七月七日のメッセージ

私池

第1話

「翔太、機種変更前のスマホは電話以外ならまだ使えるのか?」

「家の中か、無料Wi-Fiのある所で登録したら使えるよ」

妻に先立たれて十三年、山崎陽平は息子の翔太に確認していた。

来月から使えなくなるこの古いスマホは、優しい嘘を本当にする魔法のスマホだから手放したくなかったのだ。


◇◇◇◇◇


三十代前半で上場企業の営業課長だった陽平は、将来の幹部候補として朝早くから夜遅くまで働いていた。

仕事はキツいがやりがいもあり、何より陽平はこの仕事が好きだった。


そんなある日のこと、病院から勤務中の陽平に一本の電話が掛かってきた。

「もしもし、こちら薮無総合病院の加藤と申しますが、山崎陽平様でいらっしゃいますでしょうか」


妻の美津子が買い物中に倒れたと。

陽平は病院に駆けつけた。

担当医から言われた病名は「再生不良性貧血」。

美津子の場合、原因は不明で症状としてはステージ4と重いため、入院して免疫抑制療法を行いながら適合するドナーを探して骨髄移植を行うとの事だった。


陽平は息子の育児と妻の見舞いの為に、時間が不規則で長時間になりがちな営業職を諦め、総務部へと転属した。

平日日中は行政サービスを活用して息子を育て、夜は妻とSNSでチャットをし、休日は息子と一緒に妻を見舞った。


不謹慎だと思ったが、妻との会話が増え、子供との触れ合いも増えて陽平は「仕事も面白かったけど、こういうのもいいな」と思うと同時に、家事と育児を一人でやっていた妻の大変さと、それを続けてくれた妻への感謝と尊敬の念を持たずにはいられなかった。


そして二年後、適合者が現れないまま翔太が小学五年生の時に美津子は静かにその一生を終えた。

仕事を理由にしないでもっと沢山話して、家族の、夫婦の思い出を作ればよかったと陽平は生まれて初めて心の底から後悔した。


そんな陽平に美津子は一冊のノートを遺していた。

そこには出会ってから今までの二人の事、翔太を育てる時に気をつけてほしい事、陽平に対する美津子の想いが切々と綴られていた。

陽平はそのノートを泣きながら何度も何度も読み返した。


妻が亡くなっても生活していかなければならない。 せめて妻の分まで翔太を育てよう。

陽平は会社からの営業職復帰の打診を断り、そのまま総務に残った。

まだ若かった陽平に、再婚の話や女性を紹介する話、それに社内の女性からの告白もあったが、陽平は独身を通した。


一周忌を過ぎて初めての陽平の誕生日、七月七日午前零時にSNSで陽平にチャットが届いた。

相手は死んだ筈の妻、美津子からだった。

なりすましか? しかしチャットメッセージ(メッセージ)の内容は陽平と美津子以外知らない内容が書かれていた。

一瞬霊界からか、などとも思ったが、不思議と怖さはなかった。

書かれていたのは陽平への感謝、陽平と会えて良かったこと、早くいい人を見つけて再婚して、陽平と翔太に幸せになってほしい、だった。

そのメッセージに何通も何十通もリプライしたが、返答はなかった。


メッセージは毎年七月七日午前零時に届いた。

毎回300字にも満たないメッセージだったが、そこには美津子の陽平に対する想いが綴られていた。

陽平は毎年そのメッセージを楽しみに待ち、それを泣きながら読んでいた。

メッセージは翔太が、二十歳になるまで続いた。



翔太が就職し、会社の寮に引っ越した。

翔太が引っ越した後の部屋を掃除していた時、一冊のノートを見つけた。

ノートの字は亡き妻美津子のものだった。

陽平は悪いと思いつつそのノートを見た。


翔太へ


まだ翔太が小学生なのにもう一緒にいてあげられないお母さんを許してください。

そして、翔太にしか出来ない四つのお願いをきいて下さい。

・勉強もスポーツも無理はしないでください。 翔太は頑張り屋さんだけど、お母さんは頑張りすぎる翔太が心配なので。

・優しい子のまま大きくなってください。 ずっとお母さんの大好きな優しい翔太でいてね。

・翔太も素敵なお嫁さんを見つけて、幸せな家族を作ってください。 

・最後にお母さんのスマホを渡すので、毎年お父さんの誕生日に、お母さんの代わりにメッセージを送ってあげてください。

お父さんが誰かと結婚することになったら、一番最後のメッセージを送って、終わりにしてくださいね。


次のページから

翔太の歳とその時に送るメッセージが綴られていた。

最後のメッセージは送られて来なかった陽平が再婚した時用のメッセージだった。


その後には美津子が翔太に宛てたメッセージがノート一杯に綴られていた。


美津子はどんな想いでこのノートを翔太に託したのだろう。

翔太はどんな思いでこのノートを読み、毎年メッセージをくれたのだろう。

美津子の想いと翔太の優しさに、陽平は泣いていた。

自分が翔太を育てただけじゃなかった。 

自分も美津子と翔太に支えられて生きていたんだ。


陽平はそっとノートを元の場所に戻した。


その夜陽平は酔い潰れた、陽平が酔い潰れたのは美津子を失った時以来の事だった。

しかし前回とは違い、陽平の寝顔は幸せそうだった。 

まるで夢の中で美津子とおしゃべりしているかの様に。

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七月七日のメッセージ 私池 @Takeshi_Iwa1104

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