待受画面のあの子

@owlet4242

待受画面のあの子

「あー、終わったぁー!」


 今日もかれこれ6時間近く連続でPCとにらめっこしていた私は思わず声をあげてしまった。

 数日前に、クライアントからの急な仕様変更の注文を受けて、納品寸前だったソフトのプログラムを突貫工事で書き換えていたのだ。これぐらい叫んだってバチは当たらないだろう。


「ああ、肩バッキバキだわ……」


 長時間固定された姿勢でキーを打ち続けた肩は、もはやそこに付いているのかいないのか分からないほどに感覚がない。

 失われて久しい感覚を取り戻すために俺は椅子に座ったままで背伸びをする。ついでに首筋も伸ばそうと首を横に捻ったそのとき、私の目にあるものが飛び込んできた。


「あれ、金子さん。それ、お子さんの写真ですか?」

「……あ、○○さん。そうなんですよ」


 俺の目に飛び込んできたもの、それは隣の席に座る金子さんのスマホの待受画面だった。

 金子さんは私にとっては二年先輩のプログラマーで、物静かに淡々仕事をこなす職人気質な人物だ。

 そんな彼の待受画面には、画面一杯に引き伸ばされた少女の写真が貼られていた。

 金子さんはそんなことをするタイプの人間には見えなかった私は、ついつい興味が湧いて思わず声をかけてしまったのだ。


「へぇー、金子さんのお子さんって、もう結構大きいんですね」

「ええ、今年で五歳なんですよ」


 私の言葉に、金子さんが微笑む。


「それじゃあ、今が一番可愛い時期じゃないですか?」

「いやいや、もう生意気になってきてますよ。口答えなんかもしますしね」


 先程までの微笑みと入れ替わるように、金子さんが苦笑を浮かべる。いつもの淡々とした金子さんの反応からは想像もつかなかったその表情に、私は彼の意外な一面を見た気がして、さらに深くこの話題に食い込んでいった。


「ええー、そうなんですか。なんか意外ですねぇ」

「ふふ、子どもと一緒にいるといつも意外なことだらけですよ。この写真を撮るときも『やだ!』なんていって抵抗されちゃいましたからね」


 金子さんにそう言われてから写真を見ると、確かに娘さんの表情はどこか硬い印象を受ける。


「そういうものなんですね。まぁ、でも自分にとって一番意外だったのは、金子さんがスマホの待受画面を娘さんの写真にするような人だったってことなんですけどね」


 私が思ったことをそのまま口にすると、金子さんは「ははっ」と声をあげて笑った。


「そうですかね? これでも私、子ども好きなんですよ」

「いや、いつもの淡々とした職人気質な金子さんからは、こんな一面があるなんて想像もつきませんでしたよー」

「私って、そんな風に見えるんですねぇ。でもーー」


 そこまで言って、金子さんは愛おしそうにスマホの写真に目を落とす。


「ーーこの子を守るためなら、私はどんなことでもやってみせる。それぐらいの覚悟はあるんですよ」

「へぇ、カッコいいですね、金子さん」


 相変わらず写真を眺めながら力強く頷いた金子さんに、私は感銘を覚えた。


「私も将来はそうなりたいものですね。……いつになるかはわかりませんけど」

「ははっ、○○さんにもすぐにいい出会いがありますよ」

「フォローありがとうございます……。でも、こう残業続きだと厳しいですよー」

「あー、お疲れさまですね」


 そんな他愛ない軽口を金子さんと叩きながら、私はいよいよ大詰めとなったプログラムの組み直しの作業を進めるのだった。



◇◇◇



「あー、今日もおそくなっちゃったなぁ……」


 そんなことをぼやきながら、私は我が家のマンションへと滑り込んだ。

 あのあと、結局プログラムが組み上がったのは終電も迫った頃だった。それでも、プログラムが組み上がったのだから御の字だ。これからしばらくは少しは穏やかな日々となるだろう。


