第30話 全てを超えて

 「アンナ!元に戻れるかもしれないっ!!」


 当然扉を押し開けて、ライル様が部屋に入って来た。


 「……え?」


 私は呆然とする。……元に戻れる?


 ライル様は興奮したように話し続ける。


 「兄上だ!兄上が教えてくれた!!

 あれは呪術の中でも王家だけに伝わるー」


 「……ま、待って下さい!!

 ライル様、ゆっくり教えてくれますか?」


 あわててライル様を止める。


 「あ……ご、ごめん。つい、熱くなっちゃって。」


 ライル様は少し照れたように咳払いを一つすると、私と並んでソファに座った。


 「えっと……では、改めて。

 今回、リィナが使ったのは隣国に伝わる呪術と魔法が掛け合わされたものだった。呪術が使われた可能性までは突き止めていたんだが、僕らが調べたところではその先に進めなかったんだ。」


 呪術といえば、隣国のお家芸だ。隣国は魔力持ちは我が国より少ないが有能な呪術師が何人かいて、相手にすると非常に厄介な国だと言われて来た。


 でも、何で呪術なんて、リィナが…。


 「リィナは以前から呪術について調べていた。

 その中で、兄上と接点を持ったのだ。


 兄上は、亡くなった隣国のルルナ姫から呪術について多くのことを教えてもらったのだそうだ。その中には王家にしか伝わらない禁術もあったのだと言う。それを兄上は姫から貰った本に書き込んでいた。そして、誰にも見られないよう隠していたんだそうだ。」


 …リィナはアルファ様の部屋によく出入りしていたし、泊まっていくことも多かったと聞いている。リィナがたまたまそれを見つけた可能性はある。


 「じゃあ、今回リィナが使ったのはー」


 「あぁ、その禁術だ。禁術は、呪術と魔法が組み合わさったものだった。リィナはその本を見たんだろうと、兄上は話していた。」


 「よく教えてくれましたね…。」


 「あぁ。条件付きではあるが。」


 「条件…?」


 「判決は……私たちに任せて欲しい。アンナがされたことを考えると、即刻死刑にしてほしいだろうがー」


 「構わないですよ。」


 「いいのか…?」


 あっさりと了承した私にライル様は驚いたようだった。


 「はい。正直、目の前で人が死ぬのを見るのは怖いです。死ななくていいなら、生きていて欲しいです。」


 そう、率直な思いを伝えると、ライル様は微笑んだ。


 「そうか……ありがとう。本当にアンナは優しいな。」


 「そんなことありません。ただ、臆病なだけです。

 それに……ライル様がそう決めたなら、私に文句はありません。ライル様のことは信頼してますから。」


 ライル様は嬉しそうに顔を緩めた。


 「それは光栄だな。


 それで、戻る方法なんだが、解呪薬を作るのに少し特殊な材料と時間がかかりそうなんだ。今、ジョシュアとルフトにお願いして急いで作ってもらっているんだが、パーティーまでに間に合いそうにないんだ。」


 「でも、リィナの断罪はしなきゃ…!」


 ライル様の名誉のためにもそれは必ずやった方がいい。今、対外的にはライル様の寵愛を受けていたリィナが錯乱状態に陥り、行方不明になっていることで、ライル様が何かしたのではないか…と悪い噂が立っているとこの前ソフィアが話していた。それを払拭するためには公の場でリィナを断罪するべきだ。


 「だが、どうしたって間に合わない。かなり急いだって、作り終えるのはパーティーが終わってからだ。」


 なら、方法は一つだ。


 「私がリィナとして、皆の前で断罪されます。そうすれば、隣国にも生徒達にもライル様はリィナを愛していたわけではなく、監視目的で側に置いていたことを伝えられるでしょうし。」


 私がそう提案すると、ライル様は首を大きく横に振った。


 「そんなの駄目だ!アンナを断罪するなんて、そんなこと…!」


 不安げな顔をするライル様の手を握り、私は笑った。


 「大丈夫です。ライル様やみんなが本当は味方だって分かっていれば怖いことなんてありません。

 それに私が断罪されれば、リィナは目的を達成したと油断するでしょう。それを利用して、耳飾りを回収するんです。」


 「耳飾りを?」


 実は耳飾りは未だに回収できていなかった。現在、夢魅の耳飾りに対応した解除薬は既に多く作られ、リィナと接触する可能性がある人物には定期的に服用させていることもあってか、特に新たな被害は出ていない。

