第10話 真実は想いが芽生え、嘘はその花を閉じる~夏合宿~③

 頂上に着くと、数十分で登った山とは思えないほどの見晴らしのよさだった。一方では町を見下ろすことができ、もう一方では周りの山々を堪能できる。


「コテージに着くまでにも車でかなり坂を上ったからね。とてもいい眺めだわ」


 そう言う小夜先生の隣で朝市先生はカメラを取り出して風景を写真に収め始める。


「朝市先生―! あたしたちも撮ってくださいー!」

「おう、いいぞ」


 夏野が小夜先生を含めた女子を集めて何やら協力して手でハートマークを作る。


「いいね。大地、誠、僕らも同じようにする?」

「誰がするかよ」

「えー、俺は別にいいですよ」


 結局、朝市先生と男子組は普通に小夜先生に写真を撮ってもらった。


 頂上で数十分ほど景色を楽しんだり、ゆっくりとお茶を飲んだりして、下山しコテージに戻った。


「まだ夕食を作り始めるには早いな」


 朝市先生が時間を確認しながら自分の車に積んでいた野菜などが入っている段ボール箱を運んでくる。


「ってあれ? カレーのルー入ってなくね? 涼香、ルーって俺が持ってくるんだったよな?」

「ええ、食事は俺に任せろって意気込んでたじゃないの」


「しまった! 完全に忘れちまった。くそー、確かに家には買ってきたはずなのに。仕方ない。今から車でスーパーまで買い出しに行ってくるよ。予想より水やジュースももっと必要そうだしな」

「そう、ここに教師が一人もいないっていうのは流石にまずいから私は付いていけないわ」


「ああ、お前ら何か必要な物はあるか? 明日のバーベキューの肉とかは明日また買いに行くけど、今日何か欲しかったら買ってきてやるよ」


「じゃあ俺買い物付いて行っていいですか?」


 月見がそう言う。


「ああ、いいぞ。けど買い物の時間も合わせたら二時間ぐらいかかるぞ」

「はい! 大丈夫です! お供させてください」


「じゃあ、僕もお供しますよ。朝市先生と大地だけじゃ何か不安なので」

「秋城、俺は一応教師だぞ。少しは信用してくれよ」


「じゃあ、私も付いて行っていいですか?」

「分かった、じゃあ四人で行くか。涼香、ここは頼んだぞ」


「ええ、気を付けて行ってらっしゃい。みんな輝彦がちゃんと買い物できるか見張っててね」

「お前も俺に信用ないのかよ!」


 結局、朝市先生、秋城、月見、星宮の四人が買い出しに行き、残されたメンバーは自由時間となった。

 

 俺は勉強道具も一応持ってきていたが、こんな風に自然に囲まれて自由にできる機会はそうないので小夜先生に一応断りをいれてからコテージの近くを散歩する。コテージの近くには膝下ほどの深さの川があったり、屋外炊事場、キャンプができるであろう広場などがあった。アウトドア好きにはたまらない環境だ。なんだかんだで一時間ほど散歩してコテージに戻ると入り口で夏野とばったり会った。


「どうしたんだ?」

「まこちゃんー、真実ちゃんがどこに行ったか知らない? 最初は咲良ちゃんと小夜先生と一緒にお話ししてたけど、いつの間にかいなくなってたの」


「俺は周りを散歩してたけど見てないぞ。部屋にもいなかったのか?」

「うん、どうしよう。どこかで迷子になっちゃったりしてないかな。スマホに連絡しても返ってこないの」


 夏野が不安そうな顔をする。


「大丈夫だ。霜雪だぞ。俺が少し探してくるから夏野はコテージでゆっくりしてていい。何かあったらすぐに連絡する」

「あたしも手伝うよ」


「大丈夫。そんな遠くには行ってるはずはないから俺一人で十分だし、夏野は行事の時はしゃぎすぎるから休める時に休んどけ」

「……そう。まこちゃん、ありがとね」


「気にするな。じゃあ行ってくる」


 俺はまた一通りコテージの周りを歩く。十分ほどで一周できたが霜雪の姿は見えなかった。とすると初めて来た場所で霜雪はどこに行ったんだ? あと心当たりがあるのはさっき登った山だけだ。もう他に探す所が思い浮かばないので、取り敢えず俺はもう一度頂上まで登ってみることにした。俺一人ならそう時間はかからない。