「とりあえず、今日は飯食って寝よう」


 そうして、私はコンビニで買った惣菜を温めて、ビールを片手にテレビを見ながら晩酌と洒落込む。

 そうして、ビールを一本開けていい気分になってきたとき、スマホに着信が入る。

 こんな夜更けに誰かと画面を見ると、別の部署で働く同期の小山田君だった。通話アイコンをスワイプすると、すぐに耳元にスマホを当てる。


「もしもし?」

「あ、○○、お疲れさん。例の件、もう終わった?」

「あー、さっきようやく終わったよー」


 私がさも疲れたような口調で答えると、小山田君は「ははっ」と笑った。


「いやー、それはお疲れ様! でも、死後とが終わったってことはさ、○○、金曜日の夜はフリーだよな?」

「まあね、なんかあるのか?」

「いや、実は歳が近い若手で合コンやろうって話になってさ、○○もどうかってお誘いの電話なんだよ」

「おー、マジか! 行く行く!」


 昼間の金子さんとの話で、そんなことに乗り気になっていた私は二つ返事で答えた。スマホの向こうの小山田も「そうかそうか」と嬉しそうだ。


「よーし、いい感じに面子がそろってきたな! あ、そうだ、○○」

「ん、どした小山田?」

「○○の部署の金子さんにも声かけてくれよー。なんか女の子の方で金子さんを狙ってる子がいるらしくてさー」

「え?」


 小山田のこの言葉に私は戸惑った。


「金子さんを誘うのはまずいだろ、金子さん妻子持ちだぞ?」


 私の言葉に今度は小山田の方が「えっ」と戸惑いの声を漏らした。


「いや、金子さんは独身だろ?」

「え、そんなことないよ。だって、今日スマホの待受画面の娘さんの写真を見せてもらったんだぞ?」


 私がそう言うと、小山田は「あっれ~?」と納得がいかないというような言葉を漏らした。


「おかしいなぁ、だって俺、社員の事務記録を見られる女の子から金子さんが独身だって聞いたんだぞ?」

「マジで? でも、もしかすると家族がいることを報告してないのかもしれないな。金子さん、ワーカーホリックなところあるし」

「あー、妻子がいると気を使って仕事量減らされるってやつか」


 うちの会社は独身には厳しいが、新婚の社員には優しくて、仕事量の調整や有給の取得などに便宜を図ってくれる。昔は厳しかったらしいのだが、今の社会の風潮と、若手の大量離職を受けて方針転換したらしい。


「ま、それじゃあ金子さんは無しだな。他にあてがあるなら見繕っておいてくれよー」

「おーう、それじゃあな」


 そう言い残して私は通話を終えた。


「そっか、金子さん結婚の報告会社に上げてないのかー」


 そう独り言を漏らして、私は違和感を覚える。


 会社が便宜を図ってくれるなら、娘さんと触れあう機会をもっと作れそうなものなのに、なぜ金子さんは報告をしていないのだろう、と。


 丁度そのとき、テレビのニュースがローカルニュースへと切り替わった。画面の中ではキャスターが深刻そうな表情でニュースを読み上げていく。


「ーーはい、では地域のニュースです。今年に入ってからこの△△区では、誘拐と思われる子どもの行方不明が多発しており、先日もまた新たな子どもが行方不明となっています」

「物騒だな……」


 キャスターの口から放たれるニュースに、俺は背筋に薄ら寒いものを感じた。

 そして、こんなご時世だと、金子さんみたいな小さなお子さんがいる家庭はさぞや気を揉むことだろう。

 そんなことを考えていた俺は、ニュースの続きを聞きた瞬間、反射的に座椅子から立ち上がっていた。


「行方不明の情報が入ったのは佐藤すみれちゃん五歳です。行方不明当時の服装の写真を今から表示しますので、情報があるかたは番組までご連絡ください」


 そう言ったキャスターと入れ替わりに表示された佐藤すみれちゃんの写真。その中央で満面の笑みを浮かべるすみれちゃん。


 それは、昼間に会社で見させてもらった金子さんのスマホの壁紙で見た少女そのものだった。


「そんな……あり得るのかこんな話が………」


 私は、テレビの情報から驚愕の真実にたどり着き、思わず恐れ戦いていた。

 それと同時に、私の頭の中では、先程金子さんが言ったある言葉がリフレインしていた。


ーーこの子を守るためなら、私はどんなことでもやってみせる。


 「どんなことでもやってみせる」……、それってつまり……。


 私が、その言葉に込められた真の意味に気付いたその時、玄関のチャイムが一つ音をたてたのだった。

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