文化祭本番
■■■
_そして、ついに文化祭本番。
舞台は午前と午後で一回ずつ行われる。
午前の部がつつがなく終わり、あたしは控室になっている教室でふぅと息を吐いた。
「桜野さん、お疲れ様!めっちゃよかったよ」
「関さん…ありがとお〜」
関さんの優しい言葉に、涙腺が緩みそうになる。いかんいかん、まだ午後もあるのに目が腫れてしまう。
「午後の部の30分前までは休憩で大丈夫だから!」
「うん、ありがとう」
「あ、それと、休憩中も衣装は脱がないでね。後絶対汚さないで」
「ええ!?」
「宣伝だよ、宣伝。午前も盛況だったけど、午後はもっと上目指すから」
燃える関さんの瞳に、あたしは何も言えなくなってしまう。
マジか…、このドレスにメリケンサックは、確かに目立つだろうけども。
「じゃあ、私はビラ配り行ってくるから!また午後にね」
「あ、うん…」
テキパキとした足取りで控室から出ていった関さんの背中を見送る。
それと同じタイミングで、あたしのお腹がぐうぅ〜…と切ない音を立てた。朝から緊張で何も食べていないから、そろそろ限界だ。
…お昼ご飯、何か出店に買いに行こう。
あたしは財布を握りしめ、食品系が売っている外の屋台スペースに向かった。
■■■
屋台が集まっているスペースに向かうと、何やら人だかりが出来ていた。
「え…もっちー!?」
その中心にいたのは、なんとユキだった。
あたしと同じで衣装を着たまま休憩に入り、何か買おうと屋台の方まで来たのだろう。
中高生の女の子に囲まれたものの、邪険にも出来ず困っているようだ。
「写真撮ってくださーい!」
「えーっと…」
「一枚だけでいいので!」
「はぁ…」
ユキが戸惑いつつも、女の子が上に掲げたスマホの画面に映り込む姿勢になる。
「ありがとうございますー!」
「次、私達と自撮りしてくれませんかー?」
「…出来るだけ手短にお願いします」
写真を撮るために近寄った二人の肩が触れる様子に、あたしは見ていられず視線を外した。
…関さんが宣伝って言ってたし、きっとこれでいいんだろう。まだ休憩時間はたっぷりあるから、ユキがお昼を食べそびれることもないはずだ。
あたしは人だかりに背を向け、屋台に並ぶため歩き出した。
_どの屋台にしようか悩みつつ歩いていると、同い年くらいの男子二人組に声を掛けられた。
「え、姫の格好してる〜、めっちゃ可愛いっすね」
「あ、どうも…」
「今休憩中ですかー?」
「はい」
「俺ら今来たばっかで暇なんですけど、案内してくれません?」
「えーと、その…」
正直、男子との会話は今でもあんまり得意じゃない。
どう対応すればいいのかわからず、曖昧な返事しか言えなかった。それが彼らを勘違いさせたのか、片方の男子があたしの腕を掴んでくる。
「ねー、行こ!一人より楽しいよ〜」
「あの、離して_」
「_何してるんですか?」
氷のように冷たい声が、頭上から降ってきた。
「も、もっちー…」
「離してください」
ユキが、毅然とした態度であたしの腕を掴んでいる男子に言い放つ。
「うわー…、男?女?」
「おい、もう行こうぜ。目立ってるし」
「お、おお…」
バタバタと走り去っていく男子達の背中を横目に見た後、ユキがあたしの方を振り向いた。
「大丈夫ですか?先輩」
「あ、うん…最近、助けてもらってばっかりだね」
「ありがと、もっちー」
「…いえ」
笑いかけると、ユキはあたしからスッと視線を逸らした。
その姿に、胸にチリッとした痛みが走る。
「…ねぇ、もっちー」
「はい?」
「何か、怒ってる?」
「え…」
ユキが、驚いたように少し目を見開いた。
「最近、目を合わせてくれないからさー…。衣装合わせの時も、様子変だったし」
「あれは…、その…」
ユキが、言いづらそうに口をモゴモゴさせる。
「先輩が、その衣装すごく似合ってたから…」
バツが悪そうに呟いたユキが、あたしの顔を見ないまま頭を掻いた。
心なしか、ユキの頬が赤く染まっているような…。
「え゛っ…」
やばい、驚きすぎて変な声出た。え、じゃあ…照れてたってこと?
