第1話 彼、彼女らの嘘はいつ始まったのか~生徒会発足~④

「ただいまー」

 

 結局、今日はそれぞれの前任者が残してくれていた引継ぎの説明の紙をそれぞれが読んでいただけで、仕事らしい仕事はなかった。明日からは本格的に活動を始めるらしい。


 もちろん秋城が俺に任命した目安箱委員長の前任者などはいなくて、俺は今日は全くやることがなく、ただ生徒会室の掃除だけをして家に帰ってきた。


「おかえり! まこ兄、なんか今日帰るの遅くない?」

 

 中学二年生の妹の美玖みくがバスローブを着た状態で奥から出てくる。転勤の多い仕事をしている両親は俺が高校、美玖が中学に進学するタイミングで、この家を俺と美玖に完全に任せて、それぞれ転勤で別の地方に引っ越した。両親のどちらかについていくこともできたが、子ども達をそう頻繁に引っ越しさせるのは良くないと思ったのだろう。両親は妹との二人暮らしを勧めた。俺がこのまま四季高校系列の近くの大学にいき、美玖も四季高校に進学すれば、しばらくはこの家に落ち着けるのでありがたいと言えばありがたい。


「美玖、そんな恰好のままでいたら風邪ひくぞ。あと、俺高校の生徒会に入ることになったから、明日からも帰るの遅くなると思う。今日は連絡しなくてごめんな」


「なるほど、生徒会か。へ? なんで⁉ 孤高の一匹チワワな、まこ兄が何故生徒会に?」


「色々あったんだよ。今からご飯作るからちょっと待ってて」


「いや、まこ兄が遅かったからもうご飯作っちゃたよ。早く一緒に食べよ」


 いい匂いがしていたのでもしやと思っていたが、やはりもうご飯の支度をしていたらしい。自慢してやるやつなんていないが、美玖は自慢の妹だ。俺が学校で上手くやれていないと知っていても、ずっと変わらない態度でいてくれる、俺が安心して接することができる唯一の人間だ。


「ありがとう、助かる」


 美玖は「はーい」と言うと自分の部屋に着替えを取りに行った。俺も夕食の準備をするとしよう。


「ねえねえ、それでまこ兄は生徒会でどんなお仕事するの?」

 

 できるだけそれだけは聞いて欲しくなかった。俺もよく分かっていないのに、なんて説明すればいいのだろう。


「め、目安箱委員長」


「ぷっ! な、何それ?」


 美玖が夕食のカレーを吹き出さないようにしながら聞いてくる。この単語を聞いて理解できる人なんていないだろう。


「なんか目安箱に寄せられた意見に対応したり、生徒会に相談に来た人たちに協力したりするらしい。全然こなせる自信ないけど」


「へえ、そんな仕事があるんだー じゃあその仕事の練習として美玖の相談聞いてくれる?」


「いいけど、何か中学校であった?」


「ううん、まこ兄と違って美玖は学校で上手くやってるよ。聞きたいのはあんまり上手くやってなかったまこ兄がなんで生徒会なんてやろうとしたかってこと。色々あったって言ってたけど、本当にやりたくなかったらまこ兄ははっきり断るでしょ? なんでやろうと思ったの?」

 

 美玖がこちらに顔を近づけて聞いてくる。


「正直に言うとな」


「まこ兄はいつも正直でしょ」


「自分でもあんまり分かっていないんだ。会長に本音で人と向き合えって言われて、俺は今まで人との関わりとかから逃げていただけなんだって感じた。嘘が嫌いってだけで、その人、その人の真実っていうもの? を見ようとしてなかったんだと思う。でも、この仕事をすれば少しはその真実が分かるかもって思った。人との関わりが嘘か誠かを改めて知りたいと思ったんだ」


「ふーん、まこ兄らしいね。あの時の引っ越しの後から、まこ兄が嘘をつかなくなって、何でも正直に言うようなったじゃん? それで学校でもいじめはなくても孤立するようになって、それでもまこ兄は嘘をつかなくて。もう色々あきらめちゃったのかなって思ってた。けどそうじゃなかったんだね」


 美玖がゆっくりと息を吸い込む。


「正直なまこ兄好きだよ! きっと誰かの助けになれる、頑張って!」

 

 いつの間にか妹は想像以上に大きくなっていたらしい。兄としてグズグズなんてしていられないな。


「ああ、ありがとう。頑張る」


「じゃあ、良いこと言った可愛い妹にカレーのおかわりついできて! 大盛りね!」

 

 訂正。やっぱり妹は妹のままだ。自分の残りのカレーをかきこんで二人分の皿を持って俺は台所へ向かった。

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