人権没収

珈琲月

死刑の代わりに私刑が合法化された世界

 20XX年、人権停止法が施行された。極刑相当の判決が下された被告に対し、日本国憲法で保障された権利のすべてを剥奪するというものであり、死刑廃止と共に作られた刑罰である。


 そして、一人の男がこの法により人権没収の刑を受け、首に爆弾付きのGPSセンサーを付けられて裁判所を追い出されたのであった。この男は以後、同姓同名の者に配慮して人権停止23号(以後、23号)と呼称されることになった。


 23号の犯した罪は、放火殺人である。突然婚約破棄をされたことに腹を立て、元婚約者とその母を殺害。家に火をつけて逃亡したのだ。


「俺はただ、知りたかったんです。どうして、俺を突然拒んだのか」

「火をつけたのは、わざとじゃありません。投げ捨てたタバコの火が、消えてなかったんです」


 裁判所での彼の発言は、反省の色なしという以上の評価を受けることはなかった。そして、彼は人権を失った洗礼を真っ先に浴びることになる。


「被人権没収者以外の方に、物を投げないで下さい!!人権を停止されていない方への暴力はやめてください!!」


 マスコミや被害者遺族からの罵声を浴びながら人権停止法の廃止を求める会(以後、廃止会)会員数名に守られ車に入ろうとする中、23号は警備員による制止の言葉を耳にした。


 警備員がいるのは自分のためではなく、「正義の味方」から市民団体を守るためであることが否が応でも身に染みたのだ。


「23号さん。これから安全な場所に案内しますね」


「高橋!その人は、鈴木さんだ!番号で呼ぶな!」


「そうだな。番号で彼を呼ぶことは、あの悪法を肯定することになる」


「すみませんでした!」


「――いえ」


 廃止会の車がどこかへと向かう途中、誰かのスマホが鳴り助手席に座っていた男が通話すると声を荒げた。


「え……?あ、ちょ、ちょっと待ってください!!素性を偽っていたことは謝ります!しかし……!!」


「どうした、田中?」


「私たちの正体が、先方にばれました。宿泊所から被人権没収者ひとでなしに貸す部屋はないと言われました。キャンセル料は取らないそうですが、全国の組合に通知するとのことです。反社からお金をいただくわけにはいかないと」


「誰が、反社だ!反社は国じゃないか!人権泥棒のくせに……!!」


 廃止会は偽りの団体名を使い、とあるホテルに予約をしていた。だが、それがばれたらしく反社扱いによる宿泊拒否をしてきたらしい。


 何故ばれたのか、それはスマホをいじっていた一人の男によって知ることになった。


「SNSに、俺たちが使っている偽名が全部バラされてるんだ」


「――この車のナンバーもです」


「何だ?その、えすえぬえすって?」


「インターネットで、世界中に俺たちのことをばらしてるやつがいるんですよ!全世界に向けて!」


「ぜん!?……いったい、誰がそんなことを!?」


「会長だ。会長は辞任。現在空席って、自分のことを伏せて会員情報までさらしてやがる!!辞めるなんて、一言も言わなかったくせに!!」


 廃止会の会長は、23号に妻と娘を殺された男だった。事件が起こる前は熱心な人権停止法廃止論者であったが、事件の後は会に顔を出すことはなくなっていた。


「俺は、被害者のことを何も考えてはいなかった」


 伊藤という会員の息子が23号と十年前に同級生だったということで、そこの家で預かることになった。


「あの鈴木が、名実ともにひとでなしになるとはな」


 正直な話、23号はこの息子には覚えがなかった。かつては、同じ学校の同じクラスにいたらしく名前を聞くと「ああ、聞いたことはある」とは思うが、顔は出てこない印象の薄い男だった。


 この男の部屋は、フィギュアが多く並ぶオタクの部屋そのものだった。妻なり恋人なりはいないのか23号が尋ねると、「そんなものは、要らん」という答えが返ってきた。


「女は二次元、あるいは2.5次元で十分だ。そもそも、お前がひとでなしになったのは、三次元の女が原因だろう?――おっと、俺殺すなよ。人権がなくなり、ひとでなしになったお前は二度と法で裁かれることはない。ヒトを殺した害獣に待っているのは、問答無用で殺処分だ」


 人権停止法が施行される前には、死刑制度があった。その方法とは通称、奈落。地面に掘られた高さ3m、広さ3mのステンレス鋼でできた円柱状の空間に投げ込まれて閉じ込められ、水も食料も光すら与えられず放置されるというものだ。


 放り込むのは、それ専用に作られた人工知能搭載型の重機なので暴れても支障がない仕組みになっていた。死刑が廃止された今では害獣となった被人権没収者を投げ込むのみとなっている。


