第14話 【番外編】 ずるい男

僕は、自分のことをとてもずるい男だと思う。


 僕は小さい頃から自分の容姿がコンプレックスだった。

父と母、王太子である兄や末っ子の弟も美しいプラチナブロンドの髪と透明感のある青みがかった宝石のような瞳をして“美しい王の一族”だとよく言われている。


 だが第二王子として生まれた僕だけ毛色が違ってしまった。

灰色がかった銀髪も紺色に近い濃いアクアブルーの瞳も家族にひとつも似ていなかった。かといって別に母が浮気をしたなどと言うことはなくどうやら僕は祖母に似てしまったらしく隔世遺伝だと言われた。

 確かに祖母は遠い諸国から嫁いできていて濃い銀髪に紺色の瞳の系統だった。しかしいくら隔世遺伝にしても僕だけ色濃く出すぎではないかとため息がでたものだ。なによりも自分の肌の弱い体質が嫌でしょうがなかった。


 そんな僕が彼女と出会ったのは今よりずっと幼い頃。3歳になったばかりの弟の婚約者だと紹介された。


「はじめまちて、セレーネです」


 子犬を抱き締めながらそう言った彼女はとても可愛らしく笑った。

 その頃の僕は男兄弟で比べられてばかりいたせいか妹がいたらなとよく思っていた。だからこの子が将来の義理の妹になるんだと思ったら、なんだか本当に可愛い妹が出来たみたいで嬉しかったのをよく覚えている。だからたまに一緒に遊んだり、絵本を読んであげたりした。未来の王の補佐役としての勉強があったからそんなにたくさんは出来なかったけれど、楽しかったんだ。

 でもこの子は公爵令嬢であのオスカーの婚約者だ。今はなついてくれていても年頃になればこんな僕が遊び相手なんて嫌がるようになるだろうと、2年後には少しづつ距離を置くようになっていた。


 でも、そんな僕に奇跡が起こる。きっと彼女は忘れているだろうが、僕がこの事を忘れるなんて出来ないくらいの奇跡だ。


 たまたま外の空気が吸いたくなって庭に出た時だ。セレーネが木陰でうたた寝をしているのを見つけた。そのままでは風邪を引くかもと思いそっと近づき自分の上着をかける。いつもオスカーを追いかけ回してるセレーネの犬もチラリと僕を見るだけで特に威嚇はしてこなかった。きっとご主人様の眠りを妨げたくないのだろう。賢い犬だな、と思った。


「……ハルベルトでんかだ……」


 立ち去ろうとした僕の服をセレーネの小さな手が引っ張る。


「あ、ごめんね……起こしてしまった?」


 するとセレーネは首を小さく横に振り、にっこりと微笑んだ。


「ハルベルトでんかの髪はとってもすてきですね……」


「……そうかな?オスカーの方が綺麗だよ」


「うー……オスカーでんかの髪はきれいだけどたまに目がチカチカするから、ハルベルトでんかの方が落ち着くのです……」


 たぶん寝惚けているのだろう「私、ハルベルトでんかみたいなお兄さまに守ってもらうのが夢なんです……」と呟きながら再びうとうととしだした。


「君は、僕が側にいても嫌がらないのかい?」


「嫌じゃ、ないです……ハルベルトでんか、だいすきぃ……」


 そのまますぅすぅと寝息を立てるセレーネ。その時の自分はどんな顔をしていたのだろう?わからないけれど、たぶん人には見せられない顔をしていたと思う。


 僕は急いで自室からブランケットを持ってきて庭の隅からセレーネの犬を呼ぶ。

 小声で「えーと、そうだ、ルドルフ!その上着とこのブランケットを取り替えて!セレーネを起こさないようにそっとね!」と言うとルドルフはこくりと頷き僕からブランケットを受け取り口に咥えると器用に上着と取り替えてくれた。まるで手品みたいだ。やっぱりこの犬はものすごく賢いな。

 僕はルドルフから上着をもらい「セレーネには内緒だよ」と言うと「わん」と返事までされてしまった。確か父上が“星の子”だとか騒いでたけど、まさか本当だったりして?


 でも今の僕はこの犬が“星の子”かどうかなんてどうでもよかった。ただひとつだけハッキリしたのは、この日から僕の中でセレーネが“可愛い妹”から違う存在になってしまったかもしれないということだけだった。



 僕は肌が白く、子供の頃はよく同級生にからかわれていた。夏の太陽の陽射しの下に長時間いれば肌は日焼けどころか真っ赤に腫れてしまい痛みを伴った火傷のようになってしまうし、何日も冷やして痛みに耐えてもまた肌は白く戻ってしまい健康的な小麦色の肌なんて夢か幻である。

 男が日傘の下を歩くなんて情けないと陰口を叩かれ悔しかった。王太子である兄は美しくたくましい美丈夫で弟は兄そっくりながら愛嬌があると評判だったから尚更ふたりと比べられた。

 その頃は父や兄に付いてよく視察に行っていたので、1度日傘を断って夏場の視察に出向いたら顔が火傷したように腫れ上がり、やっと治ったと思ったら肌はそばかすだらけになってしまった。


