撫でる指、落とす唇

@chauchau

写真に


「先生はさ」


「おう」


「おっさんじゃん?」


「そうだな」


 社会準備室で一人机に向かってなにか書いている担任の横顔を見続ける。いくら見ても頼りなさの変わらない安心安定の中年フェイス。

 あ、髭の剃り残し見っけ。


「スマホもなかったわけじゃん」


「ああ」


 自分のことをいつもおっさんおっさんと言うから、生徒もおっさん先生って呼ぶ。本人も怒らないし、ただ怠そうに返事してくれる。


「待ち合わせは命懸けだったり、気になる女の子の家の電話にかけて親が出てドキドキしたんでしょ?」


「さすがにガラケーはあったっての」


「じゃあ、先生は苦労しなかったの?」


「ああ」


「ふぅん」


「まず彼女が居なかったからな」


「問題外じゃん」


「苦労してないことは本当だ」


 別の苦労はありそうだけどな。


 ――カシャッ


「金取るぞ」


「スマホ持ってること怒りなよ」


 うちの高校はスマホ禁止だというのに、怒りも没収もしてくれない。


「良いんだよ、お前は」


「どうして?」


「成績良いから」


「そういうもの?」


「時と場合は守ってるだろ」


「うん」


「そういうことだな」


「本音は?」


「面倒くさい」


 先生の肩を殴る。

 ぽすぽすと乾いた音しかならない。


「で?」


 促してくれるなら書くの止めてくれないかな。くれないだろうけど。


「告白された」


「見せるなよ、向こうが可哀想だ」


 仲が良かっただけの男友達から届いたメッセージ。


「スマホがあるとさ、告白も簡単に出来るじゃん。なんかなぁ……ってなる」


 ぽすん。

 先生の肩におでこを乗せる。無反応なのでぐりぐりしたら押し退けられた。


「簡単じゃない告白って何だ」 


「え? ……、ラブレターとか、直接校舎裏でー、とか?」


「変わんねぇよ」


 一瞬だけ。

 先生がこっちを見てくれた。


「方法がどう変わろうと、根っこの緊張は変わんねぇよ」


「そう?」


「家に電話して親が出たらどうしようって緊張が、女性が電話に出てくれるかな。電話に出たらなんて声を掛けようか。そんな風に変わるだけだ」


「メッセージで告白も?」


「震える手でメッセージを送るのと、震える手でラブレターを書くのと何が違う」


「震えてないかも」


「それは男の性格の問題だろうが」


「分かるけど分からない」


「道具が変わって方法が変わっても、お前らは青春してるってことだよ、若いねぇ」


 先生の手が次の書類に伸びた。

 痩せて骨張っている男の人の手。もう一度肩におでこをぐりぐりしたら、また押し退けられた。


「返事はしてやれよ」


「メッセージで良い?」


「簡単に断れるのは楽で良いな」


「簡単じゃないし……」


 先生が笑う。

 腹立つ。


「先生はどんな方法で告白されたい派?」


「女は風俗で良い派」


「そんなこと言うからモテないんだよ」


「モテたくないから言ってんだよ」


「言わなくてもモテないよ」


「知ってる」


 だらしないし、怠そうだし、頼りない。

 おっさんだし。カッコよくないし。怒らないし。


「メッセージのID交換しようよ」


「やってねぇ」


「嘘だ」


「嘘だが?」


 無防備な脇腹を殴る。力を込めて。


 先生が噎せている間に荷物を纏めて出ていった。また明日な、と殴られたことを怒りもしない先生の声が閉めた扉に遮られた。


 さっき撮った先生の横顔。


「剃り残し見っけ」


 やっぱりだらしない。

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