 しかし、耳飾り自体は本人にしか触れられない上に、本人が外したいと念じなければ外れないため、その回収は容易ではなかった。


 「はい。リィナの罪を暴くのは公の場で行い、判決は耳飾りを提出した後に決定する、と言っておくのです。そうすれば、一刻も早く私を消したいリィナは、必ず耳飾りを出してくると思うんです。最近は使い物にならなくなっているのを感じているでしょうし。」


 「……それは確かに良い案かもしれんがー」


 「ライル様、大丈夫です。私は、国を守るためにご自身を犠牲にしてまで頑張って来たライル様が悪く言われることが耐えられません。どうか、私にも何かさせてください。助けられてばかりではなく、ライル様のお力になりたいのです…!」


 そう言って、ライル様の手をキュッと握った。


 「……アンナ…。」


 「ライル様が許可してくれなかったら、芝居を打ってパーティーに飛び込み参加しちゃいますからねー!」


 そう戯けてみせれば、ライル様は諦めたように微笑んだ。


 「…あぁ。分かった。では、今、アンナが提案してくれた方法で進めよう。ただ最初からパーティーに参加すれば、大変だろうから、最後の方に会場に入ると良い。護衛を付けるから。」


 「ありがとうございます…!私、頑張ります!」


 自分に気合を入れるように胸の前でガッツポーズを作る。


 「いつもアンナは頑張りすぎなくらいだよ。全てが終わったら……二人でゆっくりデートでもしよう。」


 ライル様はそう言って、私の拳を開くように手を重ね、指を絡ませた。


 「えぇ。お父様が許してくれたら、ですけど。」


 「それは厳しいかもしれないな。婚約解消して、公爵との約束を守れなかったから。」


 確かに。でも、きっとライル様ならお父様を説得できるだろう。


 「その時は頑張って、説得して下さい。

 ……私もライル様とデート…行きたいです。」


 自分で言っておきながら、恥ずかしくて、私は俯いた。

 その後、反応のないライル様を上目遣いで見ると…


 「……アンナっ!!」


 ライル様は手を広げて、私を抱きしめようとした。

 私はあわてて、その手を止めた。


 「やめて下さい!リィナの身体に抱きつかれると複雑な気持ちになるんで…!!」


 「僕はあの女を抱きしめたことなど一度もない。僕が抱きしめているのは、アンナの心だよ。」


 心を抱きしめる……なんて、なかなか恥ずかしいセリフだ。


 「ふふっ。キザですね。」


 「そういうの、嫌いじゃないだろう?」


 「あれ、そんなこと話しましたっけ?」


 「あぁ、話したよ。アンナはもう忘れてるだろうけどね。」


 ライル様はそう言って話をはぐらかした。

 そして、結局私を抱きしめた。


 複雑とは言ったが……実のところ、抱きしめられると胸が苦しくて仕方ないから、断ったのだった。でも、最後には苦しくても…もっとライル様が欲しくなって、離れ難くて辛いのだ。



   ◆ ◇ ◆



 リィナがここを出て行って、一時間くらい経っただろうか。

 そろそろ卒業パーティーが終わり、皆、帰った頃だろう。


 予定ではそろそろ解呪薬ができるはずだけど……。

 

 私は地下牢の床に寝そべっていた。

 

