姉
虫十無
二人
お姉ちゃんが死んでからお兄ちゃんがおかしくなった。
お姉ちゃんのスマホからお姉ちゃんのふりしてメールを送ってくる。
確かに文面はお姉ちゃんそっくり。けれどお姉ちゃんは本当に死んでいるし、お姉ちゃんのスマホをお兄ちゃんが持っていることを知っている。だからこれを送っているのはどう考えてもお兄ちゃんなんだ。
なんでお兄ちゃんがそんなことをするのかはわからない。もしかしたらお兄ちゃんはお姉ちゃんが死んだことを認められないのかもしれない。そう思ったら、私の返信もお姉ちゃんにするように送るしかない。お姉ちゃんは死んでいないよ、まだいるんだよ。なんとなくそう伝えるような感じで。そう、そこにお姉ちゃんがいるように。まだいるように。
多分よくないだろう。よくないことなのだろう。けれど私はそうするしかない。
多分、私だってお姉ちゃんが死んだことを完全には受け入れられていない。だからだろう。お兄ちゃんがやっていることだとわかっていながらもこうやって返信してしまう。そこにまだお姉ちゃんが生きているのだと思い込みたい。認めたくないという気持ちのままの返信がこのやり取りを悪化させているのかもしれない。
それでも、やめたらお兄ちゃんまでいなくなってしまう。そう思えて仕方ない。やめられない、やめたくない。お兄ちゃんをここに保つにはそうするしかないんだ。
お兄ちゃんには私がいないとだめなんだから。スマホを握りしめた。
姉ちゃんが死んでから妹の様子がおかしくなった。
ずっとスマホを握っている。後ろからこっそりのぞき込むと姉ちゃんとのメールのやり取りを見ていた。よくないことだとは思ったけれど何度も見てしまった。毎回姉ちゃんとのメールのやり取りの画面だった。
最初は冗談だった。そんなことするべきじゃなかった。どうしてそれを冗談なんかでやろうとしてしまったんだろう。後悔してももう遅い。
姉ちゃんのスマホから姉ちゃんのふりして妹にメールを送った。姉ちゃんの過去のメールの姉ちゃんの文面を真似して。返信はいつも通りだった。受信ボックスに入っている妹のメールと見比べて、いつも通りだと思った。そこに至ってようやく俺はいけないことをしてしまったのかもしれないと思った。けれど一度始めてしまったもの、これをやめるのは多分妹にとってよくないのだろう、と思う。
もしかしたら妹は姉ちゃんが死んだことを受け入れられていないのかもしれない。メールの中で夢を見ているのかもしれない。それなら俺はその夢を見続けさせてやることしかできない。
だから俺は姉ちゃんのふりして妹にメールを送る。
多分俺だって姉ちゃんが死んだことを完全には受け入れられていない。だからきっとこのメールのやり取りで妹を通して姉ちゃんを見ている。
妹もこのメールに姉ちゃんを見ている。ここに姉ちゃんを見られなくなったら? もしかしたら妹まで。じゃあ保つには、こうするべきだ。
妹には俺がいないとだめだから。スマホを握りしめた。
姉 虫十無 @musitomu
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