第79話 私は本気だよ

「かっ……揶揄っている訳じゃ……ない……よね?」


 流麗の瞳が彼女らしくなく、少し緊張している様に見えたので、俺の問いは小声になっていた。


は本気だよ」


 流麗は一人称が普段の「あーし」から「私」に変わっていた。

 去年は自殺まで考えていた俺が女子から告白されるとは思ってなかったので、こういう時に如何すれば良いのか全く分からない


「ねぇ……いきなりでビックリしたのかも知れないけど、答えを聞かせて欲しいな」


 如何やら嘘では無いらしい。


 俺も覚悟を決めなければいけないだろう。


「ゴメン。俺には好きな人が居るんだ」


 瞬いていたら気付くことがなかったであろう刹那の瞬間、流麗の瞳は悲しく潤んだ様に見えたが―


「うん……何と無くだけど知ってた」


 流麗は感情を押し殺す様に、只微笑んでいた。


「え? 誰だかバレてるの?」


「麗衣ちゃんでしょ?」


 俺が麗衣の事が好きなのは勝子と姫野先輩、環先輩、それに亮磨先輩ぐらいしか知らない筈だが、流麗は何故か知っていた。


「何で分かったの?」


「いや、適当にカマをかけただけ。そっか、麗衣ちゃんが好きなんだぁ~♪」


 嵌められた。


「やられたなぁ……」


「アハハハッ! フラれて悔しいけど、これで一本奪い返したね♪」


 そんな物だろうか?


「もしかしたら勝子ちゃんの線もあるかなぁって思ってたけど、麗衣ちゃんなんだぁ。正直、相性で言えば勝子ちゃんのが合いそうジャン?」


「いやいや……勝子だけは勘弁してくれ」


 俺が心の奥底から本音で拒否ると流麗が悪戯っぽく歌った。


「いーけないんだぁ~いけないんだぁ~勝子ちゃんに言ってやろぉ~♪」


「ひいっ! 許してください!」


 下手すれば命に関わる。

 俺が流麗に向かって土下座せんばかりの勢いで哀願すると流麗はゲラゲラと笑い出した。


「アハハハっ! マジキョドり過ぎの武っチおもしろーい! 失恋のショックも一寸和らいだよぉ~」


 流麗が涙目をこすりながら俺に言った。


「でもさぁ、本当にいいの? あーしなら麗衣ちゃんに似ているし、オッパイの大きさなら麗衣ちゃんに勝ってるし、自分で言うのも何だけど、悪くはないと思うんだけどなぁ?」


 ぐぬうっ


 確かに麗衣と逢う以前なら、二つ返事でOKしていたところだろう。


 だが、流麗との出会いすら麗衣と逢わなけれなければ、無かった事なのだ。


「正直凄く嬉しいけど……麗衣に惹かれたのは顔とか……その……オッパイだけじゃないんだ」


 非リア充がたまに良い事を言おうとしても慣れてないからアホな事を口走るのは許して欲しい。


「えー? 今なら麗衣ちゃんの上位互換オッパイを好きにして良いのに? 童貞捨てられる大チャンスだよぉ♪」


 うぐうっ!


 我が荒ぶるアメノハハギリ、フツノミタマ、クサナギソードよ!


 約束された勝利! 神々之黄昏ラグナロク! 天地創造物語エヌマエリシュ! ギガントマキアよ!


 如何か静まり給え!


「麗衣はその……俺の命の恩人なんだ。だから、俺がアイツ以外の人を好きになる事はあり得ないんだ」


「命の恩人?」


 事情を知らない流麗からすれば何を大袈裟な事を言うのかと思うだろう。


 俺は麗衣との出会いから麗に入るまでの経緯を流麗に説明した。






 自殺をしようとしていた俺が麗衣と共に学校の屋上から飛び降りた事―


 棟田に苛められそうになった時に救われた事―


 麗衣にワンツーを教えて貰った事―


 それから鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードとの喧嘩、麗衣を守りたいと思ったのをきっかけに格闘技を始めた事などを説明した。


「そっかぁ……二人ともカッコイイよね」


 話を聴き終えると流麗は「ふうっ」と溜息を吐いた。


「分かった。あーしなんかじゃとても二人の絆には割って入れないよね。一寸残念だけどあーしが身を引くよ」


 納得は出来ないかも知れないけれど、俺の事は諦めてくれたと考えて良いのか?


