第31話 ただいま
人々がいなくなった会場はいつもよりずっと広く見えた。
会場にいるのは、ライル様、ジョシュア様、ソフィアにユーリ。
それにルフト先生まで。
ソフィアのお父様であるルデンス公爵と…お父様もいる。
それを取り囲むように騎士団の精鋭であろう騎士が数人。
そして、私の姿をしたリィナがライル様とジョシュア様に挟まれ、堂々と立っていた。
私は促されるまま、ライル様達の前に立った。
ライル様が口を開く。
「リィナ・ターバル、その耳飾りはどうした?
先ほどはなかったと思うのだが。」
「これはー」
すると、私が答え切る前にリィナが声を張り上げた。
「ライル様!あの耳飾り、魔宝の耳飾りですわ!
傷が付いています…きっと壊れてしまって、私たちにも見えるようにー」
「……あれは本当に魔宝の耳飾りなのか?」
ライル様が訝しげにリィナに尋ねる。
「え?…えぇ、そうですわ。私、本で見ましたもの。」
「どの本だ?」
「…え?……と、図書館にあった本で……。」
彼女の回答はしどろもどろだ。
「ジョシュア、学園の図書館に魔宝の本は?」
「二冊ほどございます。しかし、両方とも挿絵などはございません。その本に記されていた魔宝の耳飾りの特徴は、『大きな卵型のルビー色の宝石で、金具は白銀で出来ている。』と。壊れると宝石の色が黒に変わるなどとは私も知りませんでした。」
「アンナ、あれが何故、魔宝だと分かった?」
「か、勘です。」
その回答にライル様は大きく溜息を吐いた。
「アンナといえども、そのような憶測で物事を話し、場を乱すことは許されん。注意してくれ。」
「……すみません。」
ライル様に注意を受け、リィナは不満そうに唇を尖らした。
「分かれば良い。ルフト、国内随一の魔法士である其方が、あれが本物かどうか確認し、回収してくれ。」
「かしこまりました。」
ルフト先生が私の耳元にある耳飾りを凝視した後、それをパチっといとも簡単に外した。
ルフト先生は耳飾りをライル様に近付き、見せた。
「殿下。こちらは確かに魔宝である夢魅の耳飾りで間違いありません。しかし、すでに魔法式が埋め込まれている宝石が割れていて、使えません。」
「そうか。分かった。あとで王宮魔法士が回収する。それまで其方が保管しているように。」
「かしこまりました。」
「こうあっさりと耳飾りが見つかるとは思わなかったな。
さて…こうなれば物事を長引かせるのは良くない。
……判決はすぐに決めよう。」
リィナは俯いているが、笑いが我慢できないのか、肩が揺れている。それを冷たい目でライル様が見下げているが、彼女は気付いていないようだった。
「リィナ・ターバル……お前は国外追放とする。」
「は?」
ライル様がそう宣言した後、リィナの間の抜けた声が響いた。
「どうした、アンナ?」
「ラ、ライル様…。御言葉ですが、リィナは聖女であるソフィアを拐い、人身売買業者に引き渡そうとしました。その上、私の専属侍女の腕を切断するよう指示したんですよ?見つかるのが遅ければ死んでいたかもしれないんです!
神殿から魔宝を盗み出すのだって大罪ですよね?それを使ってみんなを操って…その人達の人生をめちゃくちゃにして、本当に酷いと思います。
リィナは、すぐに殺すべきだと思います。別の国とは言え、こんな人が野放しにされているなんて、私…怖いですわ…。」
目を潤ませ、リィナはライル様に訴えた。
……自分の罪を人に押し付け、人の死をそんなに堂々と求めることのできる彼女が恐ろしい。
「あぁ、私もすぐにでも叩き斬ってやりたいところだが…色んな者の意見や兼ね合いがあるんだ。……だが、被害者であるアンナの意見は無視できない…。
そうだな……ここで一つリィナに誠意を見せてもらおうか。
それで誠意が十分に伝わったら、国外追放で手を打ってはくれないか?判断はアンナがしていいから。」
ライル様は、優しげに微笑み、リィナの髪に指を通す。
最終判断を一介の令嬢に任せるなど普通ありえないことだが、全てが自分の思い通りになると思っているんだろう……。リィナはライル様のその一言に目を輝かせた。
「え?私が判断していいんですか!
なら、いいですよ。ライル様のお願いですし!」
「さすが、アンナ。優しいな。
おい、そこの騎士、リィナの手枷を外せ。」
「はい。」
私の手枷が外される。ようやく解放された手にホッとした。
「え、なんでー」
手枷が外されると思っていなかったのか、リィナは動揺を隠せない。しかし、それに追い討ちを掛けるようにライル様は私を側へ呼んだ。
「リィナ、こっちへ来い。」
「はい。」
私は近付き、ライル様とリィナの前に跪いた。
「いや!ライル様、あの女に何をされるかー」
リィナは思わずというように、ライル様に抱きつこうとする。
それをライル様はそれをスッとかわし、彼女の後ろに回り込む。そして、背後から包み込むように身体を重ね、自らの手を彼女の腕に重ねた。リィナの耳元で優しく囁く。
「大丈夫。後ろにいてあげる。」
そう言った後、私に向けて、低い声で注意を促す。
「おい、リィナ。不審なことをしたら、今すぐここで……ということもあるからな。分かったか?」
「…はい。」
…怖い。
でも、ライル様と重ねた唇の熱さが…
私の中にあるライル様への確かな想いが…
背中を押した。
私は両手を差し出し、頭を垂れて、リィナの手が置かれるのを待った。
「アンナ。
君の手にこの女が赦しを乞うから。」
「ねぇ、ライル様、怖いわ。側にいて?」
「あぁ、勿論。後ろから抱いているよ。
アンナが僕から逃げ出さないように、ね。」
「もぅ…ライル様ってば…!」
「ほら、手を出して。」
「はぁい。」
ようやく私の両手にリィナの手が置かれる。
顔を上げると、私の顔でリィナが楽しそうに私を見下す。
「さぁ……存分に私に赦しを乞いなさい。」
「……ありがとうございます。」
私はリィナの手を強く両手で握る。
決して、彼女を逃がさないようにして……
魔力を思いきり彼女の身体へ流し込む。
「えっ……いやぁぁぁあー!!」
リィナが突然の出来事に金切声を上げる。
リィナは手を離そうとするが、私が手を強く握っている上にライル様が後ろから彼女を強く押さえつけてくれていた。
思い切り魔力を注ぐが、ぐんっとそれを拒否するかのように押し返される。なかなか思うように入っていかない。
リィナは、振り返りライル様に懇願する。
「ライル様っ!助けて下さい!!この女が私を殺そうとー」
ライル様は冷たい眼をして、リィナを睨み付けた。
「黙れ…!これ以上、その顔で汚い言葉を吐くな。
私の愛するアンナを侮辱することは、もう許さない…っ!」
「……っな!!」
リィナが唖然として、魔力に緩みが出来た。
今だ!!
……アンナに…ライル様の腕の中に、戻りたい!
そう思った瞬間、身体が押し込められていた歪な空間から解放され、スゥーと正しい位置に戻っていくのを感じた。
気付けば、安心する香りに包まれて、背中には温もりを感じる。
私は振り返り、最愛の人の顔を見上げる。
変わらず美しい碧眼は、確かに私を…
アンナ・クウェスを映していた。
「あぁ…アンナ。おかえり。」
「ライル様…。ただいま…!」
私たちは、心からの笑みを交わし、お互いの存在を確かめるかのように強く強く抱き合った。
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