第144話 イキリ野郎は噂と共にやって来る

 その日、麗衣は午前中に早退した。


 本来入院していてもおかしくない状態なのだが、麗解散の決意を告げるために無理矢理学校に来ていたのだろう。


 麗衣も居らず、勝子も居ない。


 クラスメイトも俺達が暴走族潰しのチーム『麗』のメンバーである事は知っている様なので、何やら不穏な噂が流されている様だが、どんな噂なのか友達が少ない俺が知る由もない。


「はぁ……全く……酷い噂になっているわね」


 恵は溜息を吐きながら俺に言った。


「どんな噂なんだ?」


「麗は聞き込みを行っていたら暴走族に返り討ちにされて、それで麗衣さんも周佐さんも怪我をさせられたって」


「はぁ? 負けたのはファントムの方だって言うのに、何で逆の噂が流れているんだ?」


「多分、周佐さんが学校に来ないし、麗衣さんも顔があんなに怪我をしていたから、そういう噂がながれちゃったんじゃないのかな?」


 聞き込みを行っていた勝子が撃たれたのは事実だが、その後の喧嘩では勝利している。


 嘘で人を信じ込ませるには一部事実を混ぜることだと聞いた事があるが、実際に麗衣があんなに怪我をしていれば、信じてしまう奴等も多いだろう。


 何者かが悪意を持って俺達の事を貶めようとしているという事か?


「ふざけるなよ。俺達がどれだけ伊吹に苦しめられたか、激闘の末にやっと勝てたのに……そんな事も知らないで何も知らない連中が勝手な事を言いやがって!」


 俺は机を叩いて立ち上がると、シンと教室が静かになった。


 そこへ、別のクラスの柄が悪い連中が徒党を組んで俺の前にやってきた。


「よぉ! コバンザメ小僧!」


 ツイストアップバングの髪形。胸に金色の十字架をモチーフとしたアクセサリーを首に掛けた、如何にも軟派風のヤンキーが俺に声を掛けて来た。


 何か昔俺に絡んできたような薄っすらとした記憶があるけど―


「お前誰だっけ?」


 名前も思い出せず、本気で悪く思い率直に訊ねると、額に血管を浮かび上がらせながらニラ臭い顔を俺に近付け、メンチを切って来やがった。


厚鹿文高志あつかやたかしだ。ジム見学しに行った時テメーと会っているだろ!(ヤン女と心中第35話)」


 ああ、そう言えばそんな奴も居たな。

 言われてみれば、初めてジムに見学に行った時、厚鹿文と見学に来た二人の男も一緒に居た。


「思い出した。で、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードを潰したお前が何か用か?」


 徒党を組んでイキっている辺り、どーせ碌な用事じゃないだろうから友好的に接する必要はないと判断し、俺は厚鹿文が以前ついていた嘘にかけて皮肉を言うと、厚鹿文は目を見開いて怒りを露にしかけたが、すぐに冷静さを取り繕い、こちらを嘲笑する様に言った。


「ハッ! 美夜受と周佐がやられたんだってなあっ! で、女の尻に隠れてイキってるお前の後ろ盾が今いねえぇんだよな!」


 厚鹿文の台詞で俺の中に黒い感情が渦巻き始めた。


「だから、テメーの化けの皮を剥いでやるよ! 屋上まで着いて来い!」


 自分ではイキっているつもりなど全く無いし、寧ろ麗衣達からは下僕の様な扱いを受けているのだが、コイツ等の目にはそんな俺ですら気に入らないらしい。


「そういう訳らしい恵。止めないでくれよ」


「普段なら校内での喧嘩は認めないけれどね、一寸カチンときたから私も行くよ」


 恵がそう告げると、厚鹿文達はどっと笑いだした。


「ひゃははっ! マジかよコイツ! やっぱり女に守って貰うつもりかよ!」


 ゲラゲラと笑い出す厚鹿文を見て、つくづく救いようのない奴だと思った。


「勘違いするな。恵は俺がやり過ぎないか止めてくれるだけだ。お前等程度、俺一人で充分だ」


「ああ! 上等じゃねーか!」


 こうして身の程知らずの連中と共に屋上へ向かった。



 ◇



 四人倒すのに二分かからなかった。


 一番弱かったのが厚鹿文で、踏み込んで来たところにカーフキックの一撃を合わせたらそれだけで足を抱えて倒れ込んで立ち上がれなくなり、他の二人も肋骨打ショベルフックちで一発で地べたを舐めさせた。


 自称柔道経験者とやらだけ少し粘ったが、捕もうとする手をパリングで払うと共に、左ストレートや左フックを連打し至近距離への接近を許さず、上体を意識させて腕が上がったところで右ミドルキックを放つと、一撃で腹を抑えながら悶絶して、地面に蹲った。


 そもそもサンドバッグを蹴るだけで音を上げていた様な奴が、一日四時間週六日間格闘技の練習をしているこの俺に勝てるわけがない。


「あーあ、だから余計な事言わなきゃ良かったのにね」


 恵は大して同情もせずに言った。


「誰がコバンザメ小僧だって? 言ってみな?」


 俺は恐怖により涙目で震える厚鹿文の襟首を掴んで訊ねた。


「さっきセンスの無い冗談を聞いたような気がするけど、誰がコバンザメ小僧だって?」


「ひっ! あっ……アレは嘘です! ゴメンナサイ!」


 まぁ俺に関して言われたことは如何でも良いのだが、それよりか俺はコイツの重大な過ちを正す事にした。


「一つ勘違いしているが、俺達『麗』はファントムに勝ったんだよ。それを下らない噂を信じてるんじゃねーよ」


「はっ……ハイ! 分かりました!」


「あと、お前が鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードを潰したと言う嘘を吐いても麗衣が見逃していたのは、お前が取るに足らない雑魚だから相手にしなかっただけだ。でも、俺はアイツみたいに優しくないからな」


 俺はスマホを取り出し、以前、勝子と澪等が撮影したヤキを入れられた暴走族連中の動画を厚鹿文に観せてやると、厚鹿文の表情はみるみるうちに酸欠したのかと疑う位青くなっていた。


「ハイ! 二度とこんな事しません! だから勘弁して下さい!」


 澪の言い方を借りるなら「恥ずかしい動画」は効果てきめんだった。


 今度ちょっかいをかけて来たら、お前等がこうなるぞと言う脅しになった。


 厚鹿文達は土下座をして俺に詫びたが、余りにも手応えの無い勝利に虚しい気分にしかならなかった。

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