第2話 死なせるもんか
あの日以降、私たちは友人になった。
よくソフィアからは公爵令嬢としてなっていない!とお叱りを受けることも多かったが、その度に「こういう時はこうするのよ」と丁寧に教えてくれた。
何も知らない私を馬鹿にするというよりも、心配するように色んなことを教えてくれるソフィアは、まるで姉のようだった。私はすぐにソフィアが大好きになった。
出会って、四回目のお茶会でソフィアは私にハンカチをプレゼントしてくれた。それは十歳の子が刺したとは思えないほど見事な刺繍だった。赤い花と青い花の二輪が並んでいる。
「うわぁ…綺麗…。」
「大したことないわ!貴族令嬢なら当たり前よ。
…き、気に入ってくれたかしら?」
「勿論!私の宝物にするわ!」
友人からのプレゼントなんて初めてだった私はハンカチを抱きしめて、思わず涙ぐんだ。これ、オルヒに言って、絶対に棺桶に入れてもらおう…!
「もう…アンナったらこんなので泣いちゃうなんて大袈裟ねぇ。」
「グスッ。ソフィア…。最近は体調がいいけど、私…本当に身体が弱くて、長く生きられるかどうかって言われているの。そんな私にソフィアのような優しい友人が出来るなんて、夢のようだわ…!
本当に本当にありがとう…。」
私はグスグスと泣く。お茶を出してくれるオルヒも涙ぐんでいた。ソフィアは困ったように笑いながら、私を優しく見つめている。
「アンナ。私は貴女の友人なんかじゃないわ。」
「…え?」
あまりのショックに一気に涙が止まる。
「私は貴女の親友、でしょ?」
「ソフィアあぁぁー!!」
ワンワンと泣く私にソフィアは近寄り、私が泣き止むまでその背中をさすってくれたのだった。
その後の私はソフィアのおかげで、起きていられる時間が増えた。ソフィアと文通するため、ソフィアとお茶を飲むため、私は少しずつ無理をするようになった。
そんな私を過保護な父もオルヒも心配したが、いつ死ぬか分からない不安を常に抱えていたあの頃に比べたら、ソフィアという親友を得た私の生活は身体はきつくとも素晴らしく彩られた日々だった。
しかし、十一歳の誕生日を迎える少し前から無理が祟ったのか、私はよく熱を出すようになった。その上、その度に変な夢を見る。
見たこともない場所に、初めて見る人々、聞いたこともない単語が飛び交い、魔法のような不思議な乗り物や機械が沢山あった。
そして、十一歳の誕生日に私は酷く高い熱を出した。
◆ ◇ ◆
またあの夢だ…
でも、いつもよりずっと鮮明な夢…。
もう何回か見た夢の中で、私は私が誰だか分かっていた。大体私と同い年くらいの女の子で、名前は私と同じ『あんな』だ。
杏奈こと私は、祖母と二人暮らしで、両親はいなかった。幼いころに事故に遭って亡くなったらしい。でも、祖母は私に沢山の愛情を注いでくれた。決して贅沢な暮らしではなかったが、食べる物や着る物に困ったことはなかった。娯楽品を買う余裕はなかったが、家の周りの森で遊ぶのが大好きだった私には特に不満はなかった。
その年は年末年始に叔母さん夫婦が帰省していた。その時に従姉妹の真里お姉ちゃんがゲームをしていた。
初めて見るゲームに興味津々の私にお姉ちゃんは、やっているゲームを見せてくれた。
それは乙女ゲームというやつで、ヒロインの女の子が色んな攻略対象の男性と恋をしていくという物だった。田舎に住む私はまだ恋愛なんてしたことは無かった。少し仲のいい男の子がいるとすれば、近所に住む
私はお姉ちゃんと一緒に年末年始の間、そのゲームにハマった。操作するのは主にお姉ちゃんで、私はそれを隣で見ているだけだったが、まるでアニメを見ているようでとても楽しかった。
そのゲームは…なんちゃらフラワーというタイトルだった気がする。お姉ちゃんは『マジフラ』って呼んでた。ありきたりなゲームだが、いかにも王道というのが分かりやすくお姉ちゃんは気に入っているらしい。
舞台はある王国の貴族学園。
