感じるぼく、感じない彼女

りゅう

1

 何度目の目覚めだろう。

 言いようのない空腹感に襲われてぼくは重いまぶたを開ける。 

窓から垂直にたれ込む昼の光が、レースのカーテンにあたりひらひらと揺れている。光の波を目で追うと、ぼんやりと彼女の肌が浮かんでくる。夏の終わり、ひんやりした空気と、ぼくの好きな人の温もりが同時に感じられる。

「私、仕事を辞めようと思ってるの」

 そう彼女に告げられたのは、夏の初めのことだった。三つ上の彼女はもう三十歳さんじゅうも手前だ。浅い呼吸で動く彼女の背中は、潮の満ち引きを見ている気分にぼくをさせた。彼女は本当に寝ているのだろうか?

 彼女の背中に一本の線を引く。人差し指ですっとそっと。首元に遠慮がちに置かれている双子のほくろがぼくは大好きだった。壊れ物を扱うように、そっとほくろをすくい取った。空っぽなこの手をじっと見つめる。気がつくとぼくは静かに涙を落とした。もうこれ以上の幸せがぼくの人生には待っていないことを知り、ぼくはそっと泣いたんだ。

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