あったら怖いアプリゲーム

和辻義一

あったら怖いアプリゲーム

 スマートフォンのアプリケーションソフトを、試しに一つ追加してみた。何のことはない、よくある恋愛シミュレーションゲームの一つだ。


 「スマホの中の彼女と付き合える」とかいう言葉が売り文句のアプリで、人気も話題性もそこそこあるようだ。その他のゲームの売り文句としては「究極のリアル」「プレイヤーの数だけ、彼女がいる」などがあるそうで、どんな「彼女」が攻略キャラクターになるのかは、まるっきりの運らしい。


 ちなみに、同じ制作会社が公開している同じような恋愛シミュレーションゲームで、女性向けのものもあるらしく、そちらも「究極のリアル」だの「スマホの中の彼が口説いてくる」だのいう売り文句があった。こちらのゲームの人気も、流石に男性向けのものよりは少し落ちるが、そこそこ好評のようだった。


 世間一般のプレイヤー(だいたいは男)は、自分の好みのタイプのキャラクターが出てくるまで、ひたすらリセットマラソン……いわゆるリセマラをしつつ、自分の「彼女」を決めるのだそうだ。ただ、このリセマラにはやたらと時間がかかるらしく、別段そのゲームに対する思い入れのようなものも全く無かったので、俺は適当に自分のキャラクターの設定を入れて、適当に「彼女」を選んだ。


 ちなみに、自分のキャラクターを設定する際に、必ず自分のアバターを作らなければならないようで、スマホのカメラで撮った自撮りを元に、ゲーム内の自分の容姿に関するデータが決められるらしい。人によっては、ゲームの中でぐらいはイケメンでいたいプレイヤーだっているだろうに、そのような点まで「リアル」にこだわるこのゲームの設定に、ゲーム制作者の意地の悪さを感じたのは俺だけではないと思う。


 今回の俺の攻略キャラクター、すなわち「彼女」は、なかなか可愛らしい女子高生だった。名前は「奥山おくやま千里ちさと」というらしく、ゲームの中での設定では高校二年生なのだそうだ。


 こちらは実際の俺と同じ社会人の設定にしていたので、ゲームの中の千里の最初の反応は今ひとつだった。


「えーっ、これってエンコー?www」


 自分のキャラクターが自己紹介をした時の、ゲーム内の千里の第一声がこれだった。


 別に俺だって、お前を好きで選んだわけではないのだがと、ゲームキャラの千里に対して毒づきたい気持ちになったが、幸か不幸か相手に対して文句を言うという選択肢はゲームの中には登場せず、「開き直る」か「とりあえず謝る」の二択しか選択肢がなかったので、相手はたかがゲームキャラなのに少し腹を立てていた俺は「開き直る」を選択した。


 そこから先のゲーム展開は、なかなかにリアルなものだった。このゲームでは、プレイヤーの世界の時間の進行とゲームの中の世界の時間の進行がシンクロしており、その時々に様々なイベントが発生していた。中にはちょっときわどい表現のイベントなどもあり、そういったシーンでのゲーム内の「彼女」の反応を楽しむのも、このゲームの醍醐味らしい。


 ただ、リアルを追及した作りのゲームであるが故に、途中で彼女に振られるというバッドエンドで終わるケースも少なくないようだ。インターネット上のこのゲームに対する評価は極端に分かれていて、「リアルなのが超楽しい」あるいは「リアルすぎてうつになる」の概ね二択だった。


 しばらくの間はそれなりにゲームを楽しんでいたのだが、次第に面倒臭くなり飽きてきた俺は、徐々にゲームへのログインをしなくなった。だが、そこから先が「リアルな作りのゲーム」の厄介なところで、スマホアプリの通知機能で、千里からのゲームへの復帰の催促が届くようになった。


 これじゃまるっきり、本当の彼女からの催促のようではないかと思ったが、「会いたい」だの「寂しい」だのと、やたらにリアルな通知が何度も届くので、相手がゲームキャラだと分かっているはずなのに、ついつい相手をしてしまうようになっていた。


 仮想世界のキャラクターを相手に、何をそんなに愛着をもってしまっているのかと、我ながら自分のことが少し嫌になった。だが、そんなやり取りを続けていたせいか、ゲーム内の千里は随分と俺に懐くようになった。ゲームを始めた頃の、ツンデレのデレ抜きのような態度からは、もの凄い変わりようだった。


 そんな休日のある日、電車に乗って買い物に出かけていた俺のスマホに、千里からの通知が届いた。ゲームにログインすると、早速ゲーム内の千里から「今なにしているの?」と聞かれたので、「寝ている」「出かけている」「別の彼女とデート」の三択の選択肢の中から、試しに「別の彼女とデート」を選んでみた。


「はあっ!?」


 突然、リアルの世界ですっとんきょうな女の声が聞こえてきた。声のした方を見て、俺は驚いた。車内の少し離れた位置の座席に、ゲームキャラの「奥山千里」と瓜二つに近い容姿の女の子が、スマホの画面をじっと睨みつけていた。


 やがて、思わず自分が上げた声を恥じ入るように、その女の子は周囲を見渡していたが、そのうちにこちらの視線に気が付き、何やら呆然とした表情でこちらを見つめてきた。


「えっ……うそ。たかし、さん?」


 女の子の呟きに、俺は二度驚いた。隆というのは、俺が適当につけたゲーム内の自分のキャラクターの名前だったからだ。


「……ちょっと待て。ひょっとして君、千里か?」


 俺の言葉に女の子は少しの間呆然としていたが、やがて小さく頷いた。


 俺はだんだんと、頭が痛くなってきた……何が恋愛シミュレーションゲームだ。趣味が悪いにも程があるぞ、このゲームとやらを作った奴!

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