スーとしら子のアルバイトで流す汗は、課金の為! ~後編なのです~

 とある高層マンションの一室で、男女4人が酒を飲み騒いでいる。


 ピンポーン!


 インターフォンが鳴り、一階にある玄関の様子がモニターに映し出される。

 そこにはダボダボのピザ屋の制服を着た女の子が、サイズの合っていない帽子を傾けて被りピザの箱を持っている姿があった。


 ピンポーン!


 再びインターフォンが鳴るが、誰も出ない。それどころか、クスクス笑いながらモニターの店員を見ている。


「みっちゃん酷いわぁー、人間じゃねぇ~」


 1人の男がゲラゲラ笑いながら手を叩き、みっちゃんと呼ばれた男を指差す。みっちゃんは手に持ったチラシをピラピラと掲げると、自慢気に語り始める。


「指定エリアは注文して、10分以内にお届け出来なかったらタダ! って書いてんだぜ。

 俺んとこ指定エリア、ギリギリだし、20階まで上がるだけでも時間かかるじゃん。更にインターフォンで足止めすりゃあタダでピザが食えるっことだべ」


「だからあんなにトッピングして、めっちゃ高くしたんだ。天才じゃ~ん」


 女に天才と言われ、照れるみっちゃんだが、インターフォンが4回ほど鳴った後、モニターに映っていた配達員の姿が消えていることに気付いていなかった。


 トントン


 突然のノックするような音に皆が驚き黙る。恐る恐る音の方を見ると、そこにはベランダへと出る窓があるだけ。


 トントン


 気のせいかと思ったが、やはり聞こえる。耳を澄ませ誰もが動けないでいると、一瞬静寂が訪れる。


 だが、すぐにガラガラっと、ベランダ側の窓が開くと、夜風が室内に入り込んでくる。その冷たく心地よい風が男たち4人の頬を撫で、酔いを冷ましてくれる。


 夜風にヒラヒラとたなびくカーテンを押し退けて、室内に入ってくるダボダボの制服を着た配達員は、手に持った箱を差し出す。


「ご注文のピザをお届けに来たのです」


 外から来た突然の来訪者に驚き声も出ないみっちゃんが受けとると、配達員は制服のポケットからストップウォッチを取り出しボタンを押し、みっちゃんの顔に押し付けるように、ぐいっと見せてくる。


