第90話 ジェットコースター新幹線
僕は世界最長の絶叫マシンに乗っている。
恋人が楽しそうに叫びながら、隣の座席に座っている。
僕は全然楽しくない。
怖いだけだ。
何が楽しくて、東京駅から新大阪駅までジェットコースターなんかに乗らなくてはならないのか。
感染症の大流行で経営が傾いたJRトウカイが始めた新規事業「ジェットコースター東海道新幹線」。
乗車賃は大人ひとり12万円。
それは大ヒットした。
最高のエンターテインメントとして、カップルが続々と乗車した。
クリスマスやバレンタインデーには早々に予約がいっぱいになる。
ジェットコースター新幹線に一緒に乗ったカップルは、末永くしあわせになるなんて噂がある。
恋人は乗りたがった。
僕はのらりくらりと反対しつづけた。
中学生のときに、一度だけ絶叫マシンと呼ばれるものに乗った。
そのときに、こんなものには二度と乗るまいと決意したのだ。
怖いだけで、まったく楽しめなかった。
気持ち悪いだけで、下車後に吐きそうになった。
彼女にはそのことを告げた。
「僕はジェットコースターなんてものにはまったく興味がないんだよ。怖いだけだ。乗りたくない」
「えーっ、あたしは乗りたいよお。ねえ、乗ろうよお」
その乗ろうよおが、僕には呪うよおに聞こえた。
何度もせがまれ、ついに彼女の誕生日に乗ることになってしまったのだ。
乗らないと別れるとまで言われたら、乗るしかない。
しかし東京駅を出発した直後、僕は自分の失敗を悟った。
乗るべきではなかった。
別れるべきだった。
発車直後から、ゆっくりとした登りと急転直下の逆落としの繰り返し。
恐怖の絶叫マシン。東京から大阪までノンストップ。
途中下車したいが、できないのだ。
狂気のマシンだとしか思えない。
僕は死にそうになっているが、恋人はずっと楽しそうだ。信じられない。どうしてこんな乗り物を楽しめるのか。
ジェットコースター東海道新幹線には、ものすごいクライマックスがある。
富士山だ。
3776メートルの頂上まで登り、そこからまっしぐらに下りるのだ。
最高の人気ポイントだが、多数の気絶者が出るそうだ。
まちがいなく僕は気絶するだろう。
いま、僕たちが乗るジェットコースター新幹線はカタカタカタカタと音を立てながら、ゆっくりと富士山を登っている。
「降ろしてくれーっ」と僕は叫んだが、もちろん降ろしてはもらえないのだった。
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