裏切りは私の身に付き纏っている

地獄公爵

プロローグ・反抗者、或いは反乱者か?(前半)




 密輸入したければ、昼が一番良い時間だというのは、闇血帝国の国境地では当然のことだ。夜も朝も同じぐらい危険があるから。


 「兄貴、どのぐらい歩いたら約束の売り場に到着するの?」


 「もうすぐ、もうすぐ、あと二十分歩いたら、あの日差しの強い森の空き地に到着するぞ。」


 革製のコートとマントを着て、斧、槍、弓、円盾を携えている妖精と人類は、腰に至るまで高い植物を分けて進んでいる。表面的に見れば、彼らは普通の狩人だ。しかし、もう少し武器を観察すると、こいつらは帝国の敵だと分かる。


 彼らの斧と槍の刃と矢の矢じりには、真銀ミスリルが散りばめられている上に、ルーンも加えてある。それは吸血鬼を撃つのに凄く役に立つ。


 支配階級の吸血鬼は、真銀の流通を厳しく制限しているが、この貴金属は武器と甲冑を製作する上質な原料なので、帝国の外から真銀の鉱石や製品を輸入する者はいつもいる。


 「めちゃ暑い~みんなちょっとジュース飲もう!」


 兜を被った妖精エルフの首領は、部下の顔から汗が垂れているのを見た後、背嚢から二つの水筒を取り出してみんなに渡した。


 「これ、クランベリー、ブルーベリー、コケモモを混ぜて作ったジュースだ。夏に飲むと、元気が出るよ!」


 「ありがとう!兄貴!でも、ビールもあったら最高だね~」


 「今は任務中、忘れるな!みんなが鉱石を武器に換えて持ち帰った後で、いっぱい儲けるぞ~そのまま酒場に行って、ビールをいくら飲んでもかまわん。」と妖精の首領は部下の肩を叩いて励ました。


 飲料が列の最後の若い妖精に渡された時、彼の容貌は首領の目を引いた。


 「そこの若いの、ちょっと話していいか?お前は氷泉族ひょうせんぞくの妖精の生存者だろう?濃い灰色の髪に真っ白な肌ってお前たちの特徴だ…」


 首領は若い妖精の前に来て声をかけた。若い妖精はジュースを飲んだ後、柔らかい声で答える。首領の響く声とは正反対だ。


 「はい、私の名前はヴワデク、漂泊中の氷泉妖精です。二ヶ月前にみんなの仲間になったので、首領は私を知らなくてもおかしくはないです。」


 「俺、初めて氷泉妖精を見たんだ。三十年前の戦乱で、お前たちの数は大変減ってた。今ドラゴンさえもお前たちより多そうだな…」


 「そうですね…殆ど殺されちゃいました。生存者は極東へ逃げたり、白ルーシと黒ルーシの町に身元を隠して他の妖精と一緒に暮らしている。我らの故郷はもう廃墟になり、私の家も…最後に残ったのは私だけです。」


 若い妖精は嘆いたが、話す時、感情は高ぶることはなかった。沢山悲しいことに遭ったので、もう感情が鈍麻しているのだ。


 氷泉妖精…闇血帝国の東北地方に住んでおり、美貌と宝石加工で有名な民族だった。氷泉妖精は帝国に従った。しかし、地方の貴族は長い時間、彼らに琥珀や金緑石の供出を強要し続け、高額で転売した。しかも、氷泉妖精には宝石の販売を許さなかった。帝国の苛斂に耐えた末に、一部の氷泉妖精が蜂起した。帝国の反応は、軍隊で町を一つ一つ焼き払い、大量の氷泉妖精を逮捕して処刑した。蜂起に参加しなかった者でも命と財産が奪われてしまった。


 「一族の悲惨な過去を聞いたことがある。申し訳ない。私の親族はお前たちを助けられなかった。」と首領は軍刀の柄を握る。「でも、もし復讐したければ、ここのみんなはお前の頼もしい戦友だぞ!」


 「ありがとうございます。復讐といえば、皆の中で帝国政府が嫌いじゃない方はいないでしょう?みんなが戦い続ければ、帝国の貪官汚吏はきっと食事の時にも寝る時にも安心できませんから!」


 「そうだ!吸血鬼か半吸血鬼か、日差しに当たれない奴らを夜でも地下に隠れて外へ出たがらないようにしてやろう!」


 「充分な真銀の武器を手に入れれば、妖精たちはあんな化け物に負けない。絶対に!」


 「ヴワデク、拙者の兄上も帝国軍に殺されたので、一緒に仇討ちしましょう!」

他の隊員も若い妖精に応ずる。彼らが蜂起軍に参加するのは、色々なわけがあるが、端的に言えば、吸血鬼の貴族のせいで故郷で生活しにくいということだ。


 吸血鬼は数が少ないが、妖精より魔法や科学に優れている。日差しに当たるのは禁物のせいで力でも体格でも妖精に勝てないとはいえ、闇の血液がもたらす優秀な回復能力と魔力で戦場では常勝だ。ただ真銀だけが吸血鬼の回復能力を破壊し、ひどく傷つけることができる。


