なめわんグランプリ!

なめわん!

 犬の嗅覚は人間の三千~一万倍。対して味覚は人間の五分の一程度だと言われている。


 でもそれは普通の犬の話。


 犬の驚異的な嗅覚と、人の繊細な味覚を併せ持つ犬がこの世に一匹だけいる。


 前世の記憶を持ち犬へと転生した(※させられた)彼は犬となってもたくましく生き、一時期は夢のハーレムを作ることにも成功する。


 だが、人類の危機を救うため群れから離れ人間界に下りてきた(※詩との戦いに敗れ、群れから追い出された)彼は、人も犬も愛せる最強の戦士なのだ。


 彼の名はシュナイダー。主人である鞘野詩さやのうたの家の外にある犬小屋で彼は考える。


 現在鞘野家に飼われ、仲間と共に戦っているわけだが、詩、エーヴァ、スーを始めとし身の回りには女性が多い。

 皆それぞれ一舐めしてきたが、誰しもが美味であった。そして誰しもが甲乙付けがたいと。


 ペロリ舌なめずりをする。


「ふむ、今一度舐め直し、味を確かめてみる必要があるな。皆とのスキンシップにもなるし一石二鳥だろう」


 今、ここにシュナイダーによる、舐め味のナンバーワンを決める、『なめわん』が勝手に開催されるのだった。



 * * *



 ちょっぴり熱い夏の朝、鞘野さやの家の玄関が開くと、パジャマのズボンと『ネコ派』の文字が背中にプリントされたTシャツを着た詩が、小さなあくびをしながら現れる。

 郵便受けに新聞を取りに行こうと門に向かう彼女だが、眠そうな目から一転その場から素早く飛び跳ねると、姿勢を低くし身構える。


「朝っぱらからなんのつもりかしら?」


「ふん、しれたことを……」


 詩とシュナイダーが互いに殺気立ち睨み合う。シュナイダーがニタリと口角を上げる。


「詩、舐めさせてもらうぞ!」


「はっ!? 意味わかんないだけど」


 変態を前にして指を犬歯に当て、いつでも指を切れるように身構え、臨戦態勢の詩だが次の瞬間!?


「きゃう~ん」


 シュナイダーがお腹を見せ背中を地面に擦りながら変な声で鳴く。言わゆるヘソ天。コイツ何をしてるんだと、理解の追いつかない詩に追い打ちを掛けるかのように玄関のドアが開いて詩の母、里子さとこが顔を出し声を掛けてくる。


「シュナイダーの変な鳴き声が聞こえたけど、どうしたの? ってあら?」


 里子はヘソ天のシュナイダーを見ると近付きお腹を撫でる。


「も~すっかり懐いちゃって、ほら詩シュナイダーのお腹暖かいわよ!」


 里子が嬉しそうにシュナイダーのお腹を撫でながら、テンション高く詩に手招きをする。対して詩はシュナイダーを軽蔑の目で見る。


「私はいいかな……」


「あなたが拾ってきた子でしょ! ちゃんと愛情を注いであげないとダメよ。それにお散歩もパパやママに任せているじゃないの。もうちょっと可愛がってもいいとおもうわよ」


 里子に小言を言われ、嫌そうな顔で近づく詩がそっと手を伸ばす。「きゅきゅきゅ~ん」と鳴くシュナイダー。


「あんた、プライドもなにもないんだ……」


「もきゅ?」


 もはや、犬の鳴き声すらしていないシュナイダーがつぶらな瞳で詩を見つめる。詩が出した手がシュナイダーのお腹に触れるとくるりと反転し起き上がり、詩の手をベロリン。

 頭を撫でる里子の手もペロリン。


「覚えてなさいよ……」


 殺気を放ちながら家に戻る詩とは対照的にご満悦なシュナイダーは、舌なめずりをし味の余韻に浸る。


「ふむぅ、どちらも美味。甲乙つけがたいな」


 ふんふん、鼻息荒いシュナイダーの前に現れるたのは、金堂こんどうめい子。先の戦いで知り合った新社会人の彼女は会社を辞め、今はペットサロンでアルバイトをしている。


「シュナイダーくんおはよー。里子さんは家にいるかな?」


 シュナイダーが喋る犬であることを知っている彼女は普通に話し掛けながら、かがんでシュナイダーを撫でる。

 そんなめい子の顔をペロリと舐めてご挨拶。


「うひゃ、くすぐったい」


 日頃犬猫に触れる彼女は犬に舐められても動じない。そいつは変態だ、動じて欲しいと日頃から訴える詩たちの言葉は彼女に響いていない。それをいいことに、もう一舐めしたシュナイダーが渋い声で里子の所在を告げる。

 それを聞いためい子が鞘野家に入り中で一通り挨拶を終えるとハーネスを手にして戻ってくる。


「よ~し! じゃあ行こうかシュナイダーくん!」


 玄関の影から、「変なことをするなよ」と念のこもった目でシュナイダーを睨む詩の視線にウインクを返すと、尻尾をフリフリしてお散歩が始まる。

 この散歩は、ペットサロンに勤めるめい子にとっても大切なもので、ご近所に住まうペットたちにシュナイダーとめい子の存在を知らしめる意味もある。これにより今のペット界におけるめい子は注目の存在であり、業務がスムーズに行えているのだがそれはまた別のお話。


