親友

 かつて親友は言った。


「お前みたいになれたらなって思うことがある」


「そう? わたくしはイリーナみたいになりたいわ」


 互いの良いところ、憧れるところを二、三こと交わしそして笑い合う。

 お互いに無い物ねだりだと、笑い合ったあの日を夢に見る。


 目を開ければ相変わらず無駄に広い部屋。ベッドから起きると見計らったようにドアがノックされる。


 知らずに目に溜まっていた涙を拭いながらに返事をすると、メイドのアーネが入ってくる。


「リベカ様、ライラ様がお待ちです」


 そう言いながら頭を下げて、リベカに近付くと着替えを手伝い始める。


「あの子がこんな朝早くから、珍しいわね」


 着替えながら首を傾げる。リベカの娘であるライラは、リベカと同じ青い髪の少女であり容姿も若かれし頃にそっくりなのだが、性格はわがままで執念深く、激情することがしばしばある。

 物静かなリベカとは対照的な性格に、母親であるリベカも手を焼くことが多々あった。


 トレント家の長女として甘やかされ育ち、自分の美貌を知りつつ、それを生かし家の為に嫁ぐことを良しとするように教育されてきた娘。


 朝の弱いライラが朝日が昇る前から起きているとは、珍しいこともあるものだと思いながら身支度を済ませるとライラが待つ部屋までアーネを引き連れ向かう。


 部屋の扉をノックし中に招かれたならば、中には複数のメイドに囲まれ椅子にふんぞり返るライラがいた。

 リベカに深々とお辞儀をするメイドたちに不機嫌そうな表情を見せ、椅子に座ったままリベカを見て鼻で笑う。


「ライラ、何か用事かしら?」


 その言葉により一層不機嫌そうな顔をして、甲高い声でヒステリック気味にまくし立てる。


「用事かしら? ではありませんわお母様! 本日お伺いするベーゼ公との縁談に反対されたそうではないですか? 事実なのですか?」


「ええ。前にも言いましたが、私はあの方との縁談については反対です。このご時世に兵器開発を推奨し、奴隷制度を復活に賛成する方に貴方を嫁にやるわけにはいきません」


「まあ、お母様は何も分かっていませんわ!」


 静かに話すリベカに対し、ライラはけたたましい声を出しながら、大袈裟に驚いてみせる。


「魔王の恐怖が無くなった今、次なる驚異は隣国なのですよ。豊かな我が国の領土をせしめんとする輩はごまんといますの。それを牽制する意味でも兵器は必要ですの」


 そんなことも知らないのかと、小馬鹿にした目でリベカを見ながら話を続ける。


「奴隷制度も必要だという声を受けて、検討されているのです。そのような小さな声も耳を傾け検討する素晴らしい方なのですよ」


「そもそも、奴隷制度なるものが……」


「いいえお母様。必要とする人がいる、それが事実なのですわ! それに、人は生まれながら立場は決まってますの! わたくしがトレント家に生まれ、五星勇者リベカの娘であることのように、生まれながらに揺るがぬ立場は存在しますのよ!」


 ライラがリベカの言葉を遮りまくし立て話した後、一呼吸置いてわざとらしく大きなため息をつく。


「お母様が何を心配しているのかは分かりかねますけど、トレント家の長女であり、五星勇者の娘であるわたくしに何を心配することがありましょうか?」


 満面の笑みを浮かべるライラを見て、喉まで出た言葉を出すこと躊躇ったリベカは、困った表情を見せた後、優しく微笑み語り掛ける。


「ライラ、立場は意外にもろく、そして崩れやすいものですよ。もし何かあれば私を頼ってくるのです」


「今のお母様に何かできるとは思いませんが、心に止めておきますわ。今後、わたくしの行動に口を挟まないでほしいですわ。それだけが言いたかったのですの」


 優しく声を掛けられたせいか、トーンダウンしたライラに、リベカがどこか寂しさを感じさせる笑顔を向けると部屋を後にする。


「あの子も根は優しいと思うの」


「ええ」


 廊下を歩きながらリベカに話し掛けられたアーネは頷きながら、元気のない主人を心配そうに見つめる。


「魔王の驚異が無くなれば皆が笑って過ごせると思っていたわ」


「事実、リベカ様たちの活躍で、魔物の驚異から多くの人が救われ、笑顔で今を過ごされています」


 アーネの答えにリベカは首を横に振る。


「なし得たのは私だけの力ではないの。それに魔物ばかりに目を向け、内政を疎かにした私が愚かだったわ。スティーグに押しつけて、私はあの方と一緒に逃げようとしたのですから……」


