須磨保は美少女に軽く弄られる

まっく

須磨保であるがゆえに

 ようやく一時限目の英語の授業が終わった。


 数ある授業の中でも、このペイポーの英語は、ダントツに睡魔を誘う。

 黒板に英文を書き、それをペイポー自らが読む。まるでお経を唱えるがごときトーンで。

 これの繰り返しが、授業開始から終了まで続けられるのだから、教室で睡魔がひしめき合うのも致し方ないだろう。


 僕はたまらず、チャイムとともに机に突っ伏す。

 それには、連日の夜更かしと早起きの影響も少しはあることを、正直に告白しておかなければならない。アンフェアな物言いは本意ではないからだ。


 ちなみにペイポーとは、英語担当教師のアダ名。お察しの方も多いとは思うが、peopleの発音がペイポーにしか聞こえないからである。

 他にもXをエッキスと言う、博士号を持っている数学教師Dr.エッキスや、とにかく何でも気合いでの解決を促してくる体育教師アニマルなど、個性豊かな先生方が在籍しているが、今回の物語には一切登場しない。


 というわけで、話を戻す。


 机に突っ伏した僕は、夢の世界の入り口まで、あと少しという所まで辿り着いていた。

 夢の世界へどっぷりと浸るつもりはないが、短いとはいえ、せっかくの休み時間、入り口付近をうろちょろしつつ、学生の本分を全うすべく、少しでも気力を充実させておきたいところ。


 しかし、果たしてそうはならないであろう事も、僕、須磨すまたもつは理解していた。


 細くてしなやかな指が、僕のこめかみに触れた。そして、その指にぐっと力が込められる。


「おかしいな。充電切れたのかな」


 充電切れ。

 比喩ならば、これ以上ない適切な言葉である。


 その声の主は、本郷ほんごう玲奈れな。学校一の美少女と名高いクラスメートだ。

 何故、僕のようなイケメンでも幼馴染みでもない、学生の本分をつつがなく全うするのだけが目標の冴えない男子にちょっかいをかけるのか。


 これはひとえに、僕の名前が須磨保だからなのであった。

 須磨保がスマホと読めるから、僕の事を本当のスマートフォンのように扱うという謎のノリを玲奈が気に入ってしまった。それがゆえなのである。

 親を恨むべきなのか、感謝すべきなのか。


 玲奈は再び、僕のこめかみに指を当て、さっきよりも数段強めに指を押し込む。


「こめかみを長押しするのやめてくんない。ちょっと痛いし」


 僕はうんざりした声で訴える。


「あ、起動した」


 玲奈は、手をパチパチとさせながら言う。


「こめかみは、電源ボタンじゃないよ」


「あれ? 耳の裏あたりが電源ボタンだっけ」


 軽く首を傾げる玲奈のその姿は、控え目に言っても天使。かわいいにも程がある。ホドガーール!!


 しかし、僕はそんな事はおくびにも出さない。


「僕はスマホではなく、人間なので電源ボタンはないんだよ」


「オッケー須磨保スマホっち。今日の天気は?」


 聞いちゃいない。


「晴れ時々くもり。日中は比較的暖かく、最高気温は十六度。雨の心配はなく、傘は必要ない」


 これはよくされる質問だった。こんなの登校前にチェックしないと意味ないんじゃないかと、いつも思ってしまうのだが、


「ん。ありがと、須磨保スマホっち」


と、玲奈が満足そうな笑顔を見せているので、何も言うまい。


 一応、いつ聞かれてもいいように、最新のトレンドやニュース、星占いや血液型占いも網羅している。次の休み時間に聞かれるかもしれない。


 玲奈がこのノリに飽きるまでは、夜更かしと早起きが続くだろう。それを悪くないと思っている自分に若干だが引く。


「じゃ、電源切るねー」


 と言って、玲奈が正面から僕の耳の裏を長押ししようと、体を急接近させる。


 とにかく、声を出さないようにと、心をマナーモードに切り替えたが、マナーモードゆえにか、触れられた瞬間軽く震えた。

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