第81話 カナと怪獣

 裏山に怪獣があらわれた。

 自衛隊が怪獣を駆除するというので、村人は避難することになった。

 みんな逃げたけれど、カナは逃げなかった。こっそりと隠れて、避難をやり過ごした。

 怪獣と自衛隊の戦いを見たかったから……。

 怪獣は巨大なセンザンコウだった。

 体長およそ20メートル。

 全身硬そうな鱗で覆われている。四足歩行で、尻尾がある。鼻が顔の先端にあって、そこだけ鱗で覆われていない。

 やさしそうな目をしている。

 怪獣は1匹だけだ。仲間がいない孤独な怪獣。

裏山で木の葉を食べているだけで、人間を襲ったりしないし、村にも下りてこない。

 なぜ駆除しなければならないのだろう、とカナは思った。

 カナは高校1年生の女の子だ。奨学金をもらっている。

 かわいい顔立ちをしているが、めったに笑わない。

 おとうさんとおかあさんはいない。

 孤児だ。村長の計らいで、公民館の管理人室にひとりで暮らしている。

 よく晴れた朝だった。

 イチゴジャムを塗ったトーストを食べているとき、爆音が聴こえた。

 カナは管理人室の窓から外を見た。

 自衛隊の航空機が3機編隊で飛んできていた。

 裏山の頂上付近に怪獣がいる。

 自衛隊機はミサイルを発射して、巨大なセンザンコウを攻撃した。

 びくともしなかった。

 ミサイルが3発爆発したけれど、硬い鱗は傷ひとつつかなかった。

 すごいな怪獣、とカナは思った。

 怪獣は顔を上げて、目をぱちくりとさせた。

 3機の自衛隊機が2発目のミサイルを一斉に発射した。

 1発が怪獣の鼻に当たり、爆発した。

 鼻は怪獣の弱点だったようだ。

 怪獣がぎょええええと叫んで苦しんだ。鼻がなくなり、血がぼたぼたと垂れていた。

 しかし死んではいない。

 怪獣は穴を掘って地中に逃れた。

 自衛隊機はしばらく裏山の上空を旋回していたが、やがて去った。

 自衛隊の地上部隊がやってきて、裏山を捜索したが、怪獣は地下深く潜って、なかなか見つからないようだった。

 怪獣の死が確認されないので、村人は帰ってこない。

 カナは管理人室でひっそりと暮らしつづけた。

 誰もカナを探しに来ない。

 彼女は実はひそかに怪獣を応援していた。

 ひとりきりで生きている怪獣に自分を重ね合わせていたのだ。

 負けるな怪獣。死ぬな怪獣。

 夏だった。

 蝉時雨を聴きながら、カナは怪獣の無事を祈っていた。


 怪獣と自衛隊機の戦いから2週間後、カナは裏山に入った。

 自衛隊の地上部隊は帰還して、いなくなっていた。

 頂上付近の林で、彼女は体長20センチぐらいの小さなセンザンコウを見つけた。

 鼻がなかった。

「おまえ、怪獣なのか?」

 センザンコウは草を食べるのに忙しく、反応がない。

 カナはこの子が元怪獣だと信じた。

 きっと小さく変化へんげしたのだ。

「しっかりお食べ」

 カナはセンザンコウを優しく見つめた。

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