学園には十五歳から十八歳までの貴族令息令嬢が三年間通う。勉強したり、魔法の練習をしたり、学園行事に取り組んだり…色んなイベントを積み重ねて、その三年間で攻略対象の男性陣と恋をするというものだ。
主人公は平民から突然貴族になった女の子で、ふわふわしたピンク色の髪をした儚げな美少女だ。
攻略対象は四人。王子と、宰相の息子と、騎士団長の息子と、先生だ。もちろん漏れなくイケメンだったが、お姉ちゃんのお気に入りはやっぱり王道の金髪碧眼王子らしい。
ということで、私の目の前で攻略して見せてくれたのは王子ルートだった。
王子ルートには悪役令嬢というのが出てくる。悪役令嬢は王子の婚約者のソフィアという少し冷たい印象の美人さんだ。
ソフィアは何かとヒロインであるリィナに難癖を付けてくる。そして、毎回馬鹿にするような発言をするのだ。
その結果、ソフィアは破滅する。リィナに恋をした王子はソフィアに卒業パーティーの場で婚約破棄を宣言し、その上、愛するリィナに毒を盛ろうとしたという罪で国外追放という刑に処すのだ。
そうして、リィナは無事に王子と婚約することになる。
私は最後のエンドロールを見ながら、お姉ちゃんの隣でわーっと拍手していた。
「乙女ゲームって面白いのね!」
「でしょー!杏奈も中学生になったら、おばあちゃんにおねだりしてみたら?」
「うーん。
でも、おばあちゃんはゲームなんてって言いそう…。」
「そっかぁ。じゃあ、次の夏休み、うちに泊まりにおいで!その時にまたこの続きやろ!」
「やったー!約束ね!!
…あれ?お姉ちゃん、これー」
幸せなエンドロールが流れる中、ほんの少し暗くなって崖に落ちた馬車がほんの数秒映る。
「あー、これね。特に何の説明もないんだけど、国外追放されたソフィアを乗せた馬車なんじゃないかなぁ。」
「じゃあ、ソフィアは死んじゃったの?」
「わかんない。私がまだ攻略してないキャラもいるから、そのキャラに関係するシーンなのかもしれないし。」
「へぇ…。てか、お姉ちゃん、王子ルートばっかやり過ぎだから。」
「だね。もうライル様は三周した。
いや、杏奈と今回やったから四周か。」
「どんだけ好きなの…。」
「あははー。」
お姉ちゃんとそんな風に笑い合っていた。
そこでぐにゃりと視界が歪み、再び酷い頭痛に襲われる。映像がプツッと途切れ、頭が真っ白になる。
痛いっ!!助けて、お父様!!
…お父様……?
「アンナ!アンナ!!」と遠くでお父様が呼ぶ声が聞こえる。それはひどく悲痛な叫びだった。お父様との思い出が走馬灯のように駆け巡る。
あぁ…私、とうとう死ぬんだわ。ごめんなさい…お父様。お母様を死なせた挙句、お父様を一人きりにして死ぬなんて…私ってとんだ親不孝者ね。
意識が切れそうになったその時、バンっと勢いよく扉が開く音がした。
「アンナっ!!」
……ソフィア?
「死ぬなんて許さない!貴女は私の唯一の親友なのよ!貴女がいなくなったら、私……私も死んでやるんだから!!」
……ソフィアが死ぬ?
何故か私の脳内には、崖から落ちた馬車の映像が流れる。
あ…悪役令嬢のソフィアが死んじゃったかもしれないシーンだ。なんで、死に際にこんなー
あれ?悪役令嬢のソフィア…?
ゲームの中で水色の髪で紺碧の瞳の涼やかな顔をした美人……あれは、ソフィアが大きくなった姿…?
だとしたら、ソフィアは……
婚約破棄されて、国外追放されて、死ぬ…の……?
今度はソフィアとの思い出が頭を駆け巡る。ソフィアに助けられて…初めての友達になってくれて…親友だと言ってハンカチをくれた…。
その時、おばあちゃんの声が頭に響いた。
『施されたら、ちゃんとその恩に報いるんだよ。』
そうだ…!そうだよね、おばあちゃん。
私まだ何も恩返ししてない。
ソフィアを死なせるわけにはいかない…!
必ず私が…ソフィアを助ける!!
「死なせるもんかぁぁあー!!」
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