 頂上まで登るとしゃがんで何かを探しているような霜雪がいた。


「おい、せっかくの白いワンピースが汚れるぞ」


 霜雪はこの前の美玖との買い物で買った服を着ている。


「冬風君……。どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねえよ。お前を探しに来たんだ。なんだってまたこんな所に」


「落とし物をしてしまって。今日はそんなにあちこち行ってないから、落とした場所はここじゃないのかなと思ったの」

「探し物をするんだったらそう連絡してから行けよ。夏野が心配してたぞ。で、何を落としたんだ?」


「……美玖さんからもらったキーホルダー」

「そうか、霜雪のもネジが緩かったんだな。俺も今日の朝落として夏野に拾ってもらった」


 俺は霜雪と話しながら、夏野に霜雪を見つけたので心配はないと連絡した。そしてしゃがんで霜雪が落としたグラペンを探す。


「手伝ってくれるの?」

「ああ、誰かに連絡しておくことを忘れるくらい大切にしてくれてたんだろ? そんなすぐに諦めろなんて言わない。俺が草が生えてるところをしゃがんで探すから、お前は立ってそこら辺探してろ。さっきも言ったが、下手にしゃがんでると服に土が付くぞ」


「……ありがとう、冬風君」


 霜雪は申し訳なさそうにしながら、俺と分担してグラペンを探す。


 お互い無言のまま地面と見つめ合っていると何かを思い出したように霜雪が口を開いた。


「そういえば冬風君もあの時買った服を着てるわね」

「ああ、せっかくだからな。選んだ時は試着とか見てなかったがその服、ちゃんと似合ってて良かった」


「ありがとう。お気に入りの服になったわ」

「それも良かった」


「……さっきここに登った時もそうだったけど、こんなことにも付き合ってもらってごめんなさい」

「別に気にしなくていい。霜雪が悪いわけじゃない。俺も夏野に拾ってもらってなかったら同じようになくしてたからな。全く、どれだけネジが緩いまま出荷されてるんだか」


 その後、数十分頂上付近を探したがグラペンは見つからなかった。


「落としたのここじゃないかもな。もしかしたら道中にあるかもしれないからゆっくり探しながらコテージに戻ろう。あんまり遅くなると心配される」


 俺と霜雪は地面を集中して見ながら下山するが、グラペンを見つけることができなかった。コテージがすぐ目の前に近づいてきた頃に霜雪の顔を見ると、霜雪はかなり残念そうで悲しげな顔をしていた。俺の想像以上にあのグラペンを大切にしてくれていたようだ。全くあのペンギン、いったいどこに旅立ったんだ。


「霜雪、スマホを貸せ」

「え、どうして?」

「いいから、貸せって」


 俺は戸惑う霜雪からスマホを受け取り、自分の財布からグラペンを外して、霜雪のスマホに付ける。


「冬風君? 何をしてるの?」

「お前にやるよ。俺もこのペンギンには少し愛着はあるが、霜雪が持っておいた方がこいつも美玖も喜ぶ。可愛がってやってくれ」


「だ、だめよ! こんなことになったのは私の注意力が足りなかったから。そこまで甘えるわけにはいかないわ」

「別に注意力が足りなかったから落としたわけじゃない。遅かれ早かれいつかは落としてただろう。それに霜雪がこんなに必死になって探すほど大切にしてくれてたなんて思ってなかった。美玖もお前とお揃いの方がいいはずだ」


「……でも」

「まだ言うか。じゃあ、このグラペンはお前に預けるだけだ。いつか俺に返せ。それまでは霜雪が責任を持って可愛がってくれ」


 俺は霜雪にグラペンが揺れるスマホを返す。


「……何から何までありがとう。絶対に大切にする」


 霜雪はスマホを胸に引き寄せて、グラペンを見つめ、その後優しく俺に微笑む。体育祭の後から霜雪は俺に見せる感情が豊かになったような気がする。


「じゃあ、少し部屋で休んでこい。今日は二回も登山したからかなり疲れてるはずだ。朝市先生たちが帰ってくるまでもう少し時間はあるはずだし、準備が始まったら誰かが呼びに行くだろ」

「ええ、そうするわ。本当にありがとう」


 俺は霜雪とコテージに入り、霜雪は夏野たちに一言声をかけてから二階に上がった。俺は小夜先生に呼ばれたので結局朝市先生たちが帰ってくるまで、夏野たちの会話に参加することになった。

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