第3章 女装美少年の理由

第81話 吾妻香月の過去① 大好きな子に起きた悲劇

*一部グロテスクな描写がある為、苦手な方は注意してください。


 僕……吾妻香月は幼馴染の吉備津香織ちゃんに恋をしていました。


 小さくて女の子みたいな顔をしていたから、よく苛められていた僕を庇っていてくれた香織ちゃん。


 空手をやっていて強かった彼女に憧れて、僕は柄にもなく柔道何か始めたりしたのは香織ちゃんに男として認めて貰いたかったからだ。


 稚拙な動機な事は分かっている。でも、こんな僕の努力は無駄であった事をあの日痛感させられた。


 あの日の翌日から、香織ちゃんは不登校になった。


 教師からも理由を聞かされず、同級生で香織ちゃんと仲が良い静江ちゃんや澪ちゃんですら連絡を取れない状態だった。


「香織が心配だな……皆で見舞いに行くか」


 香織ちゃんと一番仲が良くて僕達のグループでは頼りになる姉御的な存在の澪ちゃんの提案で、僕達は香織ちゃんの家に行った。



 ◇



 最初の数日間は香織ちゃんのおばさんは理由も言わず僕達を香織ちゃんに会わせてくれなかったけれど、放課後に根気よく香織ちゃんの家に通い詰めると、ようやく家に入れてくれた。


 可愛らしい花柄のネームプレートにKAORIと書かれた部屋の前に立つと、おばさんはドアにノックした。


「香織……お友達が今日も来てくれたよ。いい加減に会ってみたら?」


 部屋からは返事が無い。

 何回かノックを繰り返し、痺れを切らしたおばさんはドアノブに手をかけた。


「香織……入るわよ……良いわね!」


 きつめの声で宣言すると、ドアを開け、おばさんが香織ちゃんの部屋の中に入った途端―


「きゃあああっ! 香織! 何してるの!」


 おばさんが悲鳴を上げたので、只事ではないと思い、失礼を承知の上で僕達は許可なく部屋の中に入った。


「おばさん! 如何したんですか……なっ!」


 部屋の中の惨状を見て、僕達は皆言葉を失った。


 転がる椅子。


 咽返りそうな排泄物の悪臭。


 そして、悲惨な光景で胃液が逆流しそうになった。


 失禁して汚れたパジャマ姿の香織ちゃんはネクタイを縄代わりに天井に吊り下げ、首を釣っていたのだ。


 作り物めいた蝋人形の様な青白い顔をした香織ちゃんは全身の力が抜けており、既に息をしている様には見えない。


 先週にはあんなに楽しそうに笑っていた香織ちゃんが何で―


 救助活動をすべきなのに、僕は思考停止して動く事すら出来なかった。


「いやああああっ! かおりいいいいいいっ!」


 気が動転したおばさんは泣きながら膝を着いた。


「おっ……落ち着いてください! とにかく香織を引き下ろします!」


 僕達が目の前の現実を受け入れられず呆然とする中、澪ちゃんは転がっていた椅子を持ってきてそれに乗ると、天井に掛かっているネクタイを外して香織ちゃんを下に降ろした。


「静江! 今すぐ救急車を呼んでくれ! 私は香織の気道を確保する!」


 この頃、まだ自分の事を「私」と呼んでいた澪ちゃんは静江ちゃんに素早く命じた。


「うっ……うん! 分かった! おばさん! 電話借りますね!」


 まだスマホを持っていなかった静江ちゃんは玄関付近にあった電話機の場所へ向かうと、澪ちゃんは額から頭部に手を当て、他方の手の人差し指と中指で香織ちゃんの顎先を上方に押し上げ気道を確保しようとした。


「クソっ! 呼吸が回復しない!」


 澪ちゃんは頭部後屈あご先挙上法という一般的な気道確保の方法が上手くいかなかったため、澪ちゃんが頭に置いた手の親指と人差し指で香織ちゃんの鼻をつまみ、澪ちゃんの口から香織ちゃんの口に、胸が膨らむまで2秒ぐらいかけてゆっくりと息を吹き込んだ。


 これを5秒に1回のペースで2回行い、香織ちゃんの反応を見たが、呼気は感じなかった。


「咳が出ない……心停止か? クソっ! 何があったか知らねーけど絶対死なせねーぞ!」


 澪ちゃんは香織ちゃんのわきに位置して、香織ちゃんの左右の肋骨が合流する地点から指1本分上の胸骨が圧迫部位の基点とすると、ここにもう片方の手の付け根を置き、両手を重ねて心臓マッサージを始めた。


 圧迫は肘をまっすぐにして体重をかけ、胸骨が3.5~5.0cm下方に圧迫されるように行い、1分間100 回の速さで行う。


 澪ちゃんは額から汗を流しながら、根気強く人工呼吸2回と心臓マッサージ 15 回を1セットとして、繰り返し香織ちゃんに施していると―


「ゲホッ! ゴホッ!」


 香織ちゃんが苦しそうに咳込み始めた。


「良かった! 呼吸が戻ったぞ!」


 澪ちゃんが安堵した表情で言うと、家の外から救急車のサイレンが聞こえてきた。


 こうして救急車に運ばれた香織ちゃんは澪ちゃんのお陰で一命を取り留めたけど、僕は唯々澪ちゃんの救助を見ている事しか出来なかった。





 上記は柔道の救急マニュアルを参考にしましたが、数年前に防災訓練の時に消防士さんから救助活動の方法を教わった時、昔は人工呼吸していたけれど今は良くないと言われているとか聞きました……何が正しいのか詳しい方は教えて下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る