 ライル様が指示してくれたのか、地下牢には埃一つなく綺麗だった。床は冷たくて気持ちいい。私は思わず目を閉じる。


 その時、早足で階段を降りて来る音がした。


 あ、来たかな?私は目を開けた。


 階段を降り切ったのか、足音が止む。

 その人物が息を呑んだのが分かった。


 「……アンナっ!!」


 その人は駆け寄り、地下牢の柵をガシャンと鳴らした。


 「ライル様?」


 私がくるりと身体の向きを変え、目が合うと、ライル様は脱力したようにその場にドサっと座り込んだ。


 「……良かった。」


 「どうしたんですか?そんなに慌てて。」


 「アンナが動かなかったから…

 てっきりリィナに何かされたのかとー」


 そういうことか。それは心配をかけて悪いことをしてしまった。


 「大丈夫です。ほら、予定通り回収できましたよ、耳飾り。」


 私は耳に付けられた耳飾りを見せる。


 「あぁ、良かった。ありがとう。宝石にヒビが入って、変色もしている。やはり壊されたか…でも回収できて良かった。


 アンナ、先程はすまなかったね…。」


 先ほどパーティー会場で私に罪状を突きつけたことに罪悪感を感じているのか、ライル様は視線を落とした。


 「そんな。そう言う計画だったじゃないですか。

 逆に私がリィナだったから、ちゃんと罪も認めて、スムーズに終わってこれで良かったと思ってるくらいです。気にしないで下さい!」


 そう言って笑えば、ライル様は切なそうに鉄格子から手を差し入れて、私の頭を撫でた。


 「うん……。あとは、アンナが元に戻るだけだ。」


 そう言って、ライル様はポケットから真っ赤な液体の入った小瓶を出した。


 「これが……。」


 「あぁ。これを飲み干して、アンナの身体に魔力を流し込めば、元の体に戻れるはずだ。」


 そう言って、ライル様は小瓶の蓋を開けた。


 「近付いて。」


 私は鉄格子に出来るだけ顔を寄せた。

 手が縛られているので、ライル様に飲ませてもらうしかない。


 口を開けると、その液体がわずかに流し込まれる。


 「う゛っ……!!ゴホッ!!」


 これは酷い…

 苦くて、臭くて、正直、飲めたような味じゃ無い。


 飲まなきゃいけないのはわかっているが、身体が拒否する。


 「アンナ、頑張って…。」


 そう言ってライル様は再び小瓶を傾けようとするが、どうしても上手く飲み込めず、液体は口から流れてしまった。


 「ご、ごめんなさい……。飲みたいのに…。」


 口から溢れる液体をライル様が拭き取ってくれる。

 上手くできない自分が情けない。


 すると、ライル様は小瓶をじっと見つめた後、それをぐいっと口に含んだ。そして、鉄格子越しに手を伸ばし、私の後頭部に手を遣ると、強引に唇を重ねた。


 「ん゛っ……!」


 そして、少しずつ私の口に液体を流し込んでくる。酷い味に液体を押し返そうとすれば、舌を絡めるようにして、上手く流し込まれる。ライル様の唾液も含まれたせいなのか、味は先程よりも薄れ、液体は飲み込みやすくなった。


 私は口内に残る液体を嚥下した。ライル様は最後に舌を擦り合わせるようにして、唇を離した。


 「……はぁ…っ。」


 なんだか、離れたのが寂しくて、声が出てしまう。ライル様はそれを聞いて、フッと笑うと、最後に軽いキスをくれた。


 「上手に飲めて、偉かったね。


 アンナ、あとはリィナと手を繋ぐタイミングを作るから、その時に強く手を握り、思い切り魔力を流し込むんだ。分かったね?」


 「は、はい…。」


 すると、上からカンカンカンと剣を壁に打ち付けるような音がした。ライル様は階段の方を一瞥した後、私の頭を撫でた。


 「合図だ。もう行かなくちゃー」


 ライル様はそう言って立ち上がる。

 それを私は思わず呼び止めた。


 「ライル様!!」


 「なんだい?」


 ……なんて言ったら良いのか分からない。


 ありがとう?宜しくお願いします?


 気付いたら、私は全然違う言葉を発していた。


 「……わ、私の姿が…もし戻らなかったら……

 どうしますか?」


 事前の打ち合わせで理論的には戻れるということを聞いていた。

 ……だけど、やっぱり不安でー


 そんな不安を打ち消すようにライル様はすぐに微笑んでくれた。


 「大丈夫、戻るよ。


 それに…仮に戻らなくても、何も変わらないさ。僕の側で誰にも見られないよう匿って、その姿のアンナを愛すだけだ。

 僕にとったら、姿形なんて小さな問題だよ。


 全てを超えて…僕はアンナを愛してる。」


 ライル様はそう言い残すと、階段を登って行った。


 「……全てを超えて……愛してる。」


 唇に触れながら、先ほど言われた言葉を一人反芻する。


 思わず笑みが溢れる。

 全くどれだけ深い愛情なのかしら。


 ライル様が本当の私を知っていて、味方でいてくれるー


 それだけで心の奥に勇気の火が灯るようだった。

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