 年頃の令嬢たちは兄や弟を“美しい輝き王子”“麗しの兄弟”と呼び、僕のことは“くすんだ地味王子”だと揶揄しているのを知っている。


 みんなが僕のことを陰で笑うが、セレーネだけはいつも笑顔で裏表なく接してくれて、僕を兄のように慕ってくれていた。だから僕はセレーネを大切な妹のように想っていると自分に言い聞かせる。彼女は弟の婚約者だから、と。それは、彼女の笑顔が目の前から消えることがなによりも嫌だったからだ。


 そんなある日、僕は庭で壊れたピンブローチを拾った。

セレーネのものだとすぐわかったし、たぶん壊したのは弟だろうとも思った。


 その時にふと欲がでた。

 少し前に出来心で職人作らせた銀細工のピンブローチ。

 令息たちの間で自分の髪や瞳と同じ色をした身につける物を好きな相手に贈るのが流行ってると聞いたんだ。遠回しのプロポーズのようなもので“君を自分色に染めたい”という意味らしい。それを贈った相手が身に付けてくれたら“私はあなた色に染まりたい”と言うことになるそうだ。子供が大人の真似をしてちょっと大人っぽいことをしたい。と流行りだしたそうだけど、けっこう大胆だなと思った。そして、出来心でつい銀細工のピンブローチを作ってしまったんだ。宝石をあえて真珠にしたのは、銀細工に濃いアクアブルーの宝石なんかつけたらあからさま過ぎるから。だから、セレーネが素敵だと言ってくれたこの髪と同じ少し濃い目の銀色にした。

 作ったからといってセレーネに渡すつもりはなかった。さすがに弟の婚約者に堂々とアクセサリーを贈るなんて出来るはずもない。


 ただ、この壊れたピンブローチの代わりなら……?


 深い意味はないと、兄から妹へのプレゼントだと、受け取ってくれるかもしれない。そう考えてしまった。







 忘れ物を届けにきたのだと言えば、セレーネは慌てて芝生から起き上がった。芝生に寝転がるなんて可愛いなと思った。

 そして銀細工のピンブローチを見せると、溢れるような自然な笑みを見せてくれたのだ。


 セレーネはこのピンブローチが僕の色だと気づくだろうか?そしてそれを贈られた意味を知ってるだろうか?

 でも僕はそんな感情など微塵も見せない。さとられてはいけない。僕の中にこんなにずるい感情があるなんて知られたら嫌われるかも知れないから。


 僕がセレーネに触れるのは、幼い妹に接するように頭を撫でる時だけ。頬にも指先にも決して触れない。必要以上に触れれば抱き締めたくなるから。


 僕がセレーネの名前を呼ぶときは「カタストロフ公爵令嬢」と呼ぶ。“セレーネ”と呼んでしまったら押さえきれなくなるから。


 セレーネの前ではいつでも落ち着いていて冷静に、大人の態度で決して感情的にならない。でなければ、いつか僕の本当の気持ちがわかってしまうかもしれないから。



 それから理由をつけてはセレーネの屋敷に赴き、一緒にお茶をするようになった。お茶を飲みながら話すのは勉強のことや、領地の流通の話。たまにはオスカーの話も。もちろん使用人たちも一緒にいるし、僕がセレーネに必要以上に近づくことはない。誰がどうみてもそこにあるのはお茶会友達との関係だけだ。

 セレーネが僕の体質を知ってからはお茶会は屋敷内になったりしたがそれまでの信頼もあって悪い噂がたつこともない。

 だから堂々と君に会いに来れる。


 僕はずるい男だ。なんの警戒もなくいつでもお茶会してくれて、僕を頼りにしてくれる君をほんのひととき独り占めするために僕は僕の感情をすべての人間から隠している。

 今は友達として、将来は義理の兄として、徹底したお茶会友達ならこのひとときを誰にも止められはしないだろうと打算しているのだから。


 だから、僕の婚約が白紙になっても相手の王女にどれだけ罵られてもなにも感じなかった。ただあの王女がオスカーに懸想してしまったことはセレーネに迷惑をかけてしまうだろうと申し訳なく思ったが。


 僕はやっぱりずるい男だ。


 君がオスカーと婚約破棄すると決めたと言ったとき、心配してる顔をしながら心の中で喜んだんだから。

 そしてお願いがあると頼み事をされてどれほど嬉しかったか。

 君を裏切って、君の髪と瞳の色を馬鹿にしたオスカーをどれほど殺してやろうと思ったか。


 君は僕の事を穏やかで優しいと言うけれど、本当の僕はまったく違うと知ったら君は僕に幻滅するだろうか?


 君が僕の贈ったピンブローチをあのあとどうしたか知らないし確かめようとも思わない。身に付けてはいないようだしもしかしたら捨ててしまったかもしれないが、あの時に君が心からの笑顔で受け取ってくれただけで僕は満足なんだ。


 でも、だからこそ、今はまだ君の信じる僕でいよう。



「では例の件ですが……カタストロフ公爵令嬢のご要望は必ず叶えて見せましょう。お任せください」



 そう言っていつもの穏やかな笑みを見せればセレーネは安心したように喜んだ。

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