「そ、そっか…」
それしか言えずに、なんだか恥ずかしくなって俯いてしまった。
そんなあたしを見たユキが、一つ小さく息を吐く。
「…とりあえず先輩、移動しましょう。ここだと目立つんで」
「あ、そうだね…」
改めて周りを見渡すと、さっきの騒動も相まって結構な人がジロジロこっちを見ていた。
「一旦控室に戻りましょうか」
「うん」
_控室に戻り、椅子に座る。
ふぅ、と大きなため息が無意識に零れた。
「先輩」
立ったままのユキが、あたしに話しかける。
「うん?」
「私、お昼になりそうなもの適当に買ってきます。ここで待っててください」
「え、でも…」
「先輩、朝から顔色悪かったんで。大人しく休んでください」
気づいてたんだ…。
確かに、今日は朝から緊張し通してご飯も入らなかったし、昨日の夜もよく眠れなかった。
「…わかった。ありがとう」
「はい」
こくりとあたしが頷くと、ユキが優しく笑った。
その笑顔に、あたしの心臓はまた煩くなる。最近、こんなことばっかりだ。ユキの一挙一動に、あたしの心は簡単に振り回される。
「じゃあ、行ってきますね」
「うん。待ってる」
控室を出ていくユキの背中を見送り、あたしはもう一度ため息を吐いた。
あたし、何やってんだろ…。
女の子に囲まれていたユキに、あたしは身勝手に嫉妬していた。それなのに、ユキはこんな自分に誰よりも気を遣ってくれる。
…しっかりしなきゃ。最後まで、頑張ろう。
文化祭は、まだまだ終わらない。午後の舞台が残っている。ユキが言うように、本番に備えて休むのが今は懸命だ。
あたしはとりあえず寝ようと机の上に突っ伏して、ゆっくりと目を瞑った。
…寝ている間、夢を見た。
昔の夢だ。中学生の時、一緒にユキと学校見学も兼ねて近所の高校の文化祭に行った時の夢。あたしが屋台でホットドッグを買ってきて、休憩スペースで二人で食べて…あたしが口にケチャップを付けちゃって、ユキが紙ナプキンで拭ってくれた。…あれ、でも、その前に何かあったような…。
……。
「…んぱい、先輩」
「んあ…?」
あたしを揺り起したのは、ユキだった。
スマホの時計を見ると、ユキが控室を出てから30分は経っていた。いつの間にそんな眠っていたのか。
「買ってきたんで、食べましょう。先輩、ホットドッグ好きでしたよね?」
「あ、うん。ありがとう」
よく覚えてるなぁ、と感心する。多分、夢で見た高校の文化祭に二人で行った時、あたしがポロッと零しただけだったと思う。
ユキがあたしの向かいに座り、買ってきた焼きそばを食べ始める。あたしも、ユキに手渡されたホットドッグに齧り付く。お腹がペコペコだったからか、思わずあたしは夢中でホットドッグを頬張っていた。
「…ふ」
笑い声に顔を上げると、ユキが可笑しそうにこちらを見ていた。
「な、なんで笑うの!」
「なんか先輩が夢中で頬張ってる姿が、リスみたいだなって」
「褒めてる!?それ!」
「…あ、先輩。口の横、付いてますよ」
ユキが、机の上に置いてあったティッシュ箱からティッシュを一枚引き抜いた。
そのまま、流れるようにあたしの口元へとその手を伸ばす。
_だけど_
「…ティッシュ、どうぞ」
「へ…あ、うん!ありがと!!」
あたしの口元に触れる寸前でユキは手を止めて、持っていたティッシュをあたしに渡した。…そのまま拭いてくれると思ったから少し驚いてしまったけど、高校生にもなったらこれが普通だよね。
ゴシゴシと口を拭きながら、チラリと横目でユキの様子を伺う。
ユキは、居心地が悪そうにあたしから視線を逸らしながら焼きそばを頬張っていた。
_ユキは今、何を考えているんだろう…。
あたし達の関係性は、もうあの頃とは違う。そんな当たり前のことを改めて実感する。
複雑な思いを抱きながら、あたしはもう一度ホットドッグに齧り付いた。
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