第66話 象鼻蛇

 その象は日本の首都圏のとある動物園に住んでいた。

 5歳の雄の象で、とても長い鼻が自慢だった。

 その動物園の人気者だった。

 名前は楽丸。

 ある日、楽丸が昼ご飯の干し草を食べているとき、鼻の付け根がムズムズした。

 鼻を振ると、根本からぽたりと落ちてしまった。

 楽丸は自慢の鼻を失い、鼻無し象になってしまったのだ。

 長い鼻は蛇に変化し、もぞもぞと這い回った。

「蛇くん、ぼくの鼻に戻っておくれ」と楽丸は言ったけれど、象鼻蛇は這いずるばかりで、答えなかった。

 蛇はやがて檻から外に出てしまった。

 鼻のない象は哀しそうに元は自分の鼻だった蛇を見た。

 象担当の飼育員が鼻のない楽丸に気づいて、びっくりした。

「楽丸くん、きみの鼻はどうしたんだい?」

「もげて、蛇になって檻から出て行きました」

「それは大変だ」

 飼育員は象鼻蛇を探し、動物園の出入口付近で発見し、同僚と協力して捕獲した。

 蛇を楽丸の鼻の付け根にくっつけようとしたけれど、くっつかない。

 もう楽丸と蛇は別の生き物になっていたのだ。

 元には戻らない。

 動物園は象の隣の檻に象鼻蛇を入れて、飼育することにした。

 たちまち象鼻蛇と鼻無し象の楽丸は動物園の新しい人気者となり、来園者が急増した。

 動物園は潤い、飼育員のボーナスは増額され、象と蛇は高級な餌を与えられるようになった。鼻がないので食べにくいが、楽丸は特別製の餌箱を用意してもらって、草を食べた。

「干し草が美味しくなったよ」と楽丸は隣の檻にいる象鼻蛇に話しかけた。

 象鼻蛇は言葉がわからないのか発声できないのかわからないが、とにかく答えない。

 生きたカエルを丸呑みし、消化しながら、寝そべっているばかりだった。

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