魔力過多と道具屋一周年記念

そんな頃のものかたり(本編第51話後)

ウォーレン歴3年 萌芽の月某日 夕方




「よ、アレンじゃん」


「!?」


 道端で突然知り合いの声を聞いて、アレンは飛び上がらんばかりに驚いた。


 その方向を振り向くと、友人というか悪友というか、なんだか複雑な関係性になってしまったレイフがそこにいる。


「アレンじゃん、じゃありませんよネェ……? 偶然出会える場所じゃありませんヨォ?」


 この頃のアレンはすっかり王都を出てしまって、そこそこ王都から離れた場所で細々とその日限りの仕事を転々としていた。


 王都で研究者をやっているはずのレイフが、ふらっと見かけられるような場所にはいないはずなのである。


「ん、いやまあ半分は狙ったけど半分は博打っていうか。地方で新しい遺跡が発掘されたっていうから魔術道具が眠ってないか調査に来たのが本業。で、ついでにこのへんにアレンがいたらいいなーと思ったらいたわけよ」


「はァ……」


 なんというか、強運だ。レイフという男はそういうところの鼻の効きがいいような気がする。アレンはこれは逃れられないな、とため息を吐いた。


「今ヒマ? ちょっと酒場にでも行こうぜ」


「たしかにちょうど今日のお仕事は終わりましたがァ……明日の朝は早いので吞みませんヨォ」


「なんだよつれないな。まあとりあえず酒場な」


「ハイハイ……」


 レイフはとりあえずアレンを酒場に連れて行きたがるふしがある。というか本人が酒場が好きなのだろう。アレンは下手に逆らわずに酒場へレイフを案内した。


 席を確保して、適当な飲み物を注文する。レイフはアレンの顔を覗き込んだ。


「で、最近のアレンくんはなにをやってるわけ?」


「……日銭仕事ですネェ。魔力が少なくてできることも限られてますしィ」


「ふーん。……合間の時間に魔術道具作ったりとかは?」


「それはしてますヨォ。教授の縛りがないぶん好きに作れますゥ」


 レイフは届いた酒を受け取って苦笑する。


「そのぶん貧乏暮らしだけどな?」


「それは必要経費デス」


「ほんっとお前、教授嫌いだよな」


「えェ、それはもうとってもォ」


 乾杯をして、ふたりでくすくす笑いあう。レイフがさも今思い付いたかのように口を開いた。


「教授と仲が悪いといえば、ギルド総務部の魔術道具担当が変わるらしいんだよな」


「ほゥ?」


「その新しいやつが言うには、『もっと役に立つように改良した魔術道具が欲しい』とのこと。教授はそんなことする必要ない、って丸一日キレてたけど」


「…………」


「俺ならツテあるけど、どうする? 期日までにギルド本部に届きさえすればどこで作ってもよし。改良の裁量は個人に任せる、だそうで」


 アレンは降って湧いたあまりに都合のよすぎる話に戸惑う。それはアレンがやりたくてやりたくて仕方がなかった仕事ではないか?


