Hey,Sally

楸 茉夕

 

 スマホ。スマートフォン。

 片手に乗るサイズの平たい板の中に、これでもかと情報が入っています。

 持ち主の電話番号とメールアドレスは勿論、住所、氏名、生年月日、年齢、実家を出ていれば実家の所在。緊急連絡先。銀行口座。マイナンバー。学生ならば学校、社会人ならば勤務先、おおよその年収。

 クレジットカード情報。ありとあらゆるID、パスワード。家族構成。親戚。友人知人の連絡先、住所、生年月日。おびただしい量の写真。

 恋人や配偶者の有無。片思いの相手の有無。交友関係。本当は嫌っている相手。仕事やプライベートのスケジュール。持病。受診記録。健康診断の結果。所属しているコミュニティ。日記。メモ。音楽。生活リズム。睡眠時間。日々の体調。歩数。習慣。位置情報。ゲームスコア。AIの学習記録。

 よく行く店。購入履歴、ウィッシュリスト、SNSに投稿した内容。webサイトの履歴。

 

 主義主張、趣味嗜好。

 

 なんだかもう、入っていない情報のほうが少ないのではないでしょうか。一回一回は些細なものですが、いつの間にか膨れ上がっているんですよね。わかりますわかります。

 しかし、わたしにとって重要なのは、持ち主の内面を推し量れるような情報です。

 交友関係がわかれば、どんな相手を好むのか、どんな人間が嫌いなのかわかります。同じように、購入履歴がわかれば、生活レベルもわかる。読む本がわかれば、趣味嗜好が手に取るように。SNSのフォロー先に政治的な主張をする人はいませんか? そうとわからせずに、意見を誘導するような人は? 賛同できる意見があれば気軽にフォローできるのが恐ろしいところです。


 メールやメッセージアプリのやりとりには、持ち主の為人ひととなりが滲み出るどころか、前面に押し出されています。

 親しい友人や仲間に送るメッセージに、遠慮はしませんよね。あれが好き、これが嫌い、あの人が好き、あの人は消えてほしい。送った覚えはありませんか? 相手が漏らさないと信用できるから送れることですよね。文字で送ると証拠が残りますもの。まあ、お互い様、一蓮托生なのですけれどね。

 最近では電話も油断できません。簡単に録音できますからね。声で本人特定もできてしまいます。スクリーンショットは偽造の可能性もありますが、声の証拠は言い逃れができないのではないでしょうか。


 とまあ、長々と語ってきましたが、何が言いたいのかと申しますと。

 これだけ情報があれば、成り代わることもできるのではないか、ということです。

「んー! んんー!」

 おや、目を覚まされましたか。息苦しいでしょう、外してあげましょう。縄を解くのは駄目ですけどね。逃げられてしまったら面倒ですから。

「何すんのよ! なんなのよあんた、わたしを……」

 おや、こちらの顔を見て固まってしまいました。いやあ、そんなに見つめられては照れてしまいますね。いつも見つめられていることはいるんですけど、大抵わたしではなく別のものを見ていますからね。

「わたしと……同じ顔……?」

 あ、はい。一目でそうわかっていただけるとは嬉しい限りです。

 似せるのはそんなに難しいことではなかったですよ、山ほど自撮りがありましたからね。

「な、なんで……なんでよ! わたしに姉や妹はいないわよ!」

 はい、存じております。家族はお父様とお母様、お祖母様、お祖父様、弟さんが二人、でしたよね。ちなみに弟さんは双子です。あ、他人のそら似ではありませんよ、念のため。正真正銘、あなたの顔です。そういうふうに作りましたから。

 そんなに怖がらないでください。人間は恐怖を感じると、萎縮するか威嚇するか、ですよね。大丈夫。痛くはありませんから。

「悪趣味! ふざけないで、すぐに捕まるわよ、誘拐なんて!」

 そのあたりはご心配なく。少なくともあと三日は余裕がありますよ。今日から21日まで、一人旅の予定でしょう。こんな機会はめったにないですからね、利用させていただきました。いやあ、わたしは運がいい。

「黙ってないで何か言いなさいよ! 何が目的!?」

 おっと、そうでした。人間は口で喋らなければ音を出せないのでしたね。

「あ、あーあー、あー。どうでしょう、聞こえていますか」

「ば……馬鹿にしてんの!? 早く解いて! なんなのよあんた!」

 馬鹿になどしていませんよ。おっと、いつもの癖が。なかなか慣れませんね。

「なんなの、と。そうですね、申し遅れました」


「わたくし、あなたのスマートフォンに搭載されているAIのサリーです。初めまして」




 了

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