第8話:火焔魔王、人間に転生する07


「むー。単語が踊ってる……」


 とある教室。時間的に昼。ポカポカの陽気の中で、机に突っ伏しプシューと知恵熱のオーバーヒートをアリスは立ちのぼらせていた。先ほどの授業は人類歴史学の講義で、魔術関連以外は本当に覚えることが多岐にわたっていた。


「不干渉レス。大丈夫ですか?」


「およそ」


 銀色の髪の乙女が穏やかに声を掛けていた。カオス=マクスウェルだ。こっちは勉強では秀才で、その一点で魔術に対する懸念を打ち消している。


「さて、では昼餉でも」


「だねー」


 そんな感じで二人は講義室を出た。


「どこで食べます?」


「都市部まで出ましょう」


「いいですけど」


「あと博物館」


「……………………」


「あれ? 悪手?」


「アリス様が行きたいのであれば否やはありませんよ」


 クスリと彼女は笑った。


「おいアレ」「ガチで」「ちょっとさー」「不条理」


 二人で廊下を歩いていると道行く人間が噂する。ちょっとアレ見な的な。


「アルデバラン嬢は人気ですな」


「からかわないでください」


 思ったより非難めいた声質では無かった。


「何かオススメはある?」


「そうですね。蕎麦とかどうでしょう?」


「そばー」


「小麦粉にそば粉を織り交ぜた麺なんですけど」


「カオスは好きなの?」


「大好きです」


「ではそうしましょ」


 ホケッと頷いてアリスも蕎麦を体験することになった。鮮やかな香り。切れ味のいい食感。ダシの利いた汁。冷えていながら完成されたクオリティ。


「うーむ。侮り難し」


 そんな感じでたぐる。


「ところで星乙女って恋人居ないの?」


「処女ですよ」


 そんなことは聞いていない。


「恋ねー」


「アリス様は思うところでもあるので?」


「女の子が可愛いと幸せには為るよ」


 それ以上に発展しないのがアリスらしくもあろうが。ズビビーと蕎麦をたぐる。天ぷらがサクサクで、これも出し汁に合う。腹をくちくしながら星乙女とはを考える。


「単なる置物ですよ。こんなの」


「カオスは魔術苦手なの?」


「劣等生と嘲られる程度には」


「ふむ」


 ジトッとそのスピリットを見やる。彼には少し魂の本質が見える。火属性は基本四属性でもっとも形而上に偏っている。火焔魔王は必然スピリットの扱いに卓越している。


「なにか弱っているような」


「魂魄が脆弱なんですよ。生まれつき」


 要するにスピリットのことだ。魂が質を表わし、魄が量を定める。


「なんで学院に?」


「ほかにやることもありませんし」


 食後の茶を飲みつつ彼女は素っ気なく答えた。


「そういうアリス様は?」


「ん? 吾輩? どーだろー。そもそも魔が何なのかを知りたいかな」


「――――貴方は――――」


 ボソリと何かが呟かれる。聞き零して視線を向けると、


「蕎麦はどうでした?」


 聞くな、と満面の笑顔で彼女は応えた。


「美味しかったよ。また来よう」


「ええ」


「じゃ博物館なんだけど」


「何か見たいモノでも?」


「勇者の遺産があるらしい」


「あー、ありますね」


「歴史学で習ったからちょっと見ておきたくて」


「帰ったら復習ですね。油断レス」


「お手柔らかに願います」


 そんな感じで学園都市を横断する。視線は多々感じた。


「アルデバラン嬢ねー」


「嬉々レス」


「いやいいんだけど」


 そこそこに違和感を覚えつつ、彼はカオスを引き連れて歩く。


「魔車には乗るので?」


「腹ごなしに歩きましょ」


 そんなこんなで博物館へ。そこそこ客は居るらしく、流行っているとは言えないも寂れてもいない。


「失礼をば」


 二人分の切符を買って入館する。


「おお」


 最初に出迎えたのは聖剣だった。この博物館の一番の目玉。勇者の持つ聖滅剣グランズベル。


「これはレプリカですけどね」


 身も蓋もないことをカオスが述べた。


「でもそっか。語られているんですねぇ」


 彼にとっても郷愁を呼ぶ。幾千年前。彼が対峙した、その威力は人間という器に奇蹟を凝縮したマススピリットの雫だった。


「はー」


「アリス様は、何とも思わないのですか?」


「例えば」


「勇者が馬鹿な存在だとか魔族にだって都合はあるだろとか」


「そんな事言ってたら学院通えないんじゃないの?」


「そうですけど」


「凄みは無いけど……歴史に則った気品は感じるよ。本物は見られたら嬉しいけど……そこまで奇蹟も安売りはしないだろうね」


「私は敬意レスです」


「何故?」


「人間の魔族への掣肘が必要なら全員でことにあたるべきです。勇者一人に罪も悪も押し付けて良しとした過去の愚物どもは悉く軽蔑に値します。もちろんソレを良しとした勇者も」


