第37話 朝帰り

「ただいま~」

 しょうちゃんが部屋のドアをノックして覗いた。

「あ、おかえり!ごめん、気付かなかった」

「いいよ、勉強中?」

「ううん、大丈夫。今、ごはん温めるね」

 読んでいた本を閉じて、近づいて行った。

「いいって、自分で出来るから。おかえりのキスは欲しいけど」

 チュッとリップ音を立て離れようとしたら、腰を掴まれ引き寄せられた。

「……んっ、お腹...空いてるでしょ……」

「…ゆきを食べる」

 深いキスをしながらの会話の途中で、ギュルル♪と鳴る、お腹の音。

 顔を見合わせクスクス笑う。

「しょうちゃん、漫画みたいだね。すぐご飯の準備するね」

「本当にいいよ、自分で・・」

「私がやりたいの」



 しょうちゃんが食べている向かいの席でお茶を飲む。こんな時間も好き。

「あぁ、そうだ。ゆきに葉書届いてたよ」

「ありがと」

 なんだろう?めくって広げるタイプの葉書なので内容は分からなくて不思議に思う。差出人は、有名な書店だ。

「あっ」

「どうした?」

「しょうちゃん、凄いよ!当選しちゃった」

「なにが?」

「書店宿泊イベント!」

「なにそれ?」


 最近、ちょくちょく図書館や本屋さんへ通っている。専門的な本を探して大きな本屋さんへ行った時に見かけたポスター。

『J堂に住んでみる』ツアー募集!

 本屋に一泊し、自由に本を読める!?

 こんな夢のようなことが?

 抽選で限定5組10名。

 思わず申し込んだけど、後でネットで調べたら、毎回かなりの倍率らしく諦めていた。そして、今の今まで忘れていたのだ。


「しょうちゃんも、こういうの好きそうかなと思ったんだけど」

「うん、めちゃ好き。私も行っていいの?」

「都合、つきそう?」

「うん、なんとかする」

「やった」



「圧巻だね」

 しょうちゃんが呟いた。

 一緒に書棚を見上げた。


 閉店後の書店、薄暗い照明に浮かび上がる数々の本や雑誌。

 書棚の間にマットを敷いて、寝転んでいる。

「夢が叶った感じ?」

「うん。生きてる間にやってみたい事の一つだね」

「本に囲まれて寝る‼︎」

「本好きなら一度は考える」


 時刻は、午前2時。

「そろそろ寝る?」

「うん、勿体ない気もするけど。これ読みながら、眠くなったら寝るよ」

 と、見せてくれた本は洋書だった。



 昨夜21時から始まった、この書店宿泊イベントは、参加者が5組10名と少なくて、広い書店内に散らばってしまえば、二人きりも同然だ。

 もちろん、最初は同じ本好き同士、お話もして情報交換をしたり、雑談したり。

 協賛の企業からの差し入れもあってワイワイやっていた。

 中には、他の県から新幹線でやってきた人もいた。さすがだ!


 その後は、書店内をウロウロして、様々なジャンルの本を少し読み、これは! と思うものを取ってきて読み耽り。時々、しょうちゃんと感想を言い合いながら。

 気付けば日付けが変わっていたのだった。




「どんな本なの?」

 しょうちゃんが見せてくれた洋書は、当たり前だけど英語ばかりで、あらすじも読めない。表紙も抽象的なのでジャンルすら不明だ。

「Hなやつ」

「嘘っ」

「ほんとだよ」

 こう言う時のしょうちゃんは、表情が読みにくいんだよな。

 本当のことを言ってる気もするし、からかってる気もするし。

「洋書の官能小説?」

「読みたい?訳そうか?」

「結構です」

 クスクス笑ってるから、嘘でも本当でもどっちでもいいや。



  数時間の睡眠の後、外が明るくなってきて、起き出す人もちらほら。

 本を書棚に返しに行き、おはようございます。との挨拶を交わしたり。


 7時にはイベントも終了し、それぞれ本を購入したりする。

 私は、看護の専門書を2冊。もう1冊迷っていたら

「買えばいいじゃん」と、しょうちゃんが買ってくれた。


 帰り道。

「そういえば、しょうちゃん、願書出しました」と報告をすれば

「そっか。試験は、3ヶ月後だっけ?」と聞かれ

「合格したら、挨拶に行かなきゃな」と呟いた。

「挨拶?」

「ゆきのご両親に! お嬢さんをくださいって。まだ言ってなかったから」

「えぇっ」

「法的には無理でも、ちゃんとケジメつけてから送り出したいから」

 いいよね?と、当然のことのように聞く。

 もちろんいいけど。

「めちゃくちゃさりげないプロポーズだね」

「プロ......えっ、ごめん。それはまた、ちゃんとするから」

 一人でアタフタし始めた。

「ん、期待してるね」



 そんなに多くはないけれど

 駅へ向かう人の流れに逆らって歩く。

「二人で朝帰りだね」って言ったら

「そうだね」と笑ってた。

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