第84話 吾妻香月の過去④ 女装の理由

「小さな嘘より大きな嘘に大衆は騙される」


「嘘も100回言えば本当になる」


「嘘も毎日つけば真実になる」


 パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス





 あの事件から1ケ月後―


 まだ登校できない香織ちゃんがレイプされたという情報が学年中で知れ渡っていた。


 勿論、澪ちゃんや静江ちゃんがそんな話をする訳無いが、口の軽い先生によって知られてしまったらしい。


「テメェ! それでも教師かよ!」


 授業中であるにも関わらず、口を滑らした男性教諭に澪ちゃんが掴みかかった事が却って噂の信憑性を増してしまったのだ。


「クソっ! 私のせいだ!」


 放課後、澪ちゃんは壁を激しく叩きながら後悔していた。


 澪ちゃんとしては良かれと思ってやったことだし、現状一番香織ちゃんの支えになっているのは澪ちゃんなんだ。


 だから、香織ちゃんの為に何もする事が出来ない僕が、澪ちゃんがやった事を軽薄な行動と言って非難する事は出来ない。


「僕だって多分同じ様に先生に殴り掛かろうとしたかも知れないし、それどころか本当に殴っていたかも。殴らなかっただけ澪ちゃんは偉いよ」


 でも、これで香織ちゃんは益々学校に行きづらくなってしまった。


 勝気な性格な上に派手で目立つ香織ちゃんが元からあまり評判が良くないのも手伝って、自分から相手を誘惑しただの、もっと悪質なものでは強姦された時の様子までまことしやかに語るものまで現れているらしい。


「香織がレイプされた噂をする奴をイチイチ締めていたらキリがねーし、却って怪しまれるだけだろうしな……如何すりゃいいんだ」


 転校でもしない限り香織ちゃんは卒業するまで好奇の視線に晒され続ける事になる。


 こんな雰囲気の中、傷心の香織ちゃんに学校に来いなんてとてもじゃないけど言えない。


 でも、このままじゃ学力的にも単位的にも高校に進級する事すら困難になってしまうし、下手すれば留年もあり得る。


 時が解決してくれるなんて悠長な事も言っていられない。


 一体如何すれば良いんだろう……。


 そんな事を悩んでいると、静江ちゃんがスマホに写った画像を僕に見せた。


「うわ……こんな写真、何時の間にか撮ってたの?」


 ディスプレイに写っているのは文化祭の時に撮った写真だった。


 僕は香織ちゃんに借りた女子生徒用の制服姿をして、澪ちゃんは男子の制服を着ていた。


 僕と香織ちゃんのクラスは仮装カフェをしていて、お客の中から抽選で一名、仮装している僕と写真を撮らせてあげると言う恥ずかしいイベントを行っていたのだ。


 当選者から強引に抽選券を奪い取った澪ちゃんもノリノリで男装して僕と一緒に写真を撮った、いわば僕の黒歴史だった。


「うん……カズ君には悪いけど、この写真。香織ちゃんに送ったら少しは元気になってくれるかなぁ? って思って」


「おお! 良い考えじゃねーか! カズも女にしか見えないから、これなら香織も大丈夫だろ?」


「ふふっ。澪ちゃんもイケメンにしか見えないけどね」


「美男美女のカップルで良いじゃねーか。ははははっ!」


 僕は恥ずかしいから嫌なんだけれど……いや、待てよ。その手があったか!


「ねぇ、静江ちゃん。予備の制服あるかな?」


「うん。二着あるけど、如何して?」


 僕は思いついた事を静江ちゃんと澪ちゃんの二人に告げた。



 ◇



 次の日の放課後。


 僕達は香織ちゃんの家に行くと、僕の姿を見たおばさんに驚かれたけれど、事情を話すと、戸惑いながらも家の中に入れてくれた。


「かおりいっ! 良いモン拝めるぞ! カズに会ってヤレ!」


 先に香織ちゃんの部屋に入った澪ちゃんが大声で言うと、少しだけ開いたドアから香織ちゃんが恐る恐る覗くと、僕の姿を見ると表情が一変して口を手に当てて目を見開いた。


「え? もしかしてカズ君? ナニその恰好? 如何したの?」


 驚きながらも前の様に怖がらずに僕を見てくれた。


 恥ずかしさよりも香織ちゃんが僕に話をしてくれた嬉しさの方が勝った。


「いやぁ……僕。今まで隠していたけれど、実は女の子になりたかったんだよねぇ~」


 僕は静江ちゃんから借りた女生徒用の制服を着て、嘘を吐いた。


「そっ……そうだったんだ。……前も観た事あるけど、やっぱり凄く可愛い!」


 久しぶりに香織ちゃんが笑顔を浮かべてくれたことで、僕の中にあった迷いは消えた。


「で、僕、明日から自分を偽るのを止めて、前からしてみたかった女の子の制服で登校するつもりだけど、女子力が高い香織ちゃんに女の子の事教えて欲しいなぁ……って思ったんだ」


 寧ろ今の自分の行いが偽りであるのだから、我ながらとんでもない嘘を吐いているが、もう後戻りは出来ない。 


「うん! 分かった! まだ一寸怖いけど、あたしも頑張って学校に行くから!」


 香織ちゃんは部屋から出てくると、僕の事を前の様に恐れる事も無く手を握ってくれた。


 こんな恥ずかしい事は無いけれど、香織ちゃんが笑ってくれるなら後悔は無かった。


 翌日。


 僕の姿と香織ちゃんの登校は学校中の話題になったけれど、香織ちゃんがレイプされたと言う話題以上に僕の姿が注目され、香織ちゃんに向けられる好奇の視線を幾らかでも妨げる事が出来たのは幸いだった。


 それから澪ちゃんは髪をショートにして口調を「俺」に変えて、わざと男らしく振舞う事により香織ちゃんの男嫌いを少しでも和らげようとしてくれた。


 そして、男子から「非処女=すぐにやらせて貰える」と勘違いされている香織ちゃんや、女装の真の目的も知らずに僕との交際を迫る男子から守る為に、澪ちゃんは僕と香織ちゃんの事を「恋人」と称する様になり、意図が見抜かれない様に静江ちゃんも巻き込んで疑似ハーレムの様な集団を創ったのだ。



 本音ではやりたくない女装。



 嘘で塗り固められた偽りの恋人関係。



 でも、後悔はない。



 大好きな香織ちゃんが笑顔で居てくれるなら、僕は何者にでもなるつもりだった。

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