第6話 打ちあがるは真実と嘘の花~夏祭り~②
「真実ちゃん、あーん」
夏野、月見、星宮はそれぞれタコ焼きを買い、人の流れに巻き込まれない位置で、食べ始める。
「な、夏野さん? 私はいいわ」
「だーめ、あたし色々食べたいから手伝って。ほら、あーん」
霜雪は観念したように、夏野が差し出したタコ焼きを頬張る。
「美味しい……。あ、ありがとう」
「いえいえー、ほらまこちゃんもあーん!」
夏野が霜雪から急に俺に振り返って来たので、目の前のタコ焼きに咄嗟に口を開けてしまう。
「あつ!」
俺は口に放り込まれた燃えるようなタコ焼きを何とか食べる。
「し、霜雪は普通に食べてたのになんでだ……」
「真実ちゃんのタコ焼きはちゃんとあたしがフーフーしたもん。まこちゃんは多少熱くても大丈夫かなーって」
「なんでそんな霜雪と違って扱いが雑なんだよ」
「まこちゃんもあたしにフーフーして欲しかった?」
夏野がまるで秋城のようにニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。
「あら、誠君そうなの?」
星宮もこちらをいじる気満々だ。
「うるせえ! からかうな。ちょっとかき氷買ってくる」
このままだと分が悪いので取り敢えず逃げる。夜とはいえ、夏なのでもちろんそれなりに暑く、ちょうど口も夏野のタコ焼きのせいで熱せられたので、体がかき氷の冷たさを欲している。
夏野たちから少し離れたところにかき氷屋があり、ブルーハワイ味を注文した。子供のころからブルーハワイが好きだったが、この年になっても、いったいこれが何の味かは分からない。そもそも、かき氷のシロップは味は全て同じで、違うのは香りだけだと聞いたことがあるが、素直にそれを信じることができない。ただ、かき氷のシロップの真実については考えるだけ無駄だ。
注文したかき氷を受け取り、振り返ると「わっ」という声が聞こえた。
「ま、誠⁉」
声の主は戦国だった。俺と同じくブルーハワイのかき氷を持っている。少し目が合ってお互いに立ち尽くすが、店の前にいては邪魔なので、何となく店の外れに避ける。
「ま、誠も来てたんだね。彼女さんとかと一緒?」
戦国はやけに下を向いて話しかけてくる。
「彼女なんていねえよ。生徒会の奴らに無理やり連れてこられただけだ」
「え? 霜雪さんとは付き合ってないの?」
「なんで霜雪? ああ、フォークダンスか。あれは成り行きで霜雪と踊ることになっただけで、別に付き合ってるとか好きとかいうわけじゃない。戦国は誰と来たんだ?」
「私は陸上部の同級生たちと。それぞれ食べたいものが違ったから、今は別行動してるの」
「なるほどな」
「ねえ、私の浴衣……ってどう? 似合ってないかな」
三上と下野の件で私服の夏野と会った時もそうだったが、女子は殊更に自分の来ている服が他人からどう思われているか気になるらしい。自分が着たいものを着ているならそれでいいじゃないかとは思うが、そこらへんの気持ちはファッションにあまり興味がない俺には理解しにくいものなのだろう。
戦国は白の基調に赤い花柄の浴衣を着ている。背が高くスタイルがいい戦国はどんな服を着てもそれなりに映えると思うが、浴衣だと更に華やかさが増しているように思う。
「いや、似合ってるぞ。花柄も可愛いし、戦国にはなんか赤が合ってる」
「そ、そう……。やった。誠も浴衣似合ってるね」
「父親のなんだけどな。ありがとう」
俺も戦国も話しながらかき氷をお決まりのスプーンの形に切り開かれたストローで食べる。
「あ、誠の舌、青くなってるよー!」
さっきまで下を向いていたくせに、今度はぐいぐいと近づいて嬉しそうにこちらを見てくる。
