スマホとギフト

サヨナキドリ

Gift for you

「「「誕生日おめでとう!!」」

「ありがとう!」


 スマホの向こうからのお祝いの言葉に俺は感謝の言葉を返した。嬉しいが、納得がいかないことがふたつある。

 ひとつは遊び仲間たちが俺の誕生日を祝うために集まったパーティーに、俺本人が参加できていないということだ。だが、これは仕方のないことなのだろう。転校に合わせた引越しの日程を変えることはできなかったのだから。むしろここまでして誕生日を祝ってもらえることに、本当に感謝するべきなのだ。もうひとつは、集まったメンツの中に望美がいないことだった。

 望美は幼馴染で、仲良くしていた女の子だった。中学に入ったあたりで少しギクシャクはしたけれど、最近はそんなに悪い関係ではなかったはずだ。ずっとこのままで居たいと思ってしまう程度には。ついに彼女に告白出来なかったことは、この先一生小さな棘になって心のどこかに刺さり続けるのだろう。


「それにしても、便利な世の中になったよな」


 物思いに耽りかける俺を、画面の向こうの和馬の声が現実に引き戻す。


「何が?」

「スマホだよ、スマホ」

「そうか?そこまで便利でもないように思うけど」


 あまりピンとこない俺に言い聞かせるように和馬が続ける。


「だって、俺らの親が子供の頃とか、スマホどころかケータイ電話もなかったんだぜ?電話は家に一台で、メール機能もついてなかったんだし。それが今じゃこうしてテレビ電話がこんなに簡単にできるんだぜ?しかもタダ」

「そう言われると、そうかもな」


 知らないうちに、俺たちはいつかの未来を生きていたらしい。和馬は少し声と表情を柔らかくして続けた。


「だから、転校っていってもそんなにお別れって感じじゃないだろ?寂しくなったらいつでも顔を見せてやれるしさ」


 その言葉に、俺は小さく笑って答えた。


「別に和馬の顔を見れても嬉しくないな」

「なぁっ!?」

「はいはーい!真人聞こえる?」


 ショックを受けた様子の和馬を押し除けて由里香がカメラの前に出てきた。由里香が手に持ったスマホを操作すると、俺のスマホにメッセージの通知が出た。一度テレビ通話の画面を隅に寄せてメッセージアプリを開くと、くまがハートを投げるイラストの下に、何やら人形のようなものの写真と『ギフトを受け取る』というボタンが並んで表示されていた。


「みんなでお金を出しあって買ったんだ」

「……便利な世の中になったなぁ」


 受け取るボタンを押して、住所を入力する。どうやらこれでギフトがウチに届くらしい。モノは、人形型のBluetoothスピーカーのようだ。


「あんまり嬉しく無さそうだね?」

「そんなわけないだろ。ありがとう」


 特別欲しいものというわけではないが、こういうものは気持ちだろう。


「そう言うと思ってもう一つ、真人がいちばん欲しいプレゼントを用意しました!」


 いや、俺は嬉しいと答えたのだけれど、と思っていると新しい通知がきた。『ギフトを受け取る』ボタンの横には……望美本人。


「はあっ!?!?」

「こっちのギフトは受け取り期限が早いから注意してね」


 たしかに、スピーカーは1週間くらいあったのが望美は今日の5時になっている。じゃなくてなんだこれは。このボタンを押したら望美が送られてくるのか。指の震えをおさえながらボタンをタップする。


 ピーンポーン


 ほとんど同時に玄関のベルが鳴った。思わず飛び上がりながら反射的に通話を切って、玄関に飛び出す。ドアモニターも確認せずにドアを開けると、そこには確かに望美が立っていた。


「なん……で」

「だって、ギフト受け取ったんでしょ?」


 そう言って望美はこちらに歩いてくる。


「……中に入れてよ」

「あ、ああ」


 混乱の極致にありながら、言われるままに望美を部屋まで招き入れる。俺の部屋でベッドに座った望美が、俺を見上げて言った。


「それで何か私にして欲しいことは?その……私はギフトなんだし」


 その言葉に心臓が飛び上がる。


「え、えっと……じゃあ、手を——」


 そこまで言ったところで心臓が限界に達して、俺はスマホを引っ掴むと部屋から飛び出した。メッセージアプリで由里香にコールする。


「あ!やっと戻ってきた。どう?喜んでくれた?」


 どうやらスピーカーモードを使っている由里香の声が聞こえる。


「いい加減にしろよ!いくら便利だからって、やっていいことと悪いことがあるだろう!」

「はい?なんのこと?」

「とぼけるなよ!望美に催眠アプリを使っただろ!確かに俺は望美が好きだけど、こんなふうに物みたいに欲しいわけじゃないんだよ!」


 一拍の沈黙。直後、火のついたような爆笑。


「「あははははは!!」」

「催眠!催眠アプリだって!」

「真人お前、催眠アプリなんてほんとにあると思ってるのかよ!」


 その言葉に、俺は困惑する。


「じゃ、じゃあ望美がギフトとして送られてきたのはなんなんだよ」


 俺が訊ねると2人は目を見合わせた気配のあと、答えた。


「「本人の合意」」

「真人、何はなしてるの?」


 いつのまにか後ろに立っていた望美にそう声をかけられて飛び上がる。


「望美……わざわざこんな遠くまで、ドッキリのために来たの?」

「だって、真人に聞かなきゃいけないことがあったから……」


 それから望美は目を伏せながら言った。


「帰りの新幹線は明日だから、今夜は泊まるところもお金も無いんだけど」


 俺は顔が燃え上がるのを感じながら言った。


「それは、いくら便利になったとはいえ、スマホじゃどうにもならないな」

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