第6話 打ちあがるは真実と嘘の花~夏祭り~④

 秋城たちの元に戻ると、他の奴らは全員揃っていた。


「お帰り、楽しんでるようで何よりだ」

「なあ、あれ全部食べたのか?」


「ああ、僕も少し貰ったがほとんど咲良が食べたよ」

「ま、政宗さん! そこは半分くらい自分が食べたって言ってくれても……」


「ごめん、ごめん。けど誠にはもうバレてるし隠したってしょうがないよ」

「えー、咲良ちゃんって勝手に小食かなって思っちゃってたけど、いっぱい食べるんだー! あたし友達に美味しいって評判のケーキ屋さん教えてもらったから、今度一緒にたくさん食べに行こ!」

「は、はい。喜んで」


「おーい、お前ら、盛り上がってるかー」

 

 声の方を向くと、浴衣姿の朝市先生と小夜先生がいた。


「うわー、小夜先生の浴衣姿いつにもまして大人っぽい! なんか妖艶な女性って感じ!」

「ありがとう、夏野さん。みんなも浴衣似合ってるわよ」


「お二人は見回りですか?」

 

 星宮が二人に尋ねる。


「ああ、この夏祭りには四季高校の生徒が大勢来るからな。そいつらが羽目を外し過ぎないように見張ってるんだ」

「けど、非番でボランティアって体裁だからこうして浴衣も来て、せっかくだから楽しんでるのよ」

「へえー、教師って色々仕事があって大変ですねー」

「まあ、こんな感じの仕事ならいくらでもやるさ。じゃあ、お前らも浮かれて羽目を外し過ぎるなよ。生徒会として他の生徒の模範になるように」

「はーい!」


「また今度ねー」

 

 朝市先生と小夜先生は去っていった。



 それから、同じ場所を拠点に何かを買って食べたりしていると、花火大会の時間が迫り、すっかり辺りに人が溢れてきた。


「少しゆっくりしすぎたかな。上の方にあまり知られてなくて花火がよく見える場所を知っているから移動しようか。この人の量だ。無事に辿り着けるといいが」

 

 秋城を先頭に人の流れに合わせて神社の上の方へ向かう。凄い人の量だ。さっきまで近くにいたはずの生徒会の連中の姿も少しよそ見しただけで見失ってしまいそうだ。

 

 なんとか上に登り切って集合するものの、春雨と夏野の姿がなかった。


「咲良と奏先輩、途中まで近くにいたんですけど、それぞれ左右別の方に流されてっちゃってるの見ました。スマホで連絡します?」

「そうか、やはりもう少し早めに移動するべきだったね。ここは丁度圏外になってしまうからスマホが使えないんだ。もう花火が始まるから、みんなは先に行っていてくれ。空、そこの道を少し抜けると少し開けた場所に出る。そこまでみんなを頼むよ」


「秋城、俺も行く。月見が春雨と夏野は別の方へ流されたって言ってただろ。お前一人より俺も行ったほうが効率的だ」

「それはそうだね。じゃあ、僕が咲良、誠は奏の方へ行ってくれ。大地、二人を見失った場所を詳しく教えてくれるかい?」

 

 月見に大体の場所を確認する。


「よし、じゃあ行ってくるよ。空と大地、真実は花火を楽しんでてくれ」

「ええ、人が多いからあなたたちも気を付けてね」

 

 俺と秋城は階段を降り、それぞれが春雨と夏野を探しに行った。

 

 


 僕としたことがとんだミスをした。祭りというだけあって、僕も浮かれていたのだろうか。人の流れに逆らい、秋城は月見に教えてもらった場所まで急ぐ。

 

 いた。数人の男の陰になっており見えにくいが見間違えることはない、咲良だ。どうやら間違った祭りの浮かれ方をした奴らがいるようだ。


「ねえ、名前くらい教えてよ。一人なら俺たちと花火見ようぜ」

「い、嫌です。い、一緒に来てる人がいるので」

「いねーじゃん! なあ、花火始まっちゃうよー。楽しまないと損だよー」

「うわー、お前その言い方きめえー!」

「ぎゃははは」

 