「お前以外の人でなしは、変死と奈落に落とされたのが半数ずつだったかな。生きているのは、お前ともうひとりだけだったはずだ。そいつは、親父たちの会本部のビルにいる。なのに、何でお前はそこに行っちゃ駄目なんだ?」


「会長が、本部のビルにいるらしい。俺が殺した女の父親が」


「そいつは、詰んでるねえ」


 違憲立法審査権で人権停止法を廃止にすれば、まだチャンスはある。それが、廃止会の主張だった。だが、それも風前の灯火である。


「渡辺。23号はどこにいる?」


「仮にもここにいた身で、彼を番号で呼ぶな。第一、そんなことを聞いてどうするつもりだ。会長。いや、もう辞めたから斎藤と呼んだ方がいいか?」


「口の利き方には、気を付けろ。このビルの持ち主は、誰だと思っている?答えないと、お前らを不法侵入で訴えるぞ。そうすれば、あのひとでなしは奈落だな」


「ヒトとしての心を、捨てたのか?」


「違うな。捨てたんじゃない。捨てられたんだ。私の心を!家族を!家を!私が生きてきたあかしを、あのひとでなしに全て!!」


 斎藤の鬼気迫る憤然とした声に辺りは水を打ったように静まり返った。


「会長。それでもあなたは、彼を許さなければなりません」

そう口火を開いたのは、高橋だった。


「会長。あなたは事件の被害者に対して、遺族に対して何を言い続けてきましたか?死刑は反対だ。人権没収も反対だ。被害者は、加害者を赦さなければならない。ヒトは、何度失敗してもやり直すことができる。国は、個人からその機会を奪ってはならない。それが国民主権なんだと、言い続けてきたじゃありませんか!違いますか?それなのに、自分の身に降りかかったら知らん顔だなんて卑怯です!!あなたは、鈴木さんを赦さなければならない!!それが、あなたに残された生きた証なんですから!!」


 彼女の言葉を皮切りに他の会員たちもそうだそうだと便乗の声を上げたが、斎藤の「黙れ!!!」という渾身の一括に場は再び静まった。


「今までの自分を否定するつもりはない。それをしては、私の過去をすべて燃やしてくれた23号と何も変わらない。だが、あれとは決着をつける必要がある」


「私たちが立会いの下でなら対話の機会を設けよう」


「お前は、本当に自分の立場が分かっていない」


 斎藤がそう言うと、パトカーのサイレンが聞こえてきた。


「通報済みだ。不法侵入者ども」


 実は、斎藤の目論見は外れていた。もうひとりの人でなし、人権停止19号は彼が来るとっくの昔に逃亡していたのだ。この者が犯した罪は、強盗及び人質殺害罪であり、他人を置いて逃げるのには慣れている。


 だが、彼女は翌朝変死体で発見された。かつての仲間に体を弄ばれてから殺されたのだろうというのが警察の判断であり、被人権没収者である彼女の死体は廃棄物として処理された。


 これで、ひとでなしは現状一人しかいない。斎藤は伊藤の家を訪ね、23号を出すよう要求すると、観念した伊藤は彼を引き会わせるのだった。


「久しぶりだな」


「お久しぶりです。この度は、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる23号をただじっと見ていた斎藤は、彼にふたりを殺めたことを後悔をしているかを聞いた。


「殺すつもりじゃなかったんです。ただ、どうして俺から心が離れたのかを知りたかった。メールで婚約破棄してきて、もう二度と姿を見せないでって。そんなの納得できません。でも、彼女はおびえるばかりで何も話してくれなかった」


「娘が君と婚約破棄をした理由は、私にも分からん。それを聞くと、激しく取り乱すんだ。私は君に、何か暴力でも振るわれたのかと思ったがね」


「彼女に手を挙げたのはあれが最初で最後です。俺、もうどうしていいかわからなくて……」


「そうか。では、死ね」


 斎藤がそう言って何かの装置の様なものに着いたボタンを押すと、BEEP音がしたかと思うと首輪が爆発し、23号の頭は胴体から離れ離れになった。


「起爆装置だと……?まさか、国から支給されたのか!?」


「死刑廃止なんて嘘っぱちだよ、伊藤。ひとでなしから人権を奪い、爆弾付きの首輪をつけ、遺族に起爆装置を渡して殺させているんだこの国は。だが、合理的ではある。死刑が大っぴらに行われていた時には、職員とは言え赤の他人が死刑囚を殺していたんだ。それより恨みを持つ遺族に殺させる方が、ストレスも小さい」


「お前は、人を殺したんだぞ!!分かっているのか!!」


「そうだな。殺さなきゃ、殺されなかった。それだけだ」


 斎藤は警察に自ら通報したが罪に問われることなく、ひとりで静かに日々を暮らしている。

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人権没収 珈琲月 @bluemountainga_1bansuki

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