ジャンク屋のクエスト

大月クマ

幻の街へ

 足下はコケむしり、湿っている。何度か転びそうになりながら、暗い森をふたりは進んだ。

 見上げれば、木が生い茂り、下はコケむしった岩。

 ライトだけが頼りだが、暗闇が光を吸収しているのか、木なのか、岩なのか、すぐ目の前まで来なければ分からないぐらいだ。


「ホントにあるのかよ! こんなところに!」

「データ上はそうなっているわ」


 ふたりは、どちらも若い女性の声。周りが暗くて容姿はハッキリしない。

 両手が使えるように、頭に付けているであるライトは自分達を照らし出さない。


も変なものに目を付けやがって!」


 愚痴をこぼしているのは後方にいるひとり。苛立って、カツン! と、近くにある何かを蹴飛ばしたようだが、湿ったコケが被っているようで、彼女が思っていたほど音がしなかった。八つ当たりが、のが気に入らないのか、足下のものを適当に蹴飛ばした。


「痛っ! 何するのよ!」

「ゴメン。062……」


 どうやら前方を歩く062彼女の背中に、たまたま蹴飛ばした小石が当たったようだ。


「061。いやだったら、ひとりで帰れば?」

「いやいや、あたしをこんなところに置いてくなよ。さっきから磁気の乱れもあって、羅針盤コンパスが上手く動かないんだよ」

「私もコンパスが、不調だけど……」

「ちょっと待て。おいおい、方向を失ったとかいうんじゃないだろうな」

「私の計算は正しいわよ」

「062の計算って……ホントに大丈夫なのか?」

「失礼ねぇ。補正しながら、ちゃんと地図通りに歩いてます。あと3時間も歩けば……」

「まだ、こんなところ歩くのか……」

「じゃあ……」

「――黙って付いていきます」


 そのまま闇の中を進んだ。


 062のいった丁度、3時間後。少しひらけたところに出た。空を見上げれば、先ほどまで鬱陶しいほど被っていた枝葉は少なくなり、隙間から星明かりが見えた。

 足下にゴツゴツした岩が見受けられない。


「アスファルトだ!」


 061のいうとおり、ライトに照らし出された足下には昔、道の舗装に使われていたアスファルトが広がっていた。それが割れて名の知らない草が、転々と小さな草むらを作っている。横幅は10メートル以上、昔は立派な道であったと推測できる。


「おかしいわねぇ……」


 ボソリと、062が呟いたことを061は聞き逃さなかった。

 061彼女のライトが062の顔を照らし出す。


「ちょっと! まぶしいわよ!」

「計算通りじゃないのかよ!」


 照らし出されたのは、黒髪の長髪に褐色の肌を持つ少女だ。そして、顔のメガネにライトの光が反射した。


「けっ、計算通りです。ここが目的地の端っこだわ!」


 お返しとばかりに、061の顔めがけてライトを浴びせた。

 こちらは栗色のボブカットに褐色の肌を持つ少女。瞳が青く輝いていた。


「最初から、この道を逆算で見つけ出せなかったのかよ。それのほうがあんな森ん中、突っ切んなくって……」


 061の言葉を聞いているのか、聞いていないのか……062は黙って紙の地図をみて、勝手にうなずいていると、


「こっちね!」


 と、アスファルトの道を歩き出した。



 ***



「結局、なんなんだこの街は……」


 061の目の前に、広がる街と表現できるものが広がっていた。

 今、立っているのは、その街の大通りの入り口だ。

 ここまでの道のりを考えると、密林やら荒廃した道だった。それがウソのように思える。まるで人が手を加えているようだ。だが、よく観察すると不自然だ。

 電灯が立ってはいるが、まともに電気が付いているのはない。その割には、背の低い街路樹はキレイに刈り込みがされている場所もある。


「061、聞いていなかったの? 

 マスターが出発前にいっていたでしょ。幻の街があるって。その昔、人間が完全自給型の街を造ったんだけど……」

人工知能症候群AIアレルギーで、捨てたんだよな」


 AIアレルギー。


 その昔、人工知能AIの発達で、ロボットそれを入れた器によって人間の生活は便利になっていく一方だったそうだ。だが、ある日、周りにあふれすぎたAIに不信感を抱く者が現れた。


 自分達が創り出した、に支配されているのではないか。


 不信感は恐怖や強迫観念へと変わり、人工知能を含め、ロボットまでも拒絶するようになっていく。その頃には、AI自身は人間と区別できないまでに成長していた。それをロボットと、片付けられない人間の容姿そのものなモノが現れていたときだ。

 それが拍車を掛けたのかもしれない。

 ある人間は、自分の身の回りからならまだしも、生活圏からでさえ遠ざけはじめた。遂には個人から社会現象にまでなり、破壊行為へと繋がっていく。


 正当防衛。


 そう防衛だ。

 先に手を出したのは人間だ。ロボットは殺されると思ったから、自己防衛したに過ぎない。


 結果は、ロボット側の勝利。


 人間達は地球上にバラバラに拡散し、小さなコロニーを作ってなんとか絶滅を免れている程度だ。


 では、この街は何であろうか。


 AIアレルギーが蔓延する前に、ひとつの企業が創り出した当時の最高技術を集めた都市。

 当時の理想を詰め込んだ夢の跡といたところであろう。

 蔓延したAIアレルギーは、この夢の都市も襲い、ここで生活する人々は去って行った。だが、人は去っても、この都市を維持管理するために造られたロボット達は、黙々と作業を続けた。