「お届け時間5分23秒なのです。制限時間以内のお届けなので、お支払をお願いするのです。8400円なのです」


「あ、ああ……はい、どうもご苦労様です」


 言われるがままにみっちゃんは支払いを済ますと、配達員は「ありがとうなのです」と言って、ニッコリ笑いお辞儀をする。


 そのままくるりと来た方向へ振り返り、ベランダの方へ向かって走って行って、塀に飛び乗り、タンっと音を立て飛び降りてしまう。


 一瞬の出来事にシーンと、張り詰めた空気が流れる。


「ここ、20階だよね……」


 女の一言で皆が我に返り、ベランダに走って行き下を覗くが、下には誰もいなかった。


 みっちゃんの手にあるピザの温かさがじんわりと伝わってくる。

 だが背筋が寒いのは夜風のせいではないのかも知れない。



 * * *



 電動アシスト自転車をこぐのは、配達員の制服を着た白雪。その後ろには思月が、2人乗り用の椅子に座り、配達用の保温バックを抱えている。


「まったく、お酒を飲んでいて、呼び出しにも気付かないし、窓をノックしても開けてもらえなかったのです。

 仕方ないので外から鍵を開けて入ったのです。困った人たちなのです」


【ご苦労様、お酒の飲みすぎは良くないわよねぇ。それじゃあ後2軒行くわよ! スピード出すから掴まってて】


 夜の町を白雪のこぐ電動アシスト自転車が、思月とピザを乗せ走る。


 もちろん法律は守って。



『目標金額:6万円』



 * * *



 トランダーランドと呼ばれる遊園地で走り回る男の子が、遊園地のマスコットキャラクターのトラ夫くんから風船をもらうと嬉しそうに手を振る。


 トラ夫くんも手を振り、愛嬌を振り撒いて男の子を見送る。そのトラ夫くんに、思月が近づいて声を掛ける。


「白雪、交代の時間なのです」


 トラ夫くんが頭の被り物をくいっと上げると、中からウサギのぬいぐるみが顔をチラリと覗かせる。


【もう、そんな時間? まだいけるのよん】


「熱中症になったらダメなので、小まめに休憩するように言われてるのです。無理しないのも仕事と言われたのです」


【心に沁みるお言葉ね】


 涙を拭くような仕草をするトラ夫くんと、思月は休憩室へと入って行く。


 白雪の脱いだトラ夫くんの着ぐるみを、思月が受け取って着替えているときだった。

 勢いよくドアが開かれ、戦隊ヒーローのスーツを着た人が抱えられ運び込まれる。


 ピンクのボディースーツのチャックが開けられ、仮面が取られると、中からおじさんが出てくる。


「青井さん、大丈夫? 救急車呼んだから、もう少し辛抱して」


 数人のスタッフがおじさんを囲み、エアコンの効いた部屋で扇いで風を送ったり、氷を持ってきて体を冷やしている。

 すぐに救急車が到着し、おじさんは運ばれていき、その人とは別に離れて座っていたおじさんにも応急措置が施される。


「困ったな、ウルフピンクだけじゃなくて、敵役の人もダウンするんて……もうすぐショーが始まってしまう」


 おろおろする数人のスタッフが、ふとトラ夫くんの着ぐるみに着替えていた思月と、白雪に気付き、視線を向けるとお互いが目を合わせる。

 スタッフの1人が何か思い付いたように、思月たちに近付いてくると、ニコニコと笑みを見せつつ圧をかけてくる。


「君たち、ちょっと聞くんだけど運動神経とかいいかな? 簡単なアクションとか、えーとね、ほらっ、キック、パンチが出来れば良いんだけど」


 思月と白雪が同じ方向に、同じ角度で首を傾げる。


「それなら出来るのですけど、なにかあったのですか?」


「いや実はだね、戦隊ヒーローウルフファイブのヒーローショーに出る2人が、体調を崩して困ってるんだ。

 代わりに出てもらえると助かるんだけど、お願いできないかな?


 セリフの方は録音だから、それに合わせて動いてもらえればいいから。

 そうだ、臨時だし、着ぐるみのバイトにプラスしてお金も色付けて出すからダメかな?」


「お金……分かったのです。やるのです」


 スタッフから一通り簡単に説明をされ、成り行きで戦隊ショーに出ることになった2人は、思月がウルフピンク、白雪が敵のアーク将軍という配役に決まり、ほぼぶっつけ本番で大勢の子供たちの前に出ることになる。