 どうしよう。どうすればここから逃げれるだろう。無理やり振り切って逃げることも考えたが、ただでさえ足は遅いのに、下駄を履いた状態で男相手に逃げられるわけがない。こんな時、真実さんのように凛と、毅然とした態度ができたなら。


「すみません、僕の連れの子なので失礼します」

 

 急に手を掴まれたが、それは今、目の前の男たちがしそうな雑な扱いではなかった。よく覚えがある、懐かしく、優しい手だ。


「兄ちゃん、なに? 俺たちが先にこの子を誘ってたんだけどー」

「すみません、僕はこの子の彼氏なのでそれはご遠慮して頂けますか?」

「そんなことその子は一言も……っ、お前ら他行くぞ」

 

 丁度背中が目の前にあって政宗さんの表情は見えないが、男たちは違う方へ急いで移動していった。


「咲良、大丈夫だったかい?」

 

 振り向いたその笑顔はいつも見慣れている優しい笑顔だった。


「は、はい。ありがとうございます」

「それじゃあみんなの所へ行こうか」

 

 手を繋いだまま歩き出す。


「ま、政宗さん。手、つ、繋いだままです。それに彼氏だなんて嘘をつかせてごめんなさい」

 

 そう言うと、握られる手の力が強くなる。ただ痛くは全くなく、優しい布に包まれているようだった。


「僕こそごめん、咲良を一人にしてしまった。まだ人は多いし、もう僕は同じ失敗をしたくない。このまま握っていていいかい?」

 

 また優しい笑顔でこちらを振り向く。しかしさっきとは違って少し悲しさを含んでいるようだ。


「は、はい。よろしくお願いします」

 

 握られた手を強く握り返す。

 

 少しでもそこに宿る悲しさを温められるように。


 


 この状況、秋城なら自分は彼氏だと名乗りながらスマートに連れ出すのだろうなと思う。男に絡まれて困っている夏野を見つけてまずはそう思った。まさか自分がこんなフィクションのような状況に出くわすと思っていないので、対応に悩むが、考えてもいいアイディアは浮かんできそうになかったので、取り敢えず夏野の元に向かう。


「すみません、こいつ俺の連れなんで連れて行きますね」

「おい、待てよ。この子彼氏いないって言ってたぞ。連れだろうが、人の恋愛に口出さないでもらおうか」

 

 はたから見ても分かるあんな威圧的な態度をしておいて何が恋愛なのだろう。


「すみません、友達が待ってるんで」

 

 俺は夏野の手を掴んで、硬直している夏野を引っ張る。こんなバカは相手にしないに限る。


「おい、待てよ。だから邪魔すんなって」

 

 男が俺が引いてない方の夏野の手を掴んだ瞬間、俺の頭の中で何かが切れた。


「おい、お前が触るなよ。確かに俺はこいつの彼氏でもなんでもないし、人の恋愛あまり口を出したくはない。だが、お前みたいな奴がこいつと恋愛しようなんて百年早いんだよ。お前とこいつは釣り合わない。俺の大切な同級生に手を出すな」

 

 何か言い返すか、手でも出してくるかと思ったが、男はすくんだまま何も言わず、追いかけても来なかった。まさか俺みたいな冴えない奴が抵抗してくるとは思っていなかったのだろう。こんな強い声を出したのなんて何年振りか分からないし、自分でもびっくりだ。


「ま、まこちゃん、ありがとう。あとごめんね、あたし怖くて自分じゃ何もできなかった」

「別にいいよ。あと謝るな。夏野は何も悪い事してないだろ。じゃあ、上に行くか」

 

