第73話 エッセイとは自分を晒すもの

 エッセイとは自分を晒すものだと思います。

 小説でも多かれ少なかれ、文章から自分がにじみ出て晒すものだと思うけれど、自分の体験などを元にして書くエッセイは晒す割合が大きい。

 私はあまり個人情報を出さないようにしているつもりですが、エッセイを書きつづけていると、どうしても晒してしまいます。

 かなり晒しているかもしれない。

 私が敬愛する村上春樹先生は、牡蠣フライについて書いても、自分自身について書くことになる、と「雑文集」の冒頭で書いておられます。

 エッセイとは極論すると、自分を主人公として書くノンフィクションと言えるかも。

 そう考えると、性格が後ろ向きで悲観的で非社交的な自分を晒しているこの「生きているから遊びたい。」を即時完全消去したくなります。尊くも読んでくださる方がいるので、黒歴史でも消しませんが……。

 他に私の特徴としては、割と多趣味なことが挙げられます。主なものは、アウトドアでは釣り、登山、旅行、インドアでは小説を読み書きすること、イラストを描くこと、漫画、アニメ、将棋、ラーメン、アコースティックギターなど(イラストも将棋もギターも下手だけど。小説はいちおう下手ではないということにしておきます。読んでくださる方がいるので)。

「生きているから遊びたい。」はそれを反映して、よく言えばバラエティのある、悪く言えばまとまりのない内容になっています。

 また、私にはくそ真面目な面があります(自己分析)。

 なので、エッセイの文章が硬くなりがちです。意識して柔らかくしないと、硬すぎて食えない品ができあがります。

 ああああ、この回がすでに硬い。硬すぎる。読むに堪えない。消そう消そう消そう消そう……。

 私はある才能あふれる方にノベプラのコメントで「あなたが書いたエッセイを読んでみたいです」と伝えたことがあります。

 エッセイは自分を晒す暗黒面があるけれど、小説には昇華できないなんやかんやを書ける楽しい面があって、光が闇を凌駕する分野です。

 某ひだまりのねこ様のようなエッセイの名人に憧れます。

 それほどのものはとうてい書けないのに、私がエッセイを書いている理由。

 楽しいから!!

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