第80話 "ファントム"伊吹尚弥

 翌週には大型連休ゴールデンウィークを迎える四月のある日。


 神奈川県の温泉街にあるホテルの廃墟にある駐車場に三人の少年が集まっていた。


 誰も使っていない駐車場に赤い車体のジープ・ラングラーのボンネットに座る小柄な少年はスマホを弄りながら二人の少年に訊ねた。


「リベリオンのオッサンどもからミカジメ巻き上げたか?」


「ああ。キッチリ三千万揃ってるぜ。なぁ、柏」


 身長180センチ半ばのワイルドツーブロックの髪型をした、恰幅の良い少年は満面の笑みを浮かべながら答えたが、その隣で、ツーブロックにベージュ系ハイトーンカラーのスパイラルパーマをかけた身長175センチぐらいの柏と呼ばれた少年は疲れ切った表情で答えた。


「全く……数えるの大変だったよ……今時現ナマで諭吉三千枚って……キャッシュレス化推進している政府の方針と真逆じゃん?」


「俺は諭吉好きだけどな」


「へぇー、阿蘇君って脱亜論とか知ってるの?」


「ダツア・ロン? 誰だソレ? アメリカ人の名前?」


「……諭吉好きって言うけど、どんな人なのかも知らないんじゃん。てか、一万円札が好きなだけじゃん」


「んだよ、ワリィかよ?」


 頭の悪そうな阿蘇を柏が揶揄うと、本気でキレかけている阿蘇を無視して、ボンネットに乗る小柄な少年は話を始めた。


「お前等ご苦労。これでリベリオンから搾れるだけ搾ったからもう用無しだ。アイツ等は解散して逃げるつもりかも知れねーが、俺達と言う防波堤が無ければソッコーで静岡のヤー公連中にカチコミ喰らうんだろうけど知ったこっちゃねーな」


「そうだねぇ~。また叛逆之守護者ガーディアン・オブ・ザ・リベリオンのオジサンたちが泣きついてきたら助けてあげるの?」


「そりゃあアレだろ。地獄の沙汰も金次第ってヤツだろ?」


「へぇ、阿蘇君でも知ってる諺あるんだ! 驚いたよ!」


「テメェ! イチイチ喧嘩売ってんのか!」


「ヤルかい? 確かに昔は君の方が強かったけれど、今の僕がそうは行かない事ぐらい君の図体の割には小さな脳みそでも分かるだろ?」


「あ? 俺だって昔の俺よりずっと強くなってるぜ! 周佐だってぶっ殺してやらあ!」


 この二人は仲間であると言う割には仲が悪いのか?


 事あるごとに対立している様だ。


「まぁ、お前等、その元気は麗を潰すのに使えよ」


 ボンネットに乗った一番背の低い少年が相変わらずスマホから目も離さずに静かに言うと、二人は口を閉ざした。


取石鹿文とろしかやの情報だと麗の連中、今度は族じゃなくて首師高校ひとごのかみこうこうとやらを潰したらしいな。お前等の地元と近いんだろ?」


 柏と阿蘇の二人は力で地元である立国川市の不良達を抑え付けていたが、勝子に敗北した事で抑制力を無くし、反発を恐れ神奈川に逃れた経緯があるので、隣の学区にある首師高校の事は当然知っていた。


「ああ。多磨地区のワルの吐き溜めみたいな学校だな」


「そうだね。中学の時は関わる事は無かったけど、あの頃は一寸怖かったかな?」


 柏は暗に今では怖く無いと言う意味を込めてワザと昔の感想を語った。


「でも、あんなところにまで手を出してるの? 美夜受ちゃんも物好きだねぇ~昔から頭おかしかったけど、益々頭のネジがぶっ飛んでるね」


「いや、麗としては麗の妹分みたいなチームを助けただけらしいな。その時カギになったのが、麗の喧嘩動画にも映っていた小碓ってガキらしいな」


「オウス? 誰だそりゃ?」


「小碓って、大足彦忍代別おおたらしひこおしろわけ……漢風諡号だと景行天皇が臼に向かって叫んで、それが皇子に名付けたのが由来とかいうヤツかな? 確か難産の時に夫が臼を背負って家を回る風習が地方にあって、それから出来た話らしいね」


「何の話だ?」


「まぁ民俗学フォークロアっぽい話はとにかく、珍しい名前っぽいけど、『古事記』や『日本書紀』に出て来る英雄の本名と同じだね。敵の今わの際に貰った名前の方は日本人なら誰でも知っていると思うけど」


「はぁ? コジキ? ホームレスの事か?」


「……ゴメン。知らない日本人も居るんだよね。訂正するよ」


「テメェ! スカしたインテリぶってるんじゃねーぞ!」


 柏と阿蘇は再び言い争いを始めたが、スマホから目を離した少年は車高の高いジープ・ラングラーのボンネットから勢いよく降りると、柏を見ながら運転席を指さした。


「へいへい。伊吹君。無免許の僕が運転しますよぉ~」


「麗潰す前に事故るんじゃねーぞ」


「何なら阿蘇君が運転するかい?」


 阿蘇は以前、盗難車をスクラップにしてしまい伊吹に睨まれたことを思い出すと、軽く舌打ちをしたが特に何も言い返さず、黙ってドアを開いた。


 柏は運転席に、阿蘇は助手席に座り、後部座席でシートに伸ばした足を載せた伊吹が座った。


 一瞬前の座席に座った二人は顔を顰めたが、豪気な彼らでさえ伊吹に対して特に文句を言う事は無かった。


「さぁて……楽しい楽しい麗狩り開始だ♪ 今から如何ぶっ壊すか、想像するだけで勃起たちそうだぜ」


 柏はバックミラーに映るファントムの異名を持つ少年・伊吹尚弥いぶきなおやの狂気を孕んだ瞳を見て、仲間でありながらも戦慄を覚えざるを得なかった。





 本話で第2章終了です。

 次回本作新キャラの登場人物紹介を挟み、第3章開始となります。


 ”ファントム”伊吹尚弥達は前作『ヤンキー女子高生といじめられっ子の俺が心中。そして生まれ変わる?』の一年生編最終章に登場するキャラクターで、柏と阿蘇は『魔王の鉄槌~オーバーハンドライト 最強女子ボクサー・周佐勝子の軌跡』にも登場している敵キャラです。まだご覧になられていない方はそちらもご覧頂けたら幸いです。

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