 「復讐のために、私は三十年間漂泊していて、幾つかの蜂起軍の団体に参加した…良い仲間の貴方たちと出会えて本当に光栄です。」


 ヴワデクは仲間たちの手を握って、心からの感謝を示した。


 「機会があれば、ダシコ様のところへ連れて行こう!彼は二つの町が共に選んだエルダーだ。今は千名以上の兵士を率いてる。彼は町を拡大して兵士を増やして、更に移民を集めようとしている。」


 首領はヴワデクの肩を叩いた。


 「帝国の国境の外で新しい安住の地を見つけられたら、素晴らしいですね!」

 「よし、みんな休憩が終わったら、進もう!」



 「やっと『交易所』に着いた。あと十分で、帝国の商人が来る。」と首領は懐中時計を見て交易の時間を確認した。


 「交易所」は回帰の森の狭い谷だ。その中には見えにくい道路がある。恐らく狩人と樵が作ったものだ。低い山坂には木と高い草が数えられないほど生えている。身を隠したいなら、こういう場所は上等だ。


 「交易の時、哨戒をやる兵士がほしい。帝国の軍隊を警備する以外にも……商人が罠を仕掛けないか注意する。あいつらを信用し過ぎないほうが良い。三名の兵士を森に隠してあいつらを監視する必要がある。」


 「首領、私を行かせてください。」と若い氷泉妖精が手をあげた。


 「よし、じゃ、気を付けて…チェスワヴ、ドビエスワブ、お前たち兄弟は一流の射手だから、一緒に哨戒に行ってこい!」


 「はい、首領。」


 赤髪であるこの兄弟は、氷泉妖精のヴワデクと一緒に山坂に登り森へ行き、すぐ密生した深緑の葉の中に姿を消した。


 「他の戦士も油断するな!何かあったと気付いたら、さっさと作戦準備をしろ!」


 「私は長い間斧を振っていないから、もし帝国軍が本当に来てくれるなら面白いぞ!」


 「そうだそうだ!今でも何ヶ月か前に、真銀のランスで半吸血鬼を刺し殺した快感を忘れられない!」


 帝国軍が現れるなら、どうやって彼らをぶっ飛ばせばいいか、とこれらの好戦的な妖精戦士はやかましく話し合っていた。首領でも強い士気に感じ入り、部下に敬意を払った。


 革製の背嚢を携えて緑マントを着る妖精が三名、みんなの視界に現れた。彼たちは右手を挙げ掌を示して、薬指を曲げた。これは密輸入をやる商人たちの共通の暗号。


 首領は同じジェスチャーで答えた。商人たちは頷いて、前に進んできた。


 「これが真銀の鉱石だ。」


 首領はヴェストのポケットに手を入れて、銀色の光が放った鉱石を取り出した。 


 「約束の通りに、私たちと交換する真銀の武器を持ってきた?」


 「全部持って来た。念のために、みんなで見本を交換して確かめよう!」


 この商人は声が軽快だから、明らかに女性である。彼女は鉱石を受け取ると同時に、一本の短剣を与えた。


 闇血帝国の統治者たちである吸血鬼貴族は、人民の蜂起を予防するために、真銀鉱石と製品の売買を厳しく管理している。しかし、真銀の密輸入はいつでも止められない。


 「この真銀が散りばめられた短剣は上質な鋼材で作られた上に、刃の厚さもちょうどいい。」


 「ありがとうございます。渡された鉱石も品質が良い、真銀量が多いだけじゃなく、他の元素もついているので、しなやかさを保っているね。」


 真銀は鋼鉄より硬く、金より展延性に富む。こういう貴金属は高くてあたりまえだ。損する取引をやる者はいないが、利益がある取引であれば…酷刑を受けるリスクがあってもやりたい者がいる。


 実は、吸血鬼貴族が真銀の取引を制限する理由の一部は、彼らは専売でたんまり稼げるのだ。そういう良い事を下賤の庶民にやらせるわけがあるだろうか?