 舞台の上の進行役のお姉さんの実況の元、ショーは無難に進み、中盤を越え、敵の怪人ギョギョギョがやられそうになったところで、白雪扮するアーク将軍の登場となる。


「我が名はアーク将軍! 今日がお前たちウルフ5の命日となるのだ。フハハハハハッ!!」


「そうはさせない! みんな行くぞ!」


 ウルフ5の5人が一斉にアーク将軍に飛びかかり、アーク将軍がマントをヒラリとして吹き飛ばされるシーンで事故は起きる。


 白雪は、軽く振ったつもりだったマントは見事に、4人の戦士にクリーンヒットし、本当に吹き飛ばしてしまう。

 常人的スピードを越えたマント攻撃は4人の戦士を気絶させ、仲間の怪人と戦闘員をも凪ぎ払い戦闘不能に追い込む。


 思月は予定通り、やられたフリをして4人と一緒に地面に転がる。


 舞台に1人、ポツリと立つアーク将軍。


「くそ! 負けないぞ! みんな立つんだ!」


「ああ、俺たちをナメるなよ!」


 ウルフ5は倒れて誰もピクリとも動かないのに、セリフだけが一人歩きし始める。


 ざわつく会場。


 舞台上のお姉さんは困惑して、裏方のスタッフに必死で視線を送るが、スタッフたちも絶賛困惑中である。


「私も、ここで倒れるわけにはいかないの!!」


 ウルフピンクのセリフで、打ち合わせ通りに立ち上がる思月。会場から「ピンクだけ立ち上がったぞ」などの声が聞こえてくる。


「ほお、まだ立つか、その根性だけは認めてやる! くっくっくっく」


 白雪もどうしていいか分からず、打ち合わせ通り、取り敢えずセリフに合わせ、腕を組み高笑いのポーズをする。


「確かにアーク将軍、お前は強い! だがな、俺たちウルフ5は諦めない! お前を倒し世界の平和を取り戻してみせる!!」


 ウルフレッドが舞台の上に顔面を伏せ、転がったまま威勢のいいセリフを吐くと、舞台から上半身を投げ出し、今にも落ちそうなウルフグリーンが熱く叫ぶ。


「そうだ! 僕たちは負けない! 今こそみんなの力を一つにするんだ!」


 ここでアーク将軍が、ウルフ5の勢いに圧され、よろける演技が入る。


「な、なんだ!? もうボロボロなはずなのに、どこからこんな力が!」


 舞台から落ちて、足しか見えないウルフブルーが会場を煽る。


「会場のみんな! 君たちの力を貸してくれ! 君たちの応援が僕たちの力になるんだ!」


 本来ここでお姉さんの「みんなー! ウルフ5を応援してぇ!! せーの──」セリフが入るのだが、お姉さんは目をキョドらせ、マイクを持つ手を震わせているだけである。


 会場の子供や親たちも、どうしていいか分からず、みんながキョロキョロと互いの様子を窺っている。

 ここで裏方のスタッフがようやく録音された音声とBGMを止めて、舞台のお姉さんに手でバツをつくって、中止を訴える。


 音声もBGMも消え、静まる会場。


 お姉さんが生唾を飲み込み、手に持つマイクにスイッチを入れたときだった。


「がんばれぇー」


 男の子の声が、静かな会場に響き、お姉さんが中止宣言を躊躇してしまう。

 舞台の上に立つ、ウルフピンク、アーク将軍は、音声もBGMも消え、更にお姉さんが止まったことで動けなくなる。


 だがここで、静寂を破る声が響く。


「やるなウルフ5! それほどの力を持ってお前は何を望む! 戦う目的はなんだ!!」


 裏方のスタッフが間違って音声のセリフを再生し流してしまったのだった。


 中止と言ったのに流れる音声に、もうわけも分からず、泣きそうな進行役のお姉さんの顔を見たウルフピンクが、お姉さんの持つマイクを手に取ると、アーク将軍を指差す。


「己を強くし新たな力を手にいれる為、課金するため戦うのです! アーク将軍、覚悟するのです!!」


 ウルフピンクの意図を汲み取った、アーク将軍は無言で、くいくいっと手招きをして挑発する。

 ウルフピンクは、お姉さんにマイクを返すとゆっくり構える。


 刹那、舞台を2つの風が吹き抜けぶつかる。


 拳と拳がぶつかり、常人では見えない連撃が嵐のように吹き荒れる。


 そのスピードと衝撃に誰も声が出せず、進行役のお姉さんはマイクを落として、目の前の光景をただ眺めるだけだ。


 舞台の床を削りながらウルフピンクとアーク将軍の蹴りがぶつかる。


「やるのです」

【やるわねん】


 会場に聞こえない声で2人が語り合う。互いが弾け後ろに下がると、同じ構えをする。


 右の手の平を相手に見せ、左手を手首の辺りに添え、身を引き、力を溜める。光こそ放たないが、その技名を2人は小さく呟く。


「玉兎……」

【……衝撃】


 中央に向かって2人が突っ込み、互いの掌底がぶつかり合うと、会場全体に暴風が吹き荒れる。


 手の平をぶつけたまま動かない2人を見て、静まり返る会場。


 やがてゆっくり、アーク将軍が倒れる。


 ウルフピンクが右拳を上げると、会場は割れんばかりの歓声に包まれるのだった。



 * * *



「はい、これアルバイト代」


 スタッフに渡された封筒を嬉しそうに受けとる、思月と白雪。


「いやあ君たち凄いね。今日のショーどうなるかと思ったけど、結果大盛況でね。


 それでお願いなんだけど、専属でやってくれないかな? もちろんお金は出すよ。ね? ダメかな?」


 手を合わせてお願いするスタッフだが、思月は封筒の中を確認するとペコリとお辞儀をする。


「目標金額に達成したので、スーは今からガチャを回すため帰らないといけないのです。今は課金が大切なのです。

 また課金が必要な時にお世話になるかもしれないので、よろしくなのです

 

 それでは、さよならなのです」


 断られ、唖然とするスタッフをおいて、手を振って帰る白雪と、ホクホク顔の思月。


 このトランダーランドでのショーは伝説となり、この動画を見た番組スタッフが、次の戦隊の主役をピンクにして、武器を使わず我が身一つで敵を倒す戦隊ものを企画するなど、見えないところで影響を与えるのであった。


 目標金額達成した思月と白雪から渡されたお金を元にして、連日の徹夜でハイになる美心によってアルマジロは無事完成する。


 因みに、美心がオークションにかけたドリルウサギは買い手が付かず、今でも美心の作業を見守っている。


 ────────────────────────────────────────

『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で7回目っすう!


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


  この物語で語られる、『ウルフ5』は詩たちが住んでいる日本で、今現在放送している戦隊ものです。


 ショーの中で1人セリフが出ていない、ウルフイエロー(女性)。

 彼女おじさんがみんなの声援を受け取って「みんなの声援が私達の力に!? これならアーク将軍を倒せるわ! みんなありがとう!」

 このセリフにいくまでに音声が切られてしまいました。


 シリーズものといえば、女の子を中心に人気なフラッと現れプリティーに敵を駆逐する『ハメッツ☆フラプリ』は、序盤に詩がお面を被った『フラデストロイ』が出るシリーズです。


 仮面を被ってバイクに乗るシリーズは、バイクをキックボードにしたことで人気が低迷、今年は放送はお休み中です。


 では、次回


『アラさんの3~5分クッキング!』


 最近全く出番のないエーヴァの付き人、アラさん。彼女も見えないところで戦っているんです。

 至福の一杯を愛しのお嬢様に捧げる為のお話っす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る