記念日

弱腰ペンギン

記念日


「7月7日。ゆりのお誕生日」

 スマホのカメラで撮られた動画が、会場に流れる。

 会場の薄暗い照明の中、白いスクリーンに映し出されたのは私が2歳の時の映像だ。

「今日はゆりちゃんと初めての公園でーす。あ、パパ。ゆりちゃんと手をつなぐのは私でーす。後ではったおすわよ」

 母の、ドスの効いた脅しで会場が笑いに包まれる。

 きっと母は、父が私と一緒に公園へ入ろうとしたのをすごい剣幕で止めたんだろう。

 スマホを受け取った父の顔が青ざめていたから。

「はーい。一緒に入りましょうねー」

 今まで何回も公園に来ていただろうに。歩けるようになって初めての公園だからってそんなにはしゃがなくてもいいのに。

 スマホには私が滑り台からすべったり、チワワとパグの喧嘩を止めに入るシーンが写っていた。

「7月7日。ゆりのお誕生日」

 次のシーンは私が七五三の浴衣を着ているところ。

 本当は着物を着せたかったみたいなんだけど、私が浴衣がいいって言ったから、浴衣を着ている。

 だいぶ駄々をこねたらしく、夜になってしまっていた。

 映像はちょうど庭で線香花火をしているところだった。

 だいぶ早い七五三は母の願いだった。

「7月7日。ゆりのお誕生日」

 小学校に入学して初めてのお誕生日。

 病室で赤いランドセルをしょってカメラにピースをしている。

 母は無菌室の向こうで、笑顔で手を振っていた。

「7月7日。ゆりの誕生日」

 カメラを持っているのは父。

 向けているのは母と私。

 私は無菌室の前で、眠ったままの母をずっとみつめている。

 私は12歳になっていた。もうすぐ中学生になる。

 半分過ぎたよ。

 あと8年で、私は着物を着られるよ。

 ガラスの向こうの母へ、そうつぶやいた。

「7月7日。ゆりのお誕生日」

 18歳になった私へ、母が手を振る。

 もう何年も触れていない気がする。近いのに、とても遠く感じた。

 でも母が笑ってくれるだけで、それだけで、よかった。

 この時、私は推薦で大学へ進学することが決まっていた。スポーツ推薦だ。

 このころの私は『オリンピックに出てやるんだ』って息巻いていた。金メダルを母の首にかけてやるんだって。

 それから一年後、私は怪我で引退を余儀なくされる。

「7月、7日。ゆりの、お誕生日」

 20歳になった私は、成人式用の振袖を着ていった。時期外れだったのでだいぶ変な目で見られた気がするけど。

 呼吸器をつけた母が笑顔でカメラを向ける。声を出すのも大変だっただろう。

 それなのに『オリンピック頑張れ』って、手紙をもらった。

 無理だって言ったのに。

 母からリハビリを続けろって言われ、私は競技に復帰していた。

 絶対代表になると、この時、母に誓った。

「7月7日。私の誕生日」

 映像が写したのは、私の練習風景。

 近くに迫った大会で、優勝するために最後の調整が始まったところ。

 一か月後。母の墓前に金メダルを添えられた。

「7月7日。私の結婚式」

 最後に映ったのは、イエーイをしている母の遺影の前で、私がドレスの着付けをしてもらっているところ。

 ふざけた遺影は、母がどうしてもこの姿でと言って聞かなかったもの。会場の一番前に座っている。

 使い古されたスマホから流れる映像は、私が母と一緒に、会場の前に立つところで止まる。

「ありがとう」

 扉が開く直前、私は確かに母の声を聞いた。

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