1つの楽しみ。——雫
自由がない。
朝は早起きをして朝練に──昼休みは委員会の仕事がなかったら部活に──放課後も委員会の仕事がなかったら部活に。
平凡に過ごしているオレにとっては、かなりの重労働だった。
自由とは、オレにとって平凡に暮らすことである。
「顔色悪い?」
「気のせいだ」
今は貴重なクラスの時間。学年種目で大縄跳びをするので、その練習をしている。
そんな時に、紫乃が顔色を窺うように覗き込んできながら言ってきた。
「最近忙しいからね、無理しないでよ」
心配してくれているようだが、別に無理をしている訳ではない。ただ自由がないだけ。
部活をしている分、そこら辺の体力はある。
「ああ、大丈夫だ。心配はいらない」
「……そう?」
まだ心配そうにしている紫乃に軽く頷いてから、大縄跳びの練習が再開した。
縄を回す掛け声と共に、オレたちは隣同士で飛ぶ。運動できるからという理由で、中央ではなく縄を回す人の近くで飛ばされている。
真ん中だと、ジャンプする高さが低いが、縄の近くになるにつれ、ジャンプする高さが高くなるのが理由だ。
こういう工夫も勝利に繋がるものになるだろう。
と、いうわけで──
「今日は終わりにしよう」
数時間息を合わせた程度だが、皆の顔色にも疲れが見え始めている。
そろそろ解散が好ましいと言える。
「じゃあ後1回だけやろうぜ」
しかし、1人の男子がそう言って、最後に1回やることになった。
こういうのは、最後の最後であまり上手くいかなくてもう1回やる事になるのだが、その裏を返して今日の中で1番飛ぶことができた。
最後に雰囲気が良く終わることができたので、少し気分が上がる。
「じゃあ、オレ部活行ってくるわ」
この後の仕事は紫乃がやってくれると言うので、オレは部活に足を運ぶことにする。
「頑張ってね」
その一言だけでも頑張ろっと思える。
そうして、クラスに戻っている時だった。
通る時にそれぞれのクラスは何をしているのかなと思い、通る瞬間にチラチラと見ている時だった。
1人の女の子が見えて、通り過ぎた足を2度見するために後ろに引き返す。
見覚えのある栗色の髪色と、小柄な少女。
おそらく──
「──
「わわっ」
オレが名前を呼ぶと、外を眺めていた雫が驚いたように跳ねる。
オレはその小柄な女の子を後ろから近づいてく。
「何をしているんだ?」
オレは隣に並んで外を見てみる。
雫は一歩下がったようだが、気にせずに外を眺めてみた。
「中庭を見ていたのか?」
外を眺めてみると、外には中庭と、まあもう1つ体育館しかない。中庭には体育祭のために練習をしている人が何人か見受けられる。が、雫はそれらを見ているようには思わなかった。
「体育館?」
オレはさっきからあわあわしていて口を開かない雫に続けて言う。
すると、恥ずかしそうにこくん、こくんと頷いてみせた。
「バスケ部……を見ていたのか?」
カーテンを隙間からはバスケ部が練習をしている風景がある。雫はその様子を見ていたということか。
「バスケ好きだったんだな」
放課後残ってまで練習風景を見ていたくらいだ。多少興味くらいはあるのだろう。
「見るだけですけど……」
「ほー。少し話すか」
「え、えぇっ〜……」
嫌だったか。先程から口がパクパクしている。喋りたいけど口が開かないような。
「オレもバスケ部なんだよ」
「し、知っていますよ……。だって……」
そこで口をつむがせたので、訊いてみる。
「だって?」
「な、なんでもないです……」
「そ、そうか」
なんか妙な雰囲気だな。オレが一方的に話しかけているようで上手く話が回らない。
なので、オレは雫の方から口を開くまで少し待つことにした。
そして、
「……部活は行かなくても良いんですか?」
一歩下がっていた足を元に戻して、オレの隣に並んできた。一緒に外を眺めている形だが、オレは今委員会に行っている設定。監督にこの姿を見られたらかなりヤバい事になるが──まあいいべ。
