第6話 打ちあがるは真実と嘘の花~夏祭り~⑤
「今度は絶対みんなで見る!」
花火が終わり、上から帰宅する人々が大量に流れ込んでくる中、ベンチに座って、他の生徒会の奴らを待ちつつ夏野が言う。
「一年後だな、その時生徒会がどうなってるかは知らないが」
「もー、なんでそんな不安になること言うの!」
そうこう言っているうちに上にいた五人がやって来た。
「奏、誠、君たちだけ下に残してすまなかった」
「ううん! あたしのせいだから政宗君が謝ることはないよー」
「ああ、ここから見える花火も悪くなかった」
「まこ兄―! ここにいた! 一緒に帰ろ?」
美玖が秋城たちの後ろからやって来た。生徒会の面々と挨拶を交わす。
「よし、じゃあ帰るか」
俺はベンチから立ち上がり、帰ろうとすると、隣に立っていた夏野が叫び声をあげた。
「えーーーーー! なんでー⁉」
「奏ちゃん、どうかしたの?」
星宮が夏野に尋ねる。
「お母さんが急に夜勤が入ったみたいで、もう家出ちゃったみたいなんだけど、あたし、今日はお母さんが家にいると思って、家の鍵持ってきてなくて。お父さんは今日飲み会ですごく遅くなるって言ってたから、夜中まで家に入れないや」
「あら、それは危ないわね。私たちの年齢じゃネットカフェも遅くまではいられないし……」
「……じゃあ奏さん、美玖の家にお泊りする?」
美玖が夏野の前に行って、嬉しそうに提案する。
「美玖ちゃん、ありがたいけど、それは美玖ちゃんにもまこちゃんにも迷惑になっちゃうよ」
俺をちらりと見て、美玖が答える。
「うちはお父さんもお母さんも家にいなくてまこ兄と二人だから大丈夫だよ! ね、まこ兄?」
「ああ、夏野の家の人がいいなら泊まればいいよ。深夜まで家に入れないのはあぶねえし、今日迷惑な奴に絡まれたばっかだしな。美玖がいるとはいえ、俺もいる中で女子一人で泊まりに来るのが嫌なら、他に泊まれる奴も泊ればいい。夏休みだから、学校の心配もないだろ」
「そ、そう?」
夏野が申し訳なさそうに返事する。
「まこ兄、ナイスアイデア! ね、皆さんどうですか?」
「僕は遠慮しておくよ。男子が増えても状況は変わらないしね」
「俺も今日は大人しく帰ります」
「じゃあ、私は一緒に泊まらせてもらおうかしらね」
「わ、私はこのまま帰ります。色々と明日用事があるので」
各人、それぞれどうするか答えていく。
「真実さん、真実さんはお泊りしますか?」
美玖が霜雪を見つめ、霜雪は葛藤の表情を浮かべている。美玖とこれから話せるのと、そこに俺もいるという現実を天秤に乗せているのだろう。
「お、お世話になってもいいかしら」
「もちろん!」
美玖が嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
「ちゃんと家の人に許可貰えよ」
俺がそう言うと、夏野と星宮、霜雪がそれぞれ親に電話をかけるため道外れに移動する。そして数分ほどして全員戻ってきた。
「大丈夫だった?」
「うん! 本当にありがとう!」
「今日はお世話になるわね」
「霜雪、お前もいいのか?」
「ええ、むしろ母も父も喜んでいたわ。これまで誰かの家にお泊りすることなんて私はなかったから」
確かにうちの親も、もし家にいれば帰ったその日の夕食が赤飯になりそうな勢いで同じ反応をするだろうなと思った。
「よし、じゃあ帰るか」
今度こそ歩き始め、神社を出る。
「僕は咲良と家が近いから一緒に帰るけど、大地一人で帰れるかい?」
「政宗先輩! 俺のことなんだと思ってるんですか!」
神社の入り口でバスで来たらしい月見を見送り、電車を使う秋城と春雨も駅の方へ帰っていった。
「誠君、コンビニに寄っていいかしら。女子には色々買わなきゃいけないものがあるの」
歩きながら星宮が話しかけてくる。
「ああ、寝間着とかは適当に美玖とかの使えばいいし、うちで用意できるものは用意するから、それ以外の物を買っていくか」
「急にお世話になって悪いわね」
「いや、こちらこそ。美玖もかなり嬉しそうだ。いつも家に俺と二人きりでいるから、賑やかなのが楽しいんだろ」
祭り帰りの人がまばらにいる中、俺たちは最寄りのコンビニへ向かった。
「明日用事なんてないだろう?」
秋城は隣を歩いている春雨に話しかける。
昔からそうだ。この人は私の嘘を簡単に見破る。
「本当に泊まらせてもらわなくてよかったのかい? ご両親はそこのところ厳しくはないだろう。昔は僕の家によく来ていたし」
「は、はい。けどあんまり大勢で行っちゃうとさすがに迷惑かなと思って」
これも嘘だ。本当はもっとお話ししたかった。生徒会の先輩はみんな優しく、お姉さんのように慕っている。逆に美玖ちゃんは自分をお姉さんとして扱ってくれる。一人っ子としては憧れた存在ばかりだ。
この嘘には何も反応されずに同じく駅へと向かう人混みの中を進んでいく。
「まあ、今度合宿もあるからたくさん彼女らと一緒に過ごせるよ」
この時間が愛おしい。ずっとこのままこの人と二人きりでいられたらどんなに幸せだろう。ただそんなことが不可能であるのは自分が一番知っている。嘘をついて魅力的な誘いを断り、家が近いことを利用して、ほんの少しの時間一緒に同じ方向を歩くことが、ほんの少し長い間浴衣姿を見てもらうことが自分にできる精一杯だ。
親同士が同級生でとても仲が良く、近所に住んでいれば、その子ども同士が仲良くなるのは必然だ。昔は二人きりで遊んだりすることが多く、たくさんの時間を共有したが、年を経るにつれて変化は否応なく訪れる。
先ほどまで隣に当たり前のようにいた存在は、いつのまにか遥か遠くに行ってしまい、自分は何一つ成長できていない。気付けばその人の周りには多くの人がいた。その人たちに私は勝てる気がしない。私はこの人と釣り合わないのだ。
私は卑怯だ。そんなことを思っていても、諦められない。ずるくてもこの人の隣にいたい。せめて少しの間。この思いを、この幸せを噛みしめることを許して。
「咲良、人が多くなってきた。またはぐれてはいけない。僕の袖でも掴んでいて」
言われるがままに差し出された袖を掴む。舞い上がるな、思い上がるな。優しいこの人なら誰にだって同じことをする。けど、けど、これだけで嬉しいと思うのはいけないことなのかな。
なぜか頬に熱いものが流れたが、この人混みの中では気付かれることはない。駅に着くまでに抑えるんだ、何もかも。
春雨を家まで送り、自宅に向かう。徒歩にして五分ほどの距離だ。
秋城は先ほどまで春雨が握っていた左の袖を見る。何かをこらえたかのように強く握られたのができたしわで分かる。ただそれには気付かないふりをした。目からこぼれていたあの水滴にも。
ずっと隣にいたと思っていた彼女が遠くの存在のように思える。いつから自分は間違っているのだろう。その答えは自分では見つけられそうにない。
心に抱える思いは時に大きくすれ違う。お互いを思えば思うほど。
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