 今度はアーネは首を横に振る。


「あのとき、リベカ様がマティアス様について行くことを私は望んでいました。あれを逃げだとおっしゃるのであれば、私も同罪です。

 なによりも、あの日リベカ様の想いまで否定されるのは、心苦しいです」


 アーネが向ける視線にリベカは立ち止まると、アーネも歩みを止め見つめ合う。

 暫しの沈黙の後、リベカがクスッと笑う。


「そうね。アーネの言う通りだわ」


「過去の自分まで否定してはいけないわね。あのときは本気だったもの。ありがとう」


「いえ、わたしは」


 お礼を言われ恥ずかしそうに謙遜するアーネを見てリベカが笑みを浮かべ、二人は歩き始める。


「奥様!」


 歩き始めてすぐに、一人の従僕に呼び止められる。


「ギルドの方から使者がこられたのですが、旦那様が不在だと伝えても奥様に挨拶しにきたのだとおっしゃって帰ってもらえないのです……」


「ギルドから? 予定はあったのかしら?」


「急遽決まったそうで、一応旦那様の許可は得てるというのですが……」


 日頃、トレント家の当主であるフェリップが不在の時にリベカに謁見する人が来ることはない。どうしていいか困っているのだろう、従僕は目が泳がせ落ち着かない様子を見せる。


「分かりました、私が責任を持って対応いたします。あなたは何も関係ありませんから下がってなさい」


 関係ない、その言葉を聞いてほっとした表情を見せた従僕が逃げるように去っていくのを見送った後、アーネを従え客間へと向かう。


 客間にたどり着いたリベカを見て、椅子に座っていた女性が立ち上がり深々とお辞儀をする。垂れる青い髪はリベカと同じ色だが、水の潤いとはまた違い、風の爽やかな新緑を感じさせる。


 顔を上げ、少し眠そうにも見える目をリベカに向ける。だがその瞳には強い意志があり、リベカはその瞳に何か懐かしいものを感じてしまう。


「初めまして、リベカ・トレント様。私、モルト・ヴィレーンと申します。本日はギルド次長就任、並びに王政領地開発部に配属されましたので、土地を沢山お持ちになっているトレント家へのご挨拶にと、お伺いしました」


 モルトは続けて放つ言葉は思わぬもの。


「そして、イリーナ・ヴェベールの娘として、リベカ様にお会いしにきました」


 モルトの口から出た懐かしい名前にリベカは大きく目を開く。




 ────────────────────────────────────────




『転生の女神シルマの補足コーナーっす』




 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で27回目っす。


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 この世界の貴族は、子供を生んでも育てるのは別の教育担当者がいますので、娘のライラ、息子の、二人ともリベカとはまた違った性格になるのも致し方ないのかも知れません。

 トレント家当主の、フェリップの考えを色濃く受けた人物によって教育を受けているので、リベカの思いとはズレが生じています。


 モルト・ヴィレーンは五星勇者であるイリーナに命を救われ育てられた女性。今現在は同じく五星勇者のスティーグのもとでギルドの運営に関わりつつ、政治関係者との間にパイプを作っている最中です。

 後々、立派な街道の建設に大きく関わってくるのですが、このお話のときは王政領地開発部に入ったばかりのときになります。


 ちなみにイリーナはこのとき、末っ子にあたるノアを育てています。


 ※細かいことですが過去のリベカは一人称が「わたくし」ですが、結婚してから「私」に変わっています。


 次回


『懐古と凶報』


 イリーナの娘を名乗るモルトの出会いは懐かしく、忘れていた感覚を思い出させてくれる。

「また会いにきます」のモルトの言葉を胸に、いつの日か親友と出会えることに希望を感じるリベカ。


 イリーナとの再会を夢見るリベカのもとに舞い込む、思いもよらない身近な人の不幸は深い悲しみへといざなう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る