眠れぬ夜をとぶ

樹 亜希 (いつき あき)

彷徨う 指先

 有紗(ありさ)はある人物と待ち合わせの約束をしているので、四条大橋のたもとで夕暮れの街を背中にして通り過ぎる人をやり過ごす。昔からある交番は待ち合わせにはお誂え向きの場所である。交番の中に警官がいることはまれであり、誰もが知る交番の横には数名がスマホを見つめて立っている。下を流れる鴨川の植え込みの柳の木は緩く流れる風を受けてたおやかに揺れる。誰がそこに植え込んだのか、橋の上にまで伸びている。

 有紗はスマホを上着のポケットから取り出して画面を見ると何も連絡はなかった。

 修也という名前のキャストは待ち合わせの時間を五時と言った。

 もうすぐ約束の時間、正確には三分前……。

「あの、ゆう子さんですか?」

 ゆう子は有紗の母の名前だった、こういう場合に本名を使わないが母親の名前で予約してしまうのもどうかと思う。女性が男性を指名する風俗のキャストとの初めての出会いに緊張しながらも声のする人のするほうへ視線を移すとそこには、どこにでもいるごく普通の男性が立っていた。私はバッグに白いファーのボンボンをつけていると言ったのでそれを目印にしてもらった。背の高い男性は少しだけ広角を上げて笑い顔を作っていた。

「スターダストの修也です。よろしくお願いします」

「あ、こちらこそよろしく……。あの、初めてです、こういうの。すぐにホテルとかにいくの?」

 有紗は小さい声で囁いた。

「じゃあ、僕がゆう子さんの今の気持ちを聞けばいいのかな。何がしたい? とりあえずお茶とかでもいいですよ。お食事だけで終わる人もいる。でも、ゆう子さんの二時間コースは始まっていることだけは分かってね」

 修也は有紗の手を軽くとると、自分の脇に挟む。彼の身長が高いので腕を組むとこんな形になってしまう。熱い、彼の体温を初めて感じた有紗はドキッとした。

 後悔することのほうが強かったけれど、もう動き出した時間を止めることはできないようだ。後は流れる水のように修也のなすがまま、ついていくだけ。


 夕方はいつしか夜の暗さを増す。

 自分は少女から女になることができるのだろうか。

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