「今、委員会に行ってる設定だからまだ大丈夫っちゃ大丈夫」
「そ……そうなんですね」
また無の空気が訪れる。
そしてオレは何か話したいしな、と思い口を開こうとした時だった。
「わたし……八咲くんを見るためにここから見ていたんですよ……」
「オレを?」
何を言うかと思ったら予想外の事だったので思わず聞き返してしまう。
「そ、そうです……。八咲くんを……」
「おお、オレをか。まさかファン?」
ちょっとふざけたノリでそう言ってみた。オレを見るために放課後隠れて残っていたなんて言われたらテンション上がるに決まっている。
未だに緊張しているのか、恥ずかしそうにしている雫には少し責めすぎたかもしれない。
が、
「まあ……ファンって感じですね……」
的を射抜いてしまったようだ。
そこである事に合点がいった。
雫と対面した時、どっかで見た事があるきがしたのは、オレの出ている試合の応援を来ていたこと。
それで顔や小柄な体格な雫をどっかで見た事があると思ったのだろう。
それと、写真を撮って欲しいと言っていたのは、ただオレのファンだってこと。
バスケでファンを見つけたのは雫が初めてかもしれん。
「そうだったのか。道理でどっかで見た事あるなと思ったんだよ」
「ば、バレてたぁ……」
顔を覆い隠し、カァっと耳の付け根までも赤くなっている。
「めちゃくちゃ来てたよな。確かオレが1年の頃もいたよな?」
「は、はいぃ〜……」
「めちゃくちゃ嬉しいな、それ」
1年の頃からずっと応援してくれていたとなると、それまで認知できなかった
事に罪悪感を感じる。
親なんてまだ1回も見に来ていないし、そう考えると嬉しすぎて堪らなかった。
「ふぁ、ファンですから……」
ファンだから普通と言いたげな感じで、うんうんと首を上下する。
すると、
「あっ……先生が……」
雫が監督の気配に気づいたのか、可愛らしく指をさす。
「マジッ」
オレは自慢の反射神経を使って、すぐにしゃがみこんだ。
「あの……そろそろ部活に行かないとまずいんじゃ……?」
「そうだな、そろそろ行かないとだわ」
監督の歩き方を見た感じ、少し不機嫌みたいだ。何かやらかして体育館を抜け出して来たと見ていいだろう。
まあ体育館から抜け出すのはしょっちゅうあるので別にマズイ事ではない。
でも、そろそろ部活には顔を出した方が良さそうだ。
「……頑張ってください。わたしはここから見ているので……」
「悪いな、ゆっくり話せなくて」
「いえっ、わたしゆっくり話せるような人じゃないので……」
確かに雫は、人とゆっくり話せるような女子じゃない。でも、この小柄で可愛い容姿、陽気になって表に出れば一瞬で男どもは目を惹かれるだろう。
それほど、雫には魅力がある。
「また体育祭で話そう。じゃっ、オレは部活行ってくる」
そう言い残し、オレは教室を後にして、体育館に足を向けた。
雫は何も言ってはこなかったが、背中からは視線を感じた。何か言いたかったけど、言えなかった、そうなのかもしれないが、また話す時が来るだろう。
──体育祭がもっと楽しみになった。
そうしてオレたちは懸命に練習に励み、人にとっては、クラスで汗水垂らして練習する事を“青春”と言う人がいるような時間を過ごした。
暗闇に包まれた空の下の公園に集まったり、擦り傷で女の子に心配される男子、逆に擦り傷で大袈裟に反応して心配する男子、見ているだけで微笑ましい時間を共にした。
全員がこれで負けても後悔はない、とスカッとした顔で挑めるような顔をしている。
このクラスで良かった。このクラスで体育祭をしたいと思えるような暖かいメンバー達。
こんな大人になって思い出したらうるうると涙腺に刺激が来るような、醤油のように濃い思い出、そして、砂糖のようにも甘い思い出。
この祭りでも、濃い思い出、甘ったるい思い出が増えるだろう。
そんな事を思いながら──体育祭を迎えた。
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