第40話 ノアの宇宙船と海の惑星
僕はデータでしか地球のことを知らない。
僕はノアの宇宙船に乗っている。この船の目的は地球起源の生物を太陽系外惑星で繁殖させることだ。
宇宙船内で、僕は千年以上を冷凍受精卵の状態で過ごした。十七年前に人工子宮から出産されて、船内でAIに教育されて成長し、今はあと半年ほどで移住候補星アルファに到着するところだ。
僕と同じようにして生まれた仲間が四人いる。
僕たちは、重大な決断を迫られている。
惑星アルファには地球起源の生物が生きていける環境があるが、それは海棲の生物に限られることが判明している。
海しかないのだ。陸がない。
ノアの宇宙船を海の船に改造することは可能だが、それは本来の目的ではない。ここには百万種以上の受精卵や種子や微生物が冷凍保存されていて、それを地球以外の惑星に根付かせるのが目的だ。魚貝類や海棲哺乳類、海藻、海草、海棲微生物はアルファで生きていけるだろう。しかし陸棲の生物は無理だ。
一度惑星に着地してしまえば、ノアは再浮上できない。しかし、目的地をアルファから別の惑星に変更して、再び長い旅に出ることも困難だった。
何百年もかかる旅になる。受精卵でなくなってしまった僕たちは、生きて次の惑星を見ることはできないし、その旅が成功する保証はない。
ノアのAIは惑星ベータに到達するのはおよそ七百年後になると計算している。その惑星がアルファよりマシだと判断する材料は特にない。
「海に生きる生物だけでいいじゃないか。僕たちはノアの船に乗って一生を過ごそう」と僕は言った。
「私は反対よ」とスリーは言った。
「人類が生存できる惑星をめざすべきよ。魚には文明は築けないわ。ノアの宇宙船の目的を一部しか達成できないアルファには降りるべきじゃない」
「ノアの宇宙船は一隻だけじゃない。完全な目的の達成は他の星系へ向かった別の宇宙船にまかせればいい」とツーが発言した。
「我々の宇宙船はアルファという地球型の大気と海を持つ惑星を発見できた。これは幸運なことだ。どんな環境かわからないベータへは向かわず、アルファで満足するべきだよ」
僕とツーの意見は一致した。
「アルファには着水せず、海棲生物ポッドを投下して、離脱しよう。あとは運にまかせてさ」と言ったのはフォーだ。
「フォー、ていねいに育てなければ、ほとんどの生物が死に絶えてしまうわ」とファイブがたしなめた。確かに、フォーの意見は乱暴だ。
「ファイブ、きみはどうすべきだと思う?」
「わたしにはわからない」
意見が完全に割れてしまった。
僕はノアのAIに訊いた。
「どうするべきだと思う?」
「重要案件については、人間の民主的な多数決により決定することとされています。多数決で決めてください」
僕はAIの助言に従った。
「では、アルファに着水すべきだと考える人は挙手して」
僕とツーが挙手した。
「残りの三人はベータに行くべきだという意見なのかな?」
「わたしはどちらでもない」とファイブは表明した。
「するとニ対ニで、同数になったわけだ。AI、この場合はどうするんだい?」
「リーダーの決定に従うことになります」
「リーダーなんて決まっていないよ」
「自薦、他薦により候補者を決め、全員参加の選挙をしてください」
ツーが僕を推薦し、スリーは自薦した。
僕自身とツー、ファイブが僕に投票し、僕がリーダーになった。
「アルファに着水する。この海の惑星に地球起源の海棲生物を繁殖させることを目標とする。そのためにノアの宇宙船を海の船とし、僕たちはその目標を達成するために人生を使う。いいね?」
みんなはうなずいた。
「ワン、いや、リーダー、私たちを導いて」とスリーは言った。
「アルファでよい人生を送ろう。できれば船上で、人間を繁殖させよう」
僕のツーとフォーは男の子で、スリーとファイブは女の子だ。人工子宮以外での繁殖方法を僕たちは知っている。スリーとファイブは頬を赤らめた。
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