カメラマンの独占欲

ふうか

カメラマンの独占欲

 退屈な授業が一通り終わり、ようやく迎えたお昼休み。

 机を集めて島を作り、雑談をしながら弁当を口に運ぶ。

友達の物真似があまりに面白くて、柄にもなく声を出して笑ってしまった時、どこからかカシャッとシャッター音が聞こえた気がした。

 音の行方を探すけれど、スマホを弄っているクラスメイトは沢山いた。こちらにレンズを向けている人どころか視線を向けている人すら見つからなかった。

 自分にカメラが向けられたような気がしたのだけれど、勘違いだっただろうか。

 気を取り直して、私は物真似を続けている友達に視線を戻した。


 彼女が歯磨きをしに教室を出たところで、スマホを取り出し、例の写真を見返す。

「いーけないんだ。盗撮なんて」

 ドキッとして急いでスマホを袖で隠す。振り向くと、彼女の親友である皆口が、ニヤニヤしながら近づいてきていた。

「ただの練習だ。他意はない」

 同じ写真部の部員である皆口は、俺が日常的に撮影という行為をしている事をよく知っていた。そして、俺が彼女と付き合っている事も。

「他意はない? ほー。よく言うわ。そんな嘘吐きでむっつりスケベで盗撮魔のあんたには、和葉のオフショットはあげませーん」

「何だとっ!」

 嘘を吐いたのは事実だが、色々オプションが付きすぎである。心外だ。

「あー。やっぱり可愛いなー。この間のお泊り会のショット。もこもこのうさぎのパーカー着ててさー。しかもちょっとおねむでぽやんとしてるの」

 スマホを眺めながら語りかけてくる。表情には腹が立つほど優越感が漂っている。

「……寄越せ」

「その写真とトレード。駄目なら見せない」

 眉間に皺を寄せ、考える。

 正直自分だけのお宝にしたかったが、やはりお泊り会ショットは欲しい。

 背に腹は代えられないと思い、俺は皆口のスマホに画像を送信した。

「へぇ。可愛く撮れてるじゃん」

「写真部の腕だからな」

「自分で言う? 被写体が綺麗だからよ。あんなに笑う事ないからレアだったね」

「そう……だな」

 俺の彼女……篠本和葉は、普段笑わないクールビューティーな女子だ。大口を開けて手を叩きながら笑う下品な奴らとは違う。笑ったとしても、微笑という程度の穏やかな笑みしか見せない。それはそれでとても美しいのだけれど、時々ふと晴れやかに破顔するのだ。

「で、その決定的瞬間を収めようとスマホを構えている訳ね~。キモっ」

「キモい言うな! 今日のは本当にたまたまだ」

 いつもの癖で何の気なしにカメラを回していたら、彼女が目に入って、気付いたら撮っていた。

 画面の中には、屈託のない笑顔で笑う美少女がいた。

「ねえ。その写真、文化祭の展覧会で出せば?」

さも名案と言わんばかりに明るい声で提案してきた。

「な、何でだよ?」

「美少女の写真は需要あるでしょ。あんたも彼女を自慢できていいじゃない」

「和葉の写真なんて嫌に決まってんだろうが!」

「……そう、なんだ」

 小さく呟かれた声を俺は聞き逃さなかった。何せ自分の大好きな人の声だからだ。

振り向くと、眉尻を下げ、悲しそうに俯く和葉の姿があった。

「か、和葉……」

 戻ってきていた事に驚きつつ、慌ててフォローを入れようとするも、上手く言葉が出てこない。あの…えっと…と口ごもるばかりだ。

「どうせ私なんか……」

 そう吐き捨てると、和葉が背を向けて走り出した。呼び止める間もなく、和葉は教室を出て行った。

「こら」

 後ろからゲンコツを食らう。やったのは皆口だ。ジト目でこちらを見ている。

「ぼさっとしてないで、さっさと追いかける! 自分で蒔いた種は自分で刈り取れ!」

「は、はいっ!」

 ビシッと廊下に指を指され、従順に急いで向かう。

 廊下を出てすぐの階段の踊り場で和葉は立ち尽くしていた。

 頬を触りながら、目の前にある鏡をじっと見ている。

「和葉!」

 呼びかけると、びくっと肩を震わせながらこちらを見た。

「風馬……」

 俺の名を呼びながら、気まずそうな表情を浮かべる。

「あのさ……さっきの事なんだけど……」

「私……ブスだもんね……」

「え?」

 和葉は再び鏡に目を向け、そこに映る自分の顔を疎ましそうに見つめる。

「なんか小学生の頃の事思い出した。よく男子にブスブスって揶揄われてたからさ」

「それは……」

 皆口に聞いたから知っているが、それは俗に言う「好きな子をいじめたくなる」という幼稚なパターンだ。尤も本人が傷ついているのだから、微笑ましく見守っている場合ではないのだが。

 和葉は幼少期から可愛くて、男子からもモテていたらしい。しかし、不器用な彼らの心ない揶揄いに遭い続けた結果、すっかり心を閉ざし、笑う事も少なくなったそうだ。

「風馬も私みたいなブスは嫌だよね……。大好きなカメラに収めたくないよね……」

「違う!」

 どんどんネガティブ思考になっていく和葉を止めたくて、俺は無我夢中で叫んだ。

「和葉は可愛いよ。だからこそ……他の男には見せたくないんだよ!」

「……え?」

 時が止まったように固まって動かなくなる和葉。

「展覧会なんかに出したら……和葉が可愛いって事が学校中に知られちまうだろ……。それが嫌なんだよ……」

「え……かわ……え……?」

 見る見るうちに顔が赤くなっていく。うん。やっぱり可愛い。

 これまた普段冷静な彼女が見せない貴重な表情で、できれば写真にして保存したかった。

「だから、その……可愛くないから見せたくないんじゃなくて……可愛いからこそ俺だけが見てたいっていうか……いや、キモいな。ごめん」

 彼女の可愛いところを他の男に知られたくない。世に出したくない。全ての可愛いを独り占めしたい。我ながら独占欲が強いと思う。

「ううん……。そういう事なら別に……」

 もじもじと人差し指で頬を掻きながら、恥ずかしそうに俯く。ああ、もういちいち可愛い!

「ふ、風馬!?」

 俺は衝動的に和葉を抱きしめた。その顔が俺の胸元に埋まり、周囲から見えなくなるように。

「可愛い顔、簡単に他の奴らに見せてほしくない。俺だけが可愛いって知ってたい。笑った顔も照れた顔も、俺のモノにしたい。我が儘だとは思うけどさ……」

 耳元で囁くと、和葉はこくりと頷き、胸元に顔を埋めた。

 髪の毛から覗く耳は茹で蛸のように真っ赤になっていた。

 その様子をスマホで撮る輩が群がっているとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カメラマンの独占欲 ふうか @kokoro2021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