第72話 口裂け女リターンズ

 わたしは口裂け女だ。

 長らく自宅に引き篭もっていたが、コロナ禍でほとんどの人間がマスクをつけて外出するようになり、これさいわいとわたしもマスクをして外に出ることにした。

 マスクをしていても、まったく注目されない。

 マスクをしていれば、口裂け女だとばれることはない。

 ふふふふふ……。

  

 わたしの口は耳たぶのそばまで裂けている。

 大きめのマスクをつけ、それを隠す。

 わたしにはわたし以外の口裂け女を感知する能力がある。マスクをしていても、同族はわかるのだ。

 めったに会うことのない口裂け女と道でたくさんすれちがった。

 あの娘も、あの老婆も、口裂け女だ。

 マスクをして、外出している。

 コロナ禍バンザイ。

 ひひひひひ……。

 

 わたしは顔を晒して男と話すことはない。

 口裂けを見ると、男は恐怖し、必ず逃げる。

 マスクをしたままなら話すことができる。

「こんにちは。今日は暑いですね」と話しかけると、

「暑いな、お嬢さん」と返してくれる。

 お嬢さん!

 わたしはそんなふうに呼ばれたことはなかった。

 コロナ禍バンザイ。

 ははははは……。


 口裂け女は都市伝説だと思われているが、実はかなり多く実在している。

 100人の女がいれば、そのうちのひとりは確実に口裂け女だ。

 なぜか口裂け男はいない。

 どうしてか、わたしにもわからない。

 とにかく、口裂け女は実在する。

 都市伝説でもネットロアでもない。

 ここにいるのだ。

 わたしが口裂け女で、あの角で男を漁っている女も口裂け女だ。

 へへへへへ……。


「ねえ、カラオケ行かない?」

 ナンパされた。

「えーっ、わたしですかあ?」

「うん。ふたりで心ゆくまで歌おうよ」

「マスクをしたまま歌ってもいいですかあ?」

「もちろんかまわないよ。その方が衛生的だよね」

「マスク越しでキスしてくれますか?」

「あ、ああ」

 わたしは男の腕に絡みついた。

 おっばいを押しつけると、男は鼻の下を伸ばした。

 ちょろい。

 ほほほほほ……。

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