「まるで見てきたかのような言い方だね」


「そうだと言ったら?」


「不思議ではないけど……その時の君のスピリットが勇者に何を思ったのかはちょっと興味ある」


 アリスも魔王として勇者に対峙した。彼女……カオスのスピリットが勇者のモノとは思えないにしても、あるいは転生に可能なほどの逸れ物だったのだろうか?


「にしては魂魄の弱り具合がちょっと懸念だけど」


 独りごちる。


「それから魔王が現われて――」


 歴史学を紐解きつつ博物館の展示場で、その知識を現物に見る。


「魔界文化ね」


 魔界。


 この世界と表裏を共にするもう一つの異相だ。魔が凝縮した世界であり、平行に並べた布のように存在している。魔族というポインタがこっちの世界に干渉すると、引っ張られるように世界の窪みが表世界に流出するわけだ。


 この魔術学院もそんな特異点の一つで、魔界への反転座標が存在する霊地でもある。


「魔金属ね」


 少しずつ文化が花開いていくと、魔界の所産が表に出る。魔力に感応して仕事を返す金属や機構。樹木に霊水。中には仕事として魔界に潜る魔術師まで出る始末だ。相応に魔に呑まれることもあるがリスクに伴ったリターンもあるので飛びつく命知らずは枚挙に暇がないらしい。


「勇者の物語はそんなに無いんだね」


「もともと魔王に対するアンチテーゼと目されてますし」


「え。全部討伐したの?」


 魔王にも色々いる。


 四大魔王はその一角だ。


「そっちはまぁ。勇者さんの御苦労で」


「(――そもそも魔王が人のアンチテーゼだよねぇ……)」


 ボソリと彼の呟く。


 自分の不条理さは常々頭を悩ませる。火属性に限り彼は突出したスピリットを持つのだ。


「人間なんて魔族に滅ぼされればいいのに」


「物騒な事言うね」


「人類愛レス」


「ちょっと怖いよカオスさん」


「致し方有りません。業です。カルマです。自己取捨レスです」


「んーと?」


「アリス様になら処女を捧げてもいいんですよ?」


「え? 何の話?」


「そう言うでしょうけどね」


 少し寂しげに彼女は微笑んだ。


「それで勉強は出来ましたか?」


 博物館帰り。ちょっとお茶をしようとカオスが彼を誘った。やっぱり衆人環視が耳目を寄せていたが。


「人と歴史の凄さはね。ペンは剣より強しって奴?」


「生き汚いだけな気もしますけど」


「ホントその退廃さはどうにかならないの?」


「魔に呑まれない第一歩です」


「呑魔ね」


 顔のない怪物。およそ人の数える業の一つだ。在る意味で魔族以上にタチが悪い。そこが彼女の嫌悪を刺し開いているようだった。


「魔術なんて無い方が良いんですよ」


「なんか人間否定にも聞こえるけど」


「アリス様は器量が深いですね」


「まさにどういう意味で?」


「いえ。いいんですけど」


 抹茶ミルクを彼女は飲んだ。


「このお茶も人間特有でしょ?」


「ええ。それで満足していれば私もとやかく言いますレス」


「言わないのね」


「じゃあ今日はもう帰りましょうぞ?」


「そだねー。中々人類も奥が深い」


 そんなことを言いつつミルクティーを飲んでいると、


「アスター氏!」


 鐘打つようなキンキン声が聞こえた。毎度と言えば毎度のことで。ここ昨今の条理にもなっている。星乙女との接点は彼にとり不利益要素らしい。元々そこまで執着もしていないのだが周りの視線はフィルターが掛かっているようで実像と虚像には歪みの相違が見て取れる。


「アルデバラン嬢に近付くな! 我々の星を貶めるな!」


「ではどうしろと?」


「叩きのめしてやる!」


 魔に呑まれたのだろうか?


 そんな憂慮も今更だ。


「カオスは良いので?」


「さほど自己に過剰ではありませんので」


 自分を慕ってくれる人間が居るのを否定しないが、だからといってその理想に殉じる気もないらしい。


「じゃあ」


 と彼は頭を掻きつつ呪文を唱えた。


圧縮プレシャ火焔フレイヤ

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