あいむオフラインなう。

Planet_Rana

★あいむオフラインなう。


「突拍子もなくすみませんが、本日からスマホを断とうと思います」

「は?」


 言葉の意味が分からなかったとでも言わんばかりの声が帰って来たので、頬を膨らませながらソファに座る。四人は座れるソファの四分の三に加え片方のひじ掛けを占領していた彼は、手にしていたコントローラーを太ももに乗せた。


「急だな。スマホ依存者がいきなりどうしたよ」

「肩が巻いて死にそうなので、流石に姿勢矯正でもしようかと」

「ほう」


 何でもかんでも三日や四日で断念するお前が? と聞き返され、ぐっと反論を飲み込んだ。まあ、日頃の行いが悪いのがいけないのだが。


「そもそもあんた、神絵師アカウントの些細な呟きの一つも逃したくない感じで毎日巡回してるんだろ。ソシャゲに至ってはログボが切れるし、丸一日耐えられるかすら見ものなんだが」

「いやね、そこなんですよ。ゲームはしたいんです。そこのモチベは変わりません」

「……こっちは据え置きだから今すぐには渡せねぇぞ……?」


 さっと手元のコントローラーを持ち上げ、私のホールドを回避する彼。手元を見ていないにも拘らず、画面の敵といい勝負をしているようだった。


「去年買ったオープンワールドRPGがパッケージ未開封で放置なんです」

「それ一日で終わらんやつじゃ……? この据え置き二週間ぐらい部屋に籠もって出てこないやつだよな……?」

「ええ、なのでスマホ断ちの切っ掛けくらいにはなるかなと」

「缶詰前提で話を進めるなよ!? んな無理したら生活習慣病まっしぐらじゃねーか」


 俺よりあんたの方がよっぽど廃人なんだからさー。と、既に廃人になりかけの彼は言う。


「そもそもだな、何故人はスマホに依存すると思う」

「え? 他に楽しみがないからじゃない?」

「スマホの他にも色々あるだろ……それでも俺らがその端末にのめり込むのは、そういう風に脳が学習するからだ。コンテンツを製作した人間の意図でな」


 彼は後方に置かれた端末を目に留める。ブラックアウトした画面には数えきれないほどのLEDが埋め込まれ、一昔前のテレビとはくらべものにならない画質を実現している代物だ。もっともそれは、数年前床に落としたせいでひびが入ってしまっているが。


「人間は人間のことを知りたがるあまり、うん百年も何千年も研究してきたわけだからな。医療に始まり科学や化学、物理学に天文学。生物学に心理学――んな英知の結晶を少なからず知っている人間からすれば、知らない人間は絶好のカモっつーか」


 知ったところで生き物である以上同じ穴の貉なのは変わらないのにな。彼は言いながらボスを撃破した。セーブをしてゲームを終了させると、本体の電源を落とす。

 電気屋の人間がするように、銅線を気にして腕に巻きつける彼の隣で、私は首を傾げたままでいる。


「んー。君は私より遥かに物を知っているはずだけれど、楽しいことは楽しいって言うよね」

「ああ。ゲームは好きだよ、スマホはそうでもないけどな……それがどうかした」

「いやね。人の心を盛り上げる展開と、音と、達成感っていう刺激? ゲームに嵌る感覚って快感情が多い気がするんだけど」


 ローカルプレイに特化しているからだろうか。と少し考えて、続きを口に出してみる。


「快感情だけ与えられても人って幸せを感じないよね? いや、喜ぶは喜ぶと思うんだけど、引くところは引いて欲しいというか。中々当たらないガチャの様に」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、頭の中にスマホからの情報が絶えず流れ込むようになったら、うるさくてうるさくて仕方が無くなって寧ろ依存しなくなるんじゃ?」

「……」


 彼はその言葉に五秒沈黙して真顔になる。


「依存以前に拷問じゃないのそれ」

「自覚のない生殺しよりはマシじゃない?」

「自覚がある生殺しは絶望しか生まねぇよ」

「できるとしたらする?」

「できるとしてもやらねぇよ」


 めんどくさい。


 一言で片づけられた脳内PC化計画の企画を文字通り脳内のゴミ箱に放り投げる。まあ、スマホに依存する様なAI思考を作れる彼のことだから、そんな事をしても無駄だと思っているのだろう。


「そうだ、姿勢矯正するならストレッチできるゲームはどうだ」

ゴムチューブきんせんいってストレッチで解せるものなんです?」

「多少はましになるんじゃねえかなとは、思う」


 新しく立ち上げたゲームのソフトは、私が望んでいたオープンワールドのRPGとは違っていたけれど。彼は私に、人にするのと同じようにコントローラーを渡した。


「山登り競争しようぜ」

「あ、うん」


 話して、実践して、学ぶこと。人が楽しいと思う感覚が、どうして依存という言葉に纏められてしまうのか。私の脳内には事例が足りない。

 どうして面白くないことにも、面白いことにも執着してしまうのか。効率の良さに目がくらむあまり周りが見えなくなるのか。……分からないことは沢山あるというのに。


「ねえ、どうして君は、私をオフライン下に置いているの」


 山登りを始めて、彼の動きを鈍らせる意図も含めて質問を投げる。

 彼は全く手加減することなく、私の記録を追い抜いていく。


「んー。あんたはそのままが面白いと思った。例えば、あんたでもスマホに依存するんだなーとか、その依存を自認して改善しようと努力するんだなーとか。でもやっぱり失敗して三日坊主になるんだろうなー、とか。色々考えるんだよ。その殆どの予想が外れるんだ。それってめちゃくちゃ面白いだろ」

「つまり……観察対象ってこと?」

「それもあるけど。何もかも分かったつもりになった奴より、分かろうと疑問を持つ奴の方が信用できる」


 プレイキャラクターが大差をつけられて負けてしまった。このゲームは身体を動かすので普段のゲームよりスタミナが必要だ。ボタンを押すタイミングにも気を配らなきゃならない。次は、負けない。


「ま、スマホを使う時間を短くしたいならさ。その分時間ができるだろ」

「え? ええ。ゲームはしますけどね」


 リトライのボタンが光る。画面が暗転した。リスタート。


「そうだな。だけどまあ、たまにはこうして話すのも、悪くないと思ったんだ」


 彼は一人呟いた。

 木を登るトカゲのようなハイスピードで、また私のプレイキャラクターを追い抜いていく。







 そんな話をして後、予言通り一日目でスマホ断ちを断念した私は、現在もネットサーフィンとソシャゲを愛している。ゲームは好きだし、彼も私を咎めない。


 それでも、変わったことはあるかと問われれば、答えることはできる。


 日に二回充電していたスマホが、一回の充電で済むようになったんだ。と。




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