「そんな都合のいい仕事があるんですかァ……?」


「あ、もちろん、役に立たなかったらクビだけど」


「そこはそうでショウ」


「やるなら連絡先教えるけど?」


「……やりマス」


「よっしゃ、決まりな」


 レイフはギルド内で通じる連絡先を書いたメモを差し出してくる。アレンはそれを大事に受け取った。


 役に立つ魔術道具を、ずっと作りたかった。これから、実際に、作ってみせるんだ。


 アレンの中で、火がついたようだった。


~~~~~


ウォーレン歴5年 萌芽の月某日 夕方




「はぁ……」


 エスターは学校から家への帰り道、憂鬱なため息を吐いた。


 教育期間もそろそろ終わりだ。同級生たちが進路を続々と決めるなか、魔法がとうとう最後まで使えなかったエスターは途方に暮れていた。


 世間ではどんな些細な仕事でも魔法を使う。魔法を使わない仕事となると、なにがあるのか思いつかないほどだ。


 かといって15にもなってひとり立ちできないのは嫌だ。エスターは誰かに相談したくなって、いろいろと薬を用立ててもらったことのある薬草店に足を運んだ。


「おや、エスターか。いらっしゃい」


「クラウドさん、こんにちは」


 エスターは店内をぐるっと見回してから休憩所の椅子にしょんぼりと腰を下ろす。クラウドがカウンターに肘をついて手のひらにあごを乗せた。


「進路の悩みかな」


「えっ、なんでわかったんですか?」


 驚くエスターにクラウドは口角を上げてみせる。


「この時期の君の年頃の若者の悩みといえばそういうものだよ」


「そういうものですか……」


「君にはいろいろ薬を調合してみたけど、やっぱり魔法は使えないままかい?」


 エスターは苦笑するしかない。クラウドの知っている限りの「魔法を使えるようになる薬」は試してみたのだが、ことごとくダメだったのだ。


「そうなんですよね……。だから仕事のあてもなくて」


「そうか……」


「薬草商、も、魔法使いますよね?」


「そうだね。ポーションを作ったり、ほかの薬を調合したりするのには詠唱が必要だ」


「ですよね……はぁぁ……」


 エスターがため息をついて肩を落とすと、そうだ、とクラウドが呟いた。


「私が森の奥の薬草を採っている話は以前したことがあったよね」


「ああ、なんか覚えてます」


「近々森に行くのに連れている護衛を選び直そうと思っているんだ。君もどうかな」


「……??」


 クラウドの言葉の意味がわからなくて首を傾げたエスターに、クラウドは爽やかに笑ってみせた。


「魔法を使うには魔力がいる。君の大きな魔力を活かさない手はないだろう?」




「【魔力共有】なんてしなくてもじゅうぶん私は戦えます」


 新メンバーの集合早々、エスターの紹介をしたクラウドに、町いちばんの魔法士の少女が言い放ったのはみもふたもない言葉だった。


 エスターは肩身が狭いのを感じつつ、半分クラウドの後ろに隠れる。強気なタイプは苦手なのだ。


「まあまあ、依頼主のクラウドさんが言うことなんだしさ」


 町いちばんの剣士の青年がなだめてくれるものの、なだめきれていない。


 エスターはこんな有名人たちと組まされると思っていなかったので、内心冷や汗が止まらない。


「とりあえず、話は最後まで聞くことだ。な?」


 隣町から来たという闘士の男性がそう言って、ようやく落ち着いたようだった。


 クラウドは織り込み済みだったのか、まったく動じていないふうで話を続ける。


「ありがとう、ヴィック。――そう、たしかに、シェリーほどの魔力があれば森を往復するのはたやすいだろう」


「じゃあ」


「しかし、万が一ということがある。森にはヌシと呼ばれる、大型の魔物がいることがあるというのは、みんな知っているよね」


 全員が頷いた。エスターもこくこくと頷く。


「森の奥に行くからには、ヌシとの遭遇確率も上がる。ヌシの魔力量は未知数だ。そんなとき、エスターがいれば少なくとも魔力量的な安全は保証される」


「…………」


 シェリーと呼ばれた魔法士の少女は考え込むような仕草をする。


「ちょっと一回、やってみていいですか」


「ああ、いいとも」


シェリーはずかずか近付いてきて、エスターの手を強引にとった。エスターは驚いてしまってなにもできない。


【魔力共有】パーティシピイツ・マジケ


 ふわっと体が軽くなった気がしてエスターが目を瞬かせるのと同時に、シェリーがなにこれ、と呟いた。


「意味わかんない量じゃない……」


「えっと、そう、みたい」


【魔力分離】カウジム・マジケ


 エスターの反応に返事はせず、詠唱だけ唱えて、シェリーはエスターの手を離す。


「……わかりました。【魔力共有】、やります」


「納得してくれたようで、なによりだよ」


「えっと……?」


 状況が飲み込めないエスターに、シェリーはジト目を向けた。


「魔力借りるからよろしくって言ってんの」


「あ、はい、こちらこそ……?」


 こうして、なだれるように、エスターの冒険者デビューが決まったのだった。


~~~~~


ウォーレン歴9年 萌芽の月某日 夕方




「いやァ、お互い苦労してきましたネェ」


 そろそろ旅に出ようかというある日、夕食を食べながら、私とアレンさんは珍しく思い出話なんていうものに花を咲かせていた。


 ひととおり話し終わってアレンさんから出た感想に、私は頷く。


「でもなんだかんだ、いろんな人に助けられて今があるんだなって思うなぁ」


「エスターのそういう感謝できるところがァ、なおさら助けたくなるんでしょうネェ」


「えへへ、そうかな」


「そうですヨォ」


 アレンさんに褒められて、私は照れて頬をかく。


 アレンさんにもいろいろ苦労した時期があったんだなぁ。露店商も、最初はうまくいってない感じだったもんね……。


「アレンさんもレイフさんに感謝してるんでしょ?」


「あんな悪友ですがァ、まァそうですネェ。私なんかに構うなんて変な奴ですがァ」


「私も変な奴?」


「そうですヨォ」


「えー」


 こんな他愛ない冗談も言えるようになった。私たちはくすくす笑う。


 そんな人とは違うような苦労をしてきた私たちが出会って、コンビを組んで、お金を貯めて、こうやって旅に出ようとしているんだから、世の中なにがあるかわからない。


「アレンさん」


「はいィ?」


「一緒に王都への旅、頑張ろうね!」


「もちろんですヨォ」


 そのあとも何気ない話をたくさんして、夕食の時間がのんびりすぎていったのであった。

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