俺のスマホにJK神様が宿った件について

八川克也

俺のスマホにJK神様が宿った件について

 それは本当に唐突だった。

 夜、自分のアパートでぽちぽちスマホをいじっていたところ、画面全体に女の子が現れた。腰から上あたりが映るその姿は、どこから見てもイマドキのJKだ。

『やっほー♪』

 呆然とする俺を前に、その子はパタパタと手を振る。

『おーい、見えてるー?』

「変なアプリでも立ち上げたかな……」

 俺は画面をスワイプしたりホームボタンを押したりしたが、女の子は消えない。

『んーと、色々やってるってことは見えてるのね』

 画面の女の子はうんうんと納得したように頷く。俺はボタンを長押しして電源を切ることにした。困ったときには再起動と誰かに聞いた。

『わー、待って待って!』

「何だこれ……」俺は手を止める。

『もう、いきなり電源落とそうとするとか!』

「……誰?」

『あたし? 神様』

「は?」

 オレはもう一度電源に手をかける。

『だから待ってってばぁ! 話聞いてよー』

 ちょっと泣きそうな自称神様に、俺は可哀想になって話だけは聞くことにした。

『——八百万の神様って知ってるでしょ?』

「まあ、一応」

 日本にはあらゆるものに神様が宿ると言う、そういう話だ。日本ではあらゆるものに神が宿っている。雷や火、そう言った古来からのものはもちろん、自動車や飛行機、それからトイレの神様も便器の神様だっている。

『で、あたしがスマホ担当』

「はあ……」

『何千万台のスマホの中から、キミのスマホに宿ることが決まりましたー! おめでとー♪』

「お断りします」

『だから電源はやめてっ』

 画面がちょっと引き、全身が映る。どう見てもどこかにいるJKだ。

「だいたい神様がJKってどういうことだよ」

『まだ産まれたばっかだもん。若いんだから! 逆に自然関係はみーんな爺ちゃん婆ちゃんよ。あ、自動車とか飛行機とか、その辺は良い感じのオジサン』

 ふう、と俺はため息をつく。

「で? どんなご用事で」

『まー、取り立てて用事はないんだけど』

「帰ってもらえませんかね」

『電源! 四回目!』

「だって困るし。スマホ使えないと。それとも何かご利益でもある?」

『ご利益とかメリットとか、最近の若者は嘆かわしい……ああ、指をボタンに移動するのは待って! 分かったってば!』

 腕を組み頬を膨らませるその姿に神様の威厳は感じない。

『特別だからね! いつもこんなコトするわけじゃないんだからね!』

 ツンデレのようなセリフを吐く神様。

『じゃあ、このJK神様がお願い事聞いてあげるから。言ってみ?』

「そうだな……」


 大学の学食はそれほど混んでいない。

 俺は少し早めに来て、入口が見える食堂の隅の席に陣取った。スマホを取り出す。

「おーい、出てきてくれ」

 声を潜めて呼びかけると、また昨日のようにパッと画面に女の子——神様が現れた。

『ほいほい。で、誰が気になるって?』

「もうじき来る……来た」

 俺は背面カメラをそちらへ向ける。俺の憧れの人、同じ学科の倉木さんが、他数人の友人と学食に入ってきた。

『ほー。この黒髪ロングの子?』

 カメラを起動しているわけではないが、見えるらしい。画面上の彼女も背面側を見るように後ろ向きになっている。

「そう。この子とお近づきになりたいんだけど……」

 同じ学科とは言え、倉木さんと特別な接点があるわけでもない。用もなく声を掛けられるほど俺は器用じゃなかった。

『先に言っとくけど、直接的な縁結びは無理だからね』

「なんで!?」

『だってスマホの神様だもん。縁結びは縁結びの神様がいるっての』

「あー……」

 正論を言われてぐうの音も出ない。

「じゃあどうするんだよ。手伝うって言っただろ」

『まあ見てなさいって。スマホの神様だからね。相手のスマホのことなら全部分かるわけ。ま、情報収集ってことね』

 そう言うと、JK神様はすいっと画面から消えた。アイコンの並ぶ、普通の画面に戻る。

 やれることがなく、ちょっと早い鼓動を押さえながら適当にネットサーフィンをする。何か共通の話題でも見つけられれば。そのうちデートでどこかのレストランでも行って。何とはなしに近所のレストランを検索していると、ほどなく画面に彼女が戻ってきた。

『お待たせ』

「おっ、どう? なんか役に立つ情報」

 俺は勢い込んで聞くが、彼女は肩をすくめた。

『いきなりで悪いけど、あの子彼氏いるじゃん』

「へっ」

『知らなかったの?』

「……知らなかった」

 俺はうなだれた。校内で男と歩いているところは見たことがない。だからてっきり彼氏はいないものだと思っていた。

『別の大学。合コンで知り合って——』

「合コン!?」

『ね、もしかして清楚な女の子だって思ってる?』

 彼女はのぞき込むように顔をこちらに近づけ、画面にアップになる。それからケラケラと笑い出した。

『ざんねーん! 見た目と違って、結構遊んでるよ、あの子。男のデータめっちゃあったもん』

「知りたくない、これ以上は知りたくない……」

 余計な情報が入ってきて、俺は思わずホームボタンを連打する。が、彼女が消えるわけでもない。

『まあ気を落とさないでさ。女の子なんていっぱいいるじゃん。次行こ次!』

 画面の中から親指をグッ! と立ててくる。

「あのさあ……」

 俺はその神様らしくない励ましに思わず口元が緩む。考えてみれば振られたどころか、まだ告白さえしていない。気を落としたって仕方がないのだ。

「……いや、ありがと。また気になる子ができたらお願いします、神様」

『いーともいーとも、このJKスマホの神様に任せなさい!』

 ぐっと胸を張る彼女。そのポーズで、ボリュームのある胸が強調されて思わず目が行く。

『——ちょっと! どこ見てんのよ!』

「あ、いや」

『神様だぞ。変な目で見るなっ』

「ご、ごめん」

『ま、男だからね、しょーがないね』

 きししし、と笑う。どこからどう見ても神様でなく、JKだ。

『また来るね。そうだ、あんまり変なサイトばっかり見るんじゃないぞっ』

 そういうと、バイバイと手を振って画面の外に消えた。またいつものホーム画面。しばらくぼんやりしていたが、ふとその言葉の意味に気が付く。

「——変なサイト!?」

 彼女はスマホの神様で、スマホのことなら何でもわかるし情報収集できて——。

「今まで見たサイトも、これから見るサイトも全部知られ……」

 俺は頭を抱えて突っ伏するしかなかった。


《了》

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