新キャラが登場したので
モーラのある日のこと(本編第28話後)
ウォーレン歴8年 爽秋の月 某日 夕方
のっしのっしと森の中をたまに木をなぎ倒したりしながら散策していたモーラは、エスターたちに近付くなと言われたあたりから泣き声が聞こえるのに気付いて足を止めた。
木々の隙間から見える様子だと、人間の小さな女の子がひとりで泣きじゃくっているようだ。周りに他の人間の気配はない。
ふむ、とひとつ小さめにうなったモーラは、少し考えて人の姿に変身する。「ドラゴンが」近付いてはいけない場所なのだから、この姿なら文句もないだろう。
モーラはがさがさと茂みをかきわけて女の子のいるところに出る。
人語は解せるし伝えることもできるが、人語を発声できるわけではないので下手に話しかけるわけにもいかない。仕方なく横から近付いて肩を叩いた。
人間が人間に用事があるときこうするのだというのは、「えらいひと」から教わったことだ。女の子は半泣きのままモーラのほうを向いた。
「だれ……?」
モーラは首を横に振る。次に女の子を指さして、首を傾げてみせた。人間のしぐさは複雑だが、覚えれば造作もない。
どうしたのか、という疑問が伝わったようで、女の子はまた目に涙を盛り上がらせた。
「迷子になっちゃったの……おかあさぁん……」
母親とはぐれるのは心細いものだ。モーラも最近まで母親と行動を共にしていたので、その気持ちはよくわかった。
モーラは森の出口に向かう方向を指さした。もう陽も暮れる。きっと女の子の母親は森を出る方向に向かっているだろう。
「いっしょにさがしてくれるの?」
正確には森の出口へ案内しようとしているのだが。モーラは少し迷った末、頷いた。女の子は顔を輝かせる。
「ありがとう!」
女の子はモーラの手を取る。モーラは驚いて固まったが、女の子は気にしていない様子でモーラがさっき指さした方向に歩き始めた。
「また迷子になったら困るもんね」
女の子の言葉にモーラは納得する。なるほど、たしかにこうして手を握りあっていればはぐれたりしないだろう。
そのまましばらく、特に交わす言葉もなく――というかモーラが話せないのだが――歩いていると、女の子がなぜかまた泣き出した。
「暗いよう……木が魔物みたい……」
たしかに薄暗くなってきたし、見ようと思えば葉を落とした木々が背の高い魔物が爪を伸ばしているように見えなくもない。
人間の子供というのは厄介なものだな、と自分の幼かった頃を棚に上げて思ったモーラは、ふといいことを思いついた。女の子の手をくいっと引く。
「どうしたの?」
モーラがちょうどさしかかった道の分岐点で森の出口と別方向を指さすと、女の子は首を傾げながらもついてきた。
少し歩いたところにある茂みを抜けると――ヒカリゴケの群生地が小さくある。モーラが最近見つけた場所だ。人間はこういうちょっと珍しいものが好きらしい。この女の子はどうだろうか。
「うわぁ……!」
女の子はさっきまで泣いていたのが嘘のように歓声を上げてヒカリゴケに駆け寄り、しゃがみこんでうっとりとそれを見つめた。どうやら成功のようだ。
「きみ、ものしりなんだね! わたしこんなところ知らなかった!」
女の子が嬉しそうに言うので、モーラは曖昧に笑った。ふと近くに人間の気配を感じて、首を巡らす。
「アンナ? どこ?」
「おかあさん!?」
アンナと呼ばれた女の子は立ち上がってきょろきょろとあたりを見回す。モーラは彼女の手を取って気配と声のした方向に引っ張った。
茂みを抜けた道のすぐそこに、母親らしき女性が、こちらも泣きそうになりながら立っていた。アンナは彼女に飛びつく勢いで駆けていく。
「おかあさん!」
「アンナ!」
しっかりと抱き合ったふたりは案内してくれた男の子に礼を言おうとして――そのときには、もうモーラは木々の中に身を隠してしまっていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます