「なあ、エル。お前のおすすめはなんだ?」
と尋ねた。すると、彼女はエリーゼから離れ、
「私のおすすめはこれ!」
とメニューの中の一つを指した。
それはビーフシチューだった。
「お、美味しそうだな……。あれ、お前、ハーフエルフなのにいいのか?」
メニューを勧めるという事はすなわち、それを食した事があるという事である。
「殺生でしょ? 良いの。私はエルフの文化が自由的でなかったからアルフヘイムの名前を捨てたんだから」
アマービレの家名は彼女の父親のものらしい。母親は熱心なエルフ文化の信者だったため、エルは母親からよく細かい所まで指示されてばかりだったと言う。
「家を出て良かったと思ってるんだから」
しかしながら、そう言う彼女からは自信があまり見られなかった。
「そうか……。さて、早く注文をしよう。俺は空腹で死にそうだ」
俺は暗く成りつつあった雰囲気を和ませようと、そう言った。幸いにも、エルはそれに笑ってくれた。
アパートに戻って来ると、俺の部屋の前にはグラーベ刑事の姿があった。
「待ち焦がれていましたよ、先生」
「お久しぶりですね。依頼ですか?」
「ええ、その通りです。おや、一緒だっんだね、エリーゼちゃん」
グラーベはエリーゼに気がつくと話しかけた。
「ど、どうもこんばんは。グラーベさん。お勤めご苦労様です」
エリーゼは挨拶した。
ここ一年でエリーゼの人見知りは大分改善されたと言えよう。まだ、初対面の依頼人とは話せないのだが……
「さて、外はまだ寒いですし中に上がって下さい」
俺はドアの鍵を開け、中に彼を通し、俺はすぐに暖炉に火を付けた。
「いやあ……エリーゼちゃんが来てからというもの、先生がきちんと扉に鍵をかけるので、外で待つのが増えましたな。あ、いえ。勿論、そちらの方が警察としては良いのですが」
「あははは。さて、早速話を聞かせて下さい」
俺とグラーベは暖炉の前の椅子に腰掛け、向かい合った。
「ええ。今回の依頼は例の連続呪いの件です。
先週、鑑識がアリスアルフヘイムとヴィレ ドルチェの二人には、同一人物からの呪いがかけられていた事が判明しました。彼女達は何者かによって殺人をさせられていたらしいのです」
アリスとは俺が一年前にアルフヘイムで捕まえた十一歳の少女で、ドルチェはジョコーソ家の事件で捕まえたメイドだ。
「成る程……ささ、どうぞ、続けて下さい」
「現在までの過去三年間に同様の呪いの被害者が五人ほどおり、壊滅した集落は十二に登ります。ドルチェの場合は先生がすぐに解決してくれたので、被害は少なく済みましたが、その他の場所は被害が甚大です」
「あの、お二人にココアをお持ちしました」
話していると横から、エリーゼが二つのマグカップを渡してきた。
「「ありがとう」」
俺とグラーベはエリーゼに礼を言って、それを受け取った。味は甘かった。
「さて、続けます。ドルチェの場合を除き、これらの呪いの被害者は皆、魔王の呪いの短剣を所有していました。ええ、ご存知の通り、血が止まらなくなるアレです。従って術者は旧魔王軍の関係者と断定でき、帝国警察としては早急に捕らえたいのです」
「状況は分かりましたが、現場もないし、犯人への手がかりが何もないのでは、話になりませんな」
俺は断ろうと思った。大体、俺は勇者ではない。魔王軍の排除は軍部の仕事だ。
「いえ、実はこの事は機密事項なのですが、警察は呪い発見の隊員一人をアルフヘイムに先月から動員しています。彼女の調査により、第六の呪いの被害者が見つかったのです。幸いにも彼はまだ殺人を起こしていない事から犯人はその近くにいると言えるでしょう」
「場所は?」
「アルフヘイム中央ホテルです。この事は昨日の話であり、まだ公にもなっていません。術者はホテルにいると予想されています」
またアルフヘイムか……。いや、やはりアルフヘイムだったかと思うべきか……
「犯人はとっくにチェックアウトしたのでは?」
「いいえ、それはあり得ません。何故なら、呪いの反応は一昨日にはありませんでしたが、昨日になって突然反応が現れたのです。つまり、昨日に奴は呪いをかけたと言えるのです。また、昨日と今日にチェックアウトをした人物の身元は確認が取れています」
「つまり、呪いの真犯人はまだホテルに泊まっており、警察は奴をそこで捕らえる気だというわけですね」
「その通りです。早速明日、アルフヘイム中央駅に同行願うのですが、構いませんか?」
「これから殺人の起こる可能性は?」
俺はエリーゼを連れて行くか行かないかで悩んだ。
「大いにあると思います。ガウス先生だって同じ考えでしょう?」
参ったな……エリーゼをどうしよう。
悩んでいるとそれを察したのか、ピアノを拭いていたエリーゼが
「私はエルさんと一緒に居るから大丈夫です」
と言った。その笑顔は、エリーゼは俺のためを思っているが、それ以上にエルとのお泊りが楽しみなのだと物語っていた。
「わかりました。では、刑事。一緒に明日の九時発の特急列車に乗りましょう」
俺は自分の手帳に予定を書き込んだ。
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