進化論

藍咲 慶

進化論

 私はいわゆる、幸福な家庭に生まれた。治安がさほど良くない国で生まれ育ちながらも、高等学校に通わせてもらっている。片親で、しかも母親。父親は「よく知らない」の一点張りでここまで来た。母親の努力というか、意地みたいなものを感じる。と同時に、どうやって出会って私ができたのか、断片的に想像できても全容は闇であることも事実だ。


 そんな私にも不満はある。例えば、母親のハンバーグはおいしくない。この人、ハンバーグとミートボールの違いが判らないらしい。友達の家で本当のハンバーグを食べて号泣した話は、周りでは有名である。なんてことは、わざわざ言わなくてもいい。当人もわかっているのだ。18歳。青春真っ只中。女性経験が未だない。というか、私も笑ってしまうほどモテないのだ。理由は簡単。不細工だから。


 自慢じゃないが、母親の顔面偏差値はそこそこに高い。そりゃ、加老に加老を重ねてもういい年にはなったが、「お前のおかあさん、かわいいよな」と同級生にだって言われる。昔は、自分を褒めてもらえず気が立ったのは否めないが、今は当たり前だと思ってる。だが、その血統を継ぎながら、それらを凌駕するブサイクの要因といったら父親しかいない。


一体、父親とは? 


 何千回目か知らない疑問を無知な心に問いかけていたら、急に後ろから襲われて誘拐された。



 目の前には不細工な男。いや、鏡があった。前だけでなく全面。広さはプレハブ小屋。狭いとも広いとも断言できないあの広さだ。

「あーあー、きこえるかな?」

 どこからともなく話される声。一瞬肩がびくつく。前ぶりくらいはほしいものだ。

「えー、君に今からチャンスを与える」

 私は黙って聞いた。

「今から出てくる人間を殺せ」

「そしたら、一億あげましょう」

「しかし、相手もまたあなたを狙ってくるぞ」

「徹底的に殺しましょう」

「質問は?」

 殺人などしたことはない。ただ、治安の良くない国ではあったから全くの無縁ともまた違う。それ故か、話の概要は一発でつかめた。

「一つ聞きたい、なぜ私を連れてきた?」

 ウーン・・とひねり出した相手は

「僕が君に関係する人だから? いや、僕が君を見たいからだ」

 変な答えだが、納得したふりをして話を進めた。


「開始の合図で中央の壁が上昇し、相手と向かい合う形になる」

「真ん中のテーブルには、いくつかの武器がある」

「武器は早い者勝ち。どちらかが死んだらまたアナウンスします」

 考える時間もなく、壁が上昇していった。テーブルには、ハンドガン、ナイフ、麻縄の三つ。

「よーい、はじめ」

 向こう側には、うずくまった人が一人。油断させて襲う作戦なのだろうか。どっしりと重いハンドガンを手に取ってじわじわと相手に近づいた。

「や、、、やめて、、」

 髭も髪もぼさぼさの汚い人は弱々しく話した。

「俺は、、お前を、、殺さない、、、だから、、、」

 私は迷った。ここまで命乞いされて迷わないはずもない。一億か命か。普通ならば命をとるだろう。しかし、貧乏人は大金に目がくらむのがセオリーだ。

「おい、、、やめろ、それを離すんだ、、、、頼む、頼むから、、、」

 心の天秤は揺れ動く。しかし、一億という重しは、ぶれた心に響く偉大さがあった。

「     。」

 ハンドガンの威力が強すぎて数歩後退した。目の間には血を吐き出す毛玉。こうした死体は何度か見てきたが、当事者になるとどこか感情に響くものがある。複雑な心情になるが、それもまた一億という蜜がどこかへ隠してくれた。


 遺体は地下へ落とされ、主催者の人間がアナウンスしてきた。

「すばらしい。それでは、約束の一億だ」

 ブリーフケースが乱雑に投げ飛ばされた。

「それと女だ」

 美人が正面の扉から出てきた。

「おい、女なんて聞いてないぞ」

 驚いた私。気があがっている。女性経験がないだけではない。裸体なのだ。

「どうせ童貞なのだろう? 祝いだ、ついでに捨ててけよ」

「ど、どうせって、、」

 どうせで捨てていいものなのか。しかし、迷う意思に反して体は正直だった。

「・・・お願いします。」

 さっき人を殺した人間には見えない程、惨めな祈願だった。

 あんなに深い快楽の沼に陥ったのは、初めてだった。


 解けそうな私と、解け切った女。本能に従った人間は、サルよりも昔の何かに遡っている、とアインシュタインさながらに考察する。

「いやー、正常位うまかったねー」

 別室にいる撮影の監督のごとく、男優を評価した。確かに、思った以上に体は動けた。

「なんか、体が動けただけだ」

 ほうと主催者は本心を少しあらわにした。数秒沈黙を過ごした後、

「お疲れ様。じゃあ、正面ドアから出って行っていいよ」

 とあっさり私を解放した。美女はというと、こっちも見ずにただ寝ころんでいた。もう一発叩き込んでやろうかと思ったが、弾切れだったからやめた。


「くくく」

 笑う。笑っている。主催者。彼はもう人ではなかった。瓶に詰められた脳、そこから延びるコードとPC、そして無駄にデカいモニターが彼だった。


レポート13258:殺傷に関する身構えはもう消えたといっても過言ではない。しかし、フューチャーすべき勘の発達は未だなし。殺した相手が父親だと気づきもしなかった。残念。しかし、迷いがあったので、成果が無いわけでもない。一方の繁殖行動は、ズボン越しで射精した情けない頃よりも成長、三回も内出した体力、男気は同性である私の脳内麻薬をここ300年で一番出させた。実験終了も、遠くはない。


 美女は風俗嬢のような、ゆったりとした服を着ていた。

「君は、彼の子を産むんだ。そして、彼を超えた彼を育て上げろ。金はやる」

 美女は、こくこくと黙って頷き去った。

電話が来た。

「最新レポート読みました。素晴らしいです!」

「ありがとう。それで君はいくらくれるのかい?」

「十年二億ドルの契約でしたが、十年四億に変更してください。」

 わかった、と脳は無い口を大きくゆがめて笑った。


「                                  。」

 進んだ先には牢獄のような一室。そして、さっき撃ち落とした毛玉が血を流しながら目を合わせてきた。無論、首から下はない。

I killed him.

 アタッシュケースをおとしながら、現実を見た。声になってない声が、不細工な顔から飛び出た。

 自殺しようとした。刃物か何かで刺し殺そうと。でも、

「そんな楽に死ねて、いいよな」

 という、毛玉の声が聞こえた。自殺することも罪な気がして、天罰が来るまで私は待ちつつけた。

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