 もうすぐ花火の打ち上げが始まるはずだ。大量にいた人も、もう下の方にはまばらになっている。ここでも十分花火は見えるだろうが、せっかく見るなら最高の場所でということなのだろう。


「うん! っ……」

 

 夏野が少し足を止める


「どうかしたか?」

「なんでもないよ。下駄履き慣れてないから、ちょっと擦れちゃってるだけ」

 

 夏野の足を見ると両足の下駄の坪の部分に血がにじんでいる。見るからに痛そうなのだから、できる限り歩かせない方がいいだろう。


「はしゃいで色々歩きすぎたな。上まで行くのは諦めるか。人も少なくなって、そこのベンチも空いてる。そこで花火を見よう」

「だめ、まこちゃんだけでも上に行って、みんなと見てきて」

「お前を迎えに来たのに置いていけるわけないだろ。ほら、観念しろ」


 俺は自販機で水だけ買って、夏野をベンチまで引っ張り座らせる。


「上は圏外らしいけど、取り敢えず星宮に連絡しとくか。ん? つながってるじゃねえか」

 

 たまたま星宮のいる位置が良かったのか返信が来た。秋城が春雨を連れて行き、他の奴らは全員上に揃ったらしい。


「全く、男に絡まれたり、足を痛めたりとお前はラブコメの世界に生きてんのか」

「ラブコメって……。まこちゃんそういうの見るの?」

「美玖が好きでよく、漫画やらアニメやらを俺に見せてくるんだよ。美玖に感謝するんだな。こんな時のために俺に出かける前、絆創膏を渡してきた」

 

 財布から絆創膏を取り出す。この状況を想定するとは優秀過ぎる妹だ。


「ほら、下駄脱げ、傷口洗うから」

 

 夏野は指示に従い、下駄を脱ぐ。俺はさっき買った水で傷口をすすぎ、ハンカチで拭いた後、人差し指と親指にそれぞれ絆創膏を貼る。もう片方の足も同様に処置して取り敢えず終わりだ。


「あ、ありがとうございます」

「なんで敬語なんだよ」

 

 そう俺が言った瞬間、一発目の花火が打ちあがり、空に花びらを広げた。ところどころから歓声があがる。それを皮切りに、次々と花火は打ち上げられ、天空のキャンパスに所狭しとその存在を主張する。


「わー、綺麗だね」

「そうだな」

 

 生で花火を見るのは久しぶりだ。轟く音も、輝く花も時間が経てばなくなってしまう。だからこそ美しく心に響くのだろう。


「あ、写真!」

 

 夏野がスマホを取り出す。


「花火をスマホで撮ってもあんまりいい写真は撮れないだろ」

「違うよ! あたしが欲しいのは花火じゃないんだ」

 

 夏野は俺に体を預け、二人だけの写真を撮る。夏野は満面の笑みだ。


「うん! 最高の写真!」

「人を撮るなら予告くらいしろよ」

「えへー、予告したらまこちゃん身構えちゃうと思って」

「その写真後で送っといてくれ。美玖に祭りの写真を見せないといけないが、結局全然撮ってなかった」

「うん、分かった!」

 

 少しの間、お互い花火に集中し、何かに気付いたかのように夏野がくっつかないまでも、再び体を寄せてくる。


「なんだよ、そっちにもっとスペースあるだろ」

「ねえ、まこちゃん、今日来てよかった? 無理やり連れてきちゃったけど」

 

 夏野が花火を見ながら聞いてくる。


「生徒会室でも言った通り、所詮花火を見るだけだ。……けど、その花火を見るだけのことがこんなに楽しいってことは知らなかったな」

 

 俺も花火を見ながら答える。


「そっか。まこちゃん、…………よ」


「ん? なんて言った? すまん、花火の音で聞こえなかった」

「ううん! 何でもない!」

 

 夏野はまるで最初から聞かせるつもりがなかったかのように答える。

 

 ただそこに響き渡り伝わったのは、人の思いのように儚い花火の音だけだった。

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