「お前も大概青いよ。おんなじもん食ってるだろ」
「あっ!」
今更気付いたのかというような声を上げて戦国はまた下を向く。
「んんんーんん、んんんん」
「なんだ? 口開いて話せよ」
「恥ずかしいからあんまり見ないでよー!」
戦国は叫びながらそっぽを向いた。夏野と同じでテンションの上げ下げが激しい奴だ。
「六花―、あーここにいたか。行くよー」
丁度俺も戦国もかき氷を食べ終わったころに、戦国の連れらしき奴がやって来た。
「あ、私行かないと。誠、また今度ね」
「ああ、またな。舌青いの忘れんなよ」
「もう忘れないもんねー」
戦国は舌をベーっと出して笑いながら友達も方へ行った。あんなに俺の舌も青くなってんのか。あいつら、特に夏野に会ったらからかわれるかもしれないなと思い、飲み物で少しマシにしようと自販機に向かおうとした瞬間、
「彼女は戦国六花君だね。知り合いなのかい?」
すぐ後ろに秋城がいた。こんな状況何回目だ。
「俺の後ろに立つのは止めろ。心臓に悪い。戦国は体育祭のフォークダンスで入場が一緒だったんだよ。それでちょっと知り合いになっただけだ」
「ちょっと知り合いねえ。彼女は短距離走で全国を狙えるほどの選手なんだ。我が学校の体育会系期待の星だよ」
「いつからお前の学校になったんだよ。それで何か用か?」
「いや、誠が少し戻ってくるのが遅かったから、迷子になってやしないかと心配になっただけさ」
「この年で迷子になんてならねえよ。なったとしても迎えにくるのがお前なのはごめんだな」
「全く、傷つくな。けどこれだけ人がいたら、迷子になってしまったり、人とはぐれてしまったりする可能性は十分あるよ」
「まあ、それはそうだが」
俺と秋城がさっきまで生徒会でいたところに戻ると、そこには霜雪と春雨、星宮しかいなかった。
「春雨、お前それ全部食うのか?」
春雨はお祭りと言ったらという定番の食べ物を大量に袋に入れて持っている。
「は、はい。全部美味しそうで我慢できませんでした」
春雨は見かけによらず食いしん坊らしい。ずっと生徒会の奴らと一緒にいたような気がしていたが、所詮二か月にも満たない期間だ。まだまだ知らないことがたくさんある。
「咲良は美味しいものを食べるのが大好きだからね。それより奏と大地はどこに行ったんだい?」
「奏ちゃんと大地は二人揃って神社の入り口の方へ走っていったわよ。何か食べたくなったんじゃない?」
星宮が答える。
「私は上までお参りに行ってくるわ。なんだかんだで毎年来てるから今年も取り敢えず行くことにする」
星宮が近くの階段を上っていく。
「僕はここで咲良とご飯を食べているよ。誠と真実も何か食べてくるといい。花火の時間が近づくにつれて人の数が今とは比べ物にならないほど増えるから、ゆっくりしていられるのも今のうちだよ。取り敢えず何かあったらここに集合、花火の時間の少し前になったらここに集合でいいだろう」
「そう、じゃあ何か食べてくるとするわ」
「誠、真実とはぐれないように付いていってくれ。上の方は今は空いているが、下の方はもう段々人が多くなっているからね。女の子一人では大変だ」
「別についてきてくれなくてもいいわよ」
「いや、どうせ俺も何か食べるもの買うし、一緒に行くよ。一人でうろついていると、こいつに迷子の心配されるしな」
俺と霜雪は手を振って送り出してくる秋城を背に、食べ物屋が多く並ぶ下の方へ向かった。
「お、あれって誠と霜雪さんじゃないか?」
人混みの中に知った顔を見つけた三上は隣で焼きそばを頬張っている下野に話しかける。
「意外ね、冬風ってあんまりこういう所に来ないイメージがあった。しかも女子と二人じゃない。冬風って霜雪さんと付き合ってるの? あの二人ってフォークダンスも踊ってたわよね」