 そして……



「おっきい犬ですね!」

「触っても大丈夫ですか?」


 道すがら出会う人たちから撫でられる。男性の場合は額を撫でる手に擦りつけるか、鼻先でツンツン。女性の場合は足にすり寄り差し出された手を舐める。これでもかと舐める。


 ご満悦に舌なめずりをしながら歩くシュナイダーを引っ張るめい子が、元気よく手を振って挨拶するのは、エーヴァとアラ。ショッピングの帰りと一目で分かるような大荷物を手に持つアラが気付き頭を下げる。

 続いて気付いた……いや、既に気付いていたのであろう。エーヴァは振り返る瞬間、澄まし顔ではあるが、誰にも気づかれないくらい僅かに右の眉がピクリと動く。


「めい子、お散歩かしら?」


「あ、そうです。エーヴァちゃんはお買い物? ネットで買わないの?」


「現物を見て買うのも楽しいですわよ。予想外の品に出会えたりしますし、オススメいたしますわ」


 世間話をするエーヴァの横で、アラがシュナイダーをワシワシ撫でている。既に手は舐められていることに、エーヴァの眉がぴくぴくと動く。


「アラ、あんまり触らない方がいいですわ。噛みつかれますわよ」


「お嬢様、大丈夫ですよ。シュナイダーはとても賢くていい子なんですよ」


 屈託のない笑顔で返すアラは、引きつった笑みのエーヴァに手招きをする。


「お嬢様も触ってみませんか? 毛並みもモフモフで気持ちいですよ」


「それは私がお父様を指導してますからね! それにうちのお店の新商品、柑橘系をベースにトロピカルさを再現したシャンプー『ラランチア』の香によって、今のシュナイダーくんは爽やかさ満点なんですよ!」


 腰に手を当て自慢するめい子の言葉に、シュナイダーの体に顔をうずめ匂いを嗅いだアラが満面の笑みを見せる。


「本当に爽やかな香りがします! この香りはオレンジですか?」


 シュナイダーを抱きしめたまま、めい子に尋ねるアラの顔に迫ろうとするシュナイダーの動きを見て。小さく「チッ」と舌打ちをしながらエーヴァが手を伸ばし、アラを抱き寄せる。


 アラの顔に迫る舌から守るエーヴァの腕がペロリンと舐められる。


 アラたちを含め誰も何が起きたか分からないが、この瞬間エーヴァの魔力が跳ね上がり、シュナイダーの魔力がごめんねとぴょこんと跳ねる。


「お嬢様?」


 突然抱きしめられ驚くアラのメガネにエーヴァがそっと触れる。


「メガネを取られるところでしたわ」


 アラを胸から離すと、ペチンとシュナイダーの頭に手を置く。


「おいたはダメですわよ」


 優しく囁くエーヴァが、魔力を大きくし殺意を放ってるなど、シュナイダー以外知らず、優しく微笑むお嬢様にアラとめい子は見惚れる。

 シュナイダーの耳にエーヴァがそっと顔を近づけると、シュナイダーの耳がピンと立つ。


「イヌコロてめぇ、どういうつもりだ?」

「きゅ~ん、ごめんですわん。今大事なことしてるですわん」

「大事なことだと?」

「きゅきゅる~ん」


 周りに聞こえないように小さな声で会話する二人だが、会話が成り立たずこれ以上の追及は無駄だと判断した……いや、関わるのがめんどくさくなったエーヴァが体を起こすとアラに手を差し伸べ立たせると、そのまま華麗にお辞儀をする。


「めい子、シュナイダーのお散歩ご苦労様ですわ。わたくしたちはもう行きますわね」


「うん、じゃあ、いこっかシュナイダーくん!」


「わふっ!」


 エーヴァたちと別れ、シュナイダーの散歩が再開される。



【なめわんエントリー者? リスト】


 ・里子

 ・詩

 ・めい子

 ・近所のおばちゃん

 ・ランニング中のお姉さん

 ・犬の散歩中の少女

 ・アラ

 ・エーヴァ


 ※表記は舐め順、敬称略

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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 更新をさぼりがち女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で22回目っす。


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 来世ではハーレムを作りたい、そんな要求をしてきたシュナイダーの前世のガストン。危険人物とみなした上で、神に認められた特別転生者としての願いを叶えつつ転生させた結果、犬となりました。


 平和な世界に転生させることで、火と風の力を与えつつも使用する機会もなく、犬にしたことでハーレムも作れるだろうと判断したわけです。

 ですが、力を借りることになり……結果はこの通りです。


 さすが、心の奥にある無限の欲望を感じさせず、神を欺いた男。ある意味規格が違うと私も認めています。


 次回


「なめわんの栄光は誰の手に!」


 これほど誰からも求められていないグランプリがあっただろうか。めい子の助けもあり、次々とエントリーしていく女性たち。その栄光は……

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