 その結果が今の都市の状態。

 中途半端に手入れされた場所もあれば、放置された場所もあるのは、未だに動くロボットが黙々と作業を続けていたためだ。


「何て読むんだ?」


 061は、近くの建物の入り口に看板が立っていることに気が付いた。


Smaスマ……Ho……?」


 英語という人間が使っていた文字が書かれていた。が、読めるのはそれまでだ。薄汚れたのは、その手入れしていたロボットが機能停止したためであろう。

 顔を上げ、建物をライトで照らすと、2階建てのこぢんまりとした建っている。


って、これだっけ?)


 061の頭の中で、その言葉それを探した。


? あの端末が何?」


 062が呟いた。


(ああ、あの忌まわしい端末だ)


 061は『スマホ』を思い出した。

 今は機能していない人工衛星を使った全地球測位システムGPSが、搭載されていた連絡用の端末だ。人間も持っていたし、ロボット達も内蔵していた。

 そのおかげで、戦争中、逆に探知することで隠れた相手を攻撃できたことを聞いている。 1メートルほどのずれなど、数メートルを破壊できる砲弾を撃ち込めば、そんな誤差は関係ない……とのこと。

 だから、皆が一斉に捨てた。


(そのと、この建物は何が関係があるのだろう……)


 061はフラフラと敷地内らしいところに、脚を踏み込んだ――そこは管理ロボットが動いているのだろう。芝生がキレイに刈り込んであった。

 途端!


『警告! 無許可侵入者!』


 突然けたたましいベルの音と共に、人間の声が聞こえてくる。


「061。何をしたの!?」

「知らないよ!」


 暗闇にけたたましいベル。それは建物の入り口のところから聞こえた。それをよく観察すると、入り口付近に赤いランプが点灯している。

 とっさに061は、腰に下げた拳銃を取り出し、そのランプ目がけて数発撃ち込んだ。


「でえぇぇい!」


 10数メートル離れているが、外すことはしない。


 弾丸を撃ち込まれた装置が沈黙した。ベルも人の声も……


「あぁーーっ!! 061、壊さないでよ」

「あんなモノがほしいのか?」

「マスターに見せれば、それなりに金になるモノじゃないの?」

「弾丸よりも?」

「この都市が出来たときは、この地域は弾丸は違法だから無いわよ」

「ええっ! 弾丸がないのかよ」


 061はかなり落ち込んでいる。

 今の世界的通貨は、希少金属か弾薬だ。紙幣も硬貨も収集家の集めるガラクタ骨董品だ。


に他に何かあるかもしれないよな」


 落ち込んでいた061彼女はすぐに立ち直って、建物へ向かった。


「待ちなさいよ!」


 その後を、062が追いかける。



 ***



「何か見つかったか?」

『ガレージで車を見つけたわ』

「走るのか?」

『100年前の車よ。タイヤがダメ……』


 室内を物色する061の問いに、外部を探索する062は答えた。

 の中に入っても、対したものは無かった。いや、骨董品の心眼が無いだけなのかもしれない。

 彼女が中に入って思ったのは、100年近く経っているのにキレイな状態が保たれているということ。ホコリもほとんどない。恐らく、管理ロボットが掃除をしているのだろう。


(やっぱり、マスターを連れてこないと。わかんないか……)


 ボリボリと頭をかきながら、そんなことを思った。

 金になるものがあるのかもしれないが、実際自分の記憶メモリーには情報データがない。


『061。そろそろ夜が明けるわ』

「了解」


 よくよく考えたら、この放棄された都市に到着しに入ってからの時間を考えると、徹夜したことになる。


(そろそろバッテリーに補充しないと、倒れるな……)



 ***



 外に出ると、日の光があふれていた。すでに外にいる062は、上着を脱いで褐色の肌をさらけ出し、太陽の光を目一杯浴びている。


「はい。大切な補給……」

「ようし、みなぎってきたぜ!」


 061も同じように上着を抜いて、褐色の肌に光を浴びる。


 そう、ふたりとも人間ではない。褐色の肌は太陽光を吸収し、体内のバッテリーに充電するため、皮膚細胞に入っている超微細太陽電池パネルの色だ。

 それに……ふたりとも、額から2本のつのが伸びていた。鬼のような……実際は意思疎通のためのアンテナだ。


 AIを入れるための器、人型ロボットの第一次世代。


 それがふたりの正体。

 人間との戦争は、ふたりにとって過去の世界の話だ。いつか地球文明が復旧するかもしれないが、今は強靱な肉体と体力にものをいわせて、ジャンク骨董品屋の先遣隊として荒廃した世界を駆け回っている。


「062。ってホントは何て名前なんだろうな?」

「建物だから、もっと違う名前なんじゃない。マスターが知っているかも……」

「あたしら下っ端には、情報なしか……」


 と、061は不満そうに額から突き出したアンテナをさすった。



<了>

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ジャンク屋のクエスト 大月クマ @smurakam1978

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