「いや、体育祭の後そのこと聞いたけど付き合ってないって言ってたぞ。フォークダンスは色々事情があったらしい。誠は嘘なんてつかないだろうから、デキてるってことはないな。ちょっと話しかけてくる!」
「待って、付き合ってないって本人が言ったとしても、あんまり邪魔しちゃだめよ。なんかあの二人からは恋の匂いがする」
「恋の匂いってなんだよ」
「まあ、人の色恋沙汰には手を出さない方が得策」
「誠が手を出してくれたおかげで俺たちはもっと仲良くなったんだけどな」
隣で下野は俯く。下野が重度の照れ屋であることはまだ俺しか知らないだろう。
「曜子、顔上げろよ」
「うっさい! これ食べたら射的で勝負よ!」
下野は焼きそばを口にかきこむ。
「さっき俺が勝ったじゃないか」
「一回くらいで調子に乗ってんじゃないわよ!」
勝負に負けるとすぐに拗ねて、もう一回挑んでくるのも愛おしい。お前がいなかったら曜子のこんな姿見られなかったな。
三上は少し先を歩いている、比較的新しい友達に心の中で改めて感謝した。
「ん? どうしたんだ?」
霜雪が隣り合った焼きそば屋とお好み焼き屋の間で止まり、何かを悩み始める。
「……どちらも美味しそう」
どうやら何を食べるか悩んでいるようだ。
「気になるなら両方買って食べればいいだろ?」
そう横から口を挟むと霜雪はにらんでくる。
「冬風君、私にこの二つを同時に食べられると思う?」
「いや、春雨は規格外としても、夏野や星宮なら何となく食べそうじゃないか?」
「……確かに」
霜雪はそう言ったものの、どちらを食べるかまた悩み始める。
「じゃあ、俺が両方買うから、半分ずつ食べるの手伝ってくれ。それなら両方程よく食べられるだろう」
「そんなの悪いわ。それにあなたに貸しを作ってしまうし」
「じゃあ俺と食べてる写真を撮るの協力してくれ。美玖に祭りを楽しんだ証拠を提出しないとこれまた口をきいてくれないんだ。これで貸し借りはなし。悪くはない条件だろ?」
「……そう。ならお言葉に甘えさせてもらうわ」
俺は霜雪と手分けをして焼きそば、お好み焼き両方を買って、これまた店の外れに避けた。
霜雪は目の前の食べ物に目を輝かせ、俺にそれが見られていると分かると、すぐにまたいつものように真顔に戻った。霜雪は嘘はつかないものの、素直ではない奴だ。パックに焼きそば、お好み焼きをそれぞれ半分ずつ入れ直し、食べ始める。普段食べているスーパーのものと何ら変わりはないだろうが、夏祭りという雰囲気のおかげか、いつもよりは特別な味に感じる。
「冬風君、ありがとう。すごく美味しい。写真を撮るって言ったわよね。夏野さんみたいにあーんでもすればいいかしら」
「そんなサービスしなくていい。ただ一緒に写ってくれればいいだけだ」
霜雪は素直ではないが、義理堅い。
半分ほどお互い食べ終わったくらいで俺はスマホを取り出し、カメラを起動する。自撮りなどはやったことはないが、この状況ではそうするしかない。俺が画角に困っていると、霜雪が俺に体を寄せて、画角に入り込み、シャッターを押そうとするがなかなか押せない俺からスマホを奪い、シャッターを切る。
「すまん。撮り慣れてなくて」
「私もそうよ。けどあなたが下手過ぎなだけ」
撮った写真を確認すると、写真の中の霜雪は少し微笑んでいた。
こんな顔もできるのにその口は減ることがないな、と言おうとしたが、それを言うと百倍になって罵詈雑言が飛んできそうだったので自重した。
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