 だが、上の者が政策を作れば、下の者も対策を考える。帝国の国境外である極東の荒原には、真銀が取れる鉱脈が大量にある。あそこの住民たちが持っていないのは鍛造技術なので、真銀鉱石を集めて帝国に売り、お金と武器の交換を行っている。


 「それでは、お互いに商品を確認した上で、交換しよう。そして、次はどこで会うか話し合う必要がある。いつも同じ場所でやれば、遅かれ早かれ帝国軍にバレてしまうぞ。」


 「ごもっとも。この森は隠密性に優れているけど、もっと気を付ければもっと安全だ…」


 彼らは自分の心配事がすぐに現実になるとは思っていなかった。


 「みんな、動くな。我々は帝国の密輸入対策部隊だ!叛乱軍、お前たちはもう弩手と隼哨兵に囲まれている!武器を捨てれば、我々は攻撃しない、お前たちに公平な裁判を受けさせることを保証する。」


 話が終わったとたん、二つの矢が森から飛んできて、妖精と人類戦士の足元に当たり、多くの落葉を巻き上げた。


 「やばい、帝国軍だ!」


 「みんな作戦準備を!矢に気を付けろ!」


 戦士たちは怯まず盾を持ち上げて防御しながら、矢がどこから飛来するか捜している。


 「反抗をやめろ!でなければ撃ち殺す!」


 また一つの矢が飛んできた。今回は山坂の岩を粉々に砕いた。首領はすぐあの密輸入対策部隊が嘘をついていないと分かった。樹叢(じゅそう)に隠している弩手は魔法が付いた強力の矢で、みんなが逃げる前に撃ち殺せる。弩手の数は分からないが、少なくとも五名以上だ。


 隼哨兵と言えば、黒ルーシ大公国のエリート部隊としてとても有名だ。彼たちは色んな兵器が使える上に、戦術も多変だ。追跡、浸透、暗殺は全部彼らの熟達した技だ。


 「もう一度言う!武器を捨てて反抗をやめろ!」


 帝国の商売者は手も足も出ない。次にどうすればいいか分からない。でも、勇敢に暴政に反対している妖精と人間たちは、そのまま降参するつもりはない。


 「みんな、さっさと円陣を組め!商人たちを囲んで、山坂に寄り防御しろ!」


 首領の命令を聞くと、勇士たちは円盾を持ち上げ身を低くした。三名の商人を囲んで、肩を揃えて防御の陣を構えた。


 「商人ども、私たちの背に掴まり、私たちのペースに従い山坂へ移動しろ!」


 また三つの矢が森林から飛んできた。でも、盾に当たる前に折れた。これらの円盾は魔法がかかっていて盾の主が連合防衛をすると、エネルギー壁を成して外からの攻撃を阻むわけだ。


 「陣形を変えろ!砦陣を構えろ!」


 山壁に寄せて背向した後、反乱軍は再び陣形を変えた。最前列の兵士は片膝を曲げた。第二列はちょっとしゃがんだ。第三列は弓を構えて、森林のほうへ射て反撃している。


 「頑強な反抗をやめろ!でなければ、次は爆弾の矢を使ってお前たちをボロボロに…」


 「あああああ!」


 隼哨兵の話がまだ終わらないうちに、凄まじい叫び声に中断された。ある弩手は腹を撃たれたのだ。敵を傷つけた後、反抗軍の士気が上がった。


 でも、隼哨兵はすぐやり返した。一つの火矢は反抗軍の側に落ちると、すぐ激しく燃えた。一番外側の兵士は身を向けて円盾で火を消そうとしたが、間もなく矢に胸を貫かれて絶命した。


 「勝手に動くな、魔法防御で全ての攻撃を止めよう!」


 両軍が対峙する時、隼哨兵の声は再び森林から伝わってきた。


 「私は無駄な損害を与えたくない…お前たちは悪徒じゃないので、公平に決闘しよう!もし私を殺して、密輸入の真銀を捨てればそのまま去ってもいい。」


 「俺たちは騙されない!どちらが先に耐えられなくなるかきちんと見てろ!」


 「この矢をくらえ!」


 また矢があるところから飛んできた。反抗軍の盾は攻撃を防いだが、みんなは強い圧力を感じた。まるで岩が盾に押し付けたような圧力だったので、三つの盾に裂け目ができた。


 首領は状況がまずいと気付いた――隼哨兵はこの盾陣を破壊する能力を持っていて、遠距離でみんなを殺せる。今の地形は彼らにとても不利だ。選択肢はこの谷を離れて森林に逃げてゲリラ戦をするほかにない。森林の中では、きっとすばしっこくて道を熟知した反抗軍が優勢を保てる。


 問題は、盾陣をあきらめて、みんなが全力で森林に入る前に、少なくとも五六名ぐらいの兵士が殺されたことだ。しかも、密輸入対策部隊は多くの伏兵を用意したかもしれない。


 首領は拳をぎゅっと握って、ある決意をした。


 「出てきて勝負をしろ!帝国の犬!」


 縄を森林から放った。そして、隼哨兵は縄を掴んで、軽快に山壁の上から降りた。

 あの隼哨兵は反抗軍に顔を向けた。みんなは何秒間か沈黙した後で、怒って彼を罵った。みんなはヴワデクが隼哨兵だったなんて思わなかった!彼と一緒に行動したチェスワヴ兄弟は彼に殺されてしまっただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る