第6話 将棋上達の壁

 この話はたぶん将棋を知らない人には面白くない。

 将棋の強い人が読んでもつまらないだろう。

 あまり強くないけれど、将棋が好きという人が読んだら、ひょっとしたら面白味があるかもしれない。

 一時期仲間内で将棋が流行った。

 僕はほとんど定跡を知らなかったので、仲間たちの対戦を見ていた。そのうちに面白そうだなと思うようになり、やりたくなった。

 対戦してみると、コテンパに負けた。負けるのは当然とわかっていても悔しかった。

 僕は機会があればその後も指し続け、負け続けた。いつか勝ってやると思っていた。

 将棋の勉強を始めた。

 基本的な定跡書を読んだ。僕をコテンパに負かし続けている戦法は棒銀だと知り、それを防ぐために矢倉囲いが有効だと学んで、矢倉で玉を囲いつつ、こちらも棒銀戦法で反撃を試みた。簡単には負けなくなったが、やはり勝てなかった。僕を含めて五人の将棋仲間がいたのだが、四人相手に一度も勝てない日が続いた。

 僕はNHK杯テレビ将棋トーナメントを毎週見て、一手詰、三手詰、五手詰の詰将棋の本を買って解き、振り飛車戦法と美濃囲いを覚えた。石田流三間飛車を使い、初めて勝つことができた。

 初めて勝利したときの喜びは大きかった。初めてブラックバスを釣った喜びに匹敵する。と言っても、将棋もバス釣りもしない人にはわからないか。

 しかし石田流は来るとわかっていれば、組ませてもらえない戦法である。僕の二度目の勝利は遠かった。四間飛車、中飛車、向かい飛車なども試したが、勝てなかった。相振り飛車になることもあり、金無双囲いをしたが、勝てなかった。

 仲間にはずっと一緒にやっていれば、同程度には強くなれるよと言われていたのだが、なれなかった。僕は自分の頭が悪いのではないかと疑わざるを得なかった。

 NHK杯を見ているうちに、最近は振り飛車党は減少傾向にあり、居飛車党の方が多いということを知った。僕は振り飛車をやめ、居飛車党になった。相掛かり、角交換、横歩取り、矢倉などを試した。なかなか勝てない。居飛車は様々な変化があってむずかしい。いや、もちろん振り飛車だってむずかしいのだが。

 定跡書を読むのは苦手で嫌いだったが、振り飛車対策の本を読み、ついに振り飛車党の仲間から二度目の勝利を得ることができた。感激だ。初めてハードルアーでブラックバスを釣ったときの喜びに匹敵した。と言っても以下略。

 僕に破れて、その人は振り飛車党をやめた。仲間全員が居飛車党になった。

 角交換将棋の最新型などを覚え、たまに勝つことができるようになった。と言っても勝率は一割ぐらい。十回対戦して一度勝てる程度だ。それでも勝つ喜びは大きかった。四十アップのブラックバスを釣ったときのって、しつこいかな。

 定跡書をもっとたくさん読んだらいいのかもしれないが、将棋の本格的な定跡書を読むのは怖ろしく時間がかかる。もちろんエンタメ小説のように面白くはない。しかも内容を覚えるのはなかなかに困難だ。僕は読まなかった。

 そのかわりに将棋ソフトを買って、たくさん対戦した。ソフトの十級相手には難なく勝つことができた。七級までは順調に上がった。六級に上がるのはやや苦労した。五級に上がると勝てなくなり、六級に落ちた。六級ではうまくいけば昇級できるだけの勝利を重ねることができ、たまに五級に上がる。しかし五級が僕にとっての壁だった。それ以上はどうしても上がることができなかった。六級に降級してしまう。どうやら僕はせいぜい六級の腕前らしい。

 将棋仲間は初段の腕は持っていないとみんな自己申告していた。どうやら僕の仲間は三級から五級ぐらいの腕の持ち主のようだとやっと判断することができた。勝てないわけだ。

 やがて仲間内の将棋ブームが去り、僕らは指さなくなった。

 たまにソフトと対戦するのだが、僕の腕は六級で止まったままである。

 追伸、将棋ラノベ「りゅうおうのおしごと」は傑作だと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る