「でもさぁ、麗のスパイだろうが何だろうが、武っチ、今はNEO麗のメンバーだからね。これからあーし達も麗衣ちゃんと武っチみたいな絆をこれから築いていきたいな」


 そう言って、流麗は俺の頬にキスをしてきた。


「……今日はこの位で勘弁してあげるけど、何時か麗衣ちゃんに負けない位イイ女だって振り向かせてみせるから!」


 その時甘酸っぱい雰囲気を妨害するかのように、俺のポケットに入れていた流麗のスマホの着信音が鳴り出した。


 妙な歌詞と聞いていて情けなくなる(勿論誉め言葉だが)歌声は俺の記憶のある歌だ。


 筋肉少女帯のボヨヨンロックかい……


 俺の着信音がKids Returnだから、入場曲が小林聡VS大月晴明の伝説の試合になるな。


 て、それどころじゃない。


「まだ返してなかった。ゴメン!」


 俺は流麗にディスプレイにヒビが入っているスマホを渡した。


 もし警察に拾われたら例え流麗がこの場から逃れても身元が割れてしまう事を考慮し、捕まる危険を冒しながらも拾いに行ったのだ。


「ううん! 拾っておいてくれてありがとう! マジ助かった系」


 そう言いながら、流麗はスマホのディスプレイを触った後、耳に当てた。


「あっ……もしもし? どしたの火受美? ……ん? いやいや! 捕まってないから……本当かって? 捕まってたら電話出れないでしょ? そんな事も分かんないなんてらしくないなぁ……今どこに居るかって? まだ首師高校ひとごのかみこうこうに居るから……武っチなら一緒に居るよ……えっ? 代わって欲しい? 分かった。武っチ。火受美が代わってだって」


 俺がスマホを受け取り、耳を当てると―


(コラあっ! 武っチパイセン! 流麗にエッチな事してないわよねぇっ!)


(一寸神子! 煩いから静かにして!)


(黙って何て居られないわよ! あんなムッツリスケベと一緒に居たら流麗が何されるか分からないじゃない!)


(あんなヘタレの先輩にそんな事出来る訳ないだろう……)


 向こうはスピーカーフォンで会話しているのだろうか?


 俺の悪口が全部聞こえてきた。

 

 どうやら興奮気味の神子を火受美と孝子が抑えている様だった。


(孝子。悪いけど神子を頼む)


(はいよ。取り敢えず関節地獄で黙らせとく)


「……もしもし? 武さんですか? もしかして聞こえちゃいましたか?」


 恐らくスピーカーフォンから切り替えたのであろうか?

 神子達の声が遠くなり、遠慮がちに喋る火受美の音声が明瞭になった。


「あっ……まぁ、聞こえてはいたよ……」


「申し訳ありません。後で神子の事は私から叱っておきますから」


 孝子も俺に対して失礼な事言ってなかったか?


 それはとにかく電話越しに虫が潰されたような神子の悲鳴が聞こえてきた。


 あっちで何が起きているのか聞かない方が良さそうだ。


「で、俺に用があるのか?」


「その……置いて行ってしまって申し訳ありませんでした」


 生真面目な火受美は謝罪をしてきた。


「いや、俺から先に逃げて欲しいって頼んだ事だし、謝らないでくれ」


「いいえ。またそっちに迎えに行きますので動かないで待って居て下さい」


「止めた方が良いと思うけどな……今はこっちに警察いないけど、途中で巡回している可能性もあるしね。こんな時にバイク数台でうろついてたら怪しまれるだろ?」


「そうですか……では、帰りの足は如何しますか?」


「駅まで歩いて行って電車で帰るよ」


「しかし、それではあまりにも悪いのですが……」


 律儀で責任感が強い性格なのか?

 火受美は申し訳なさそうだった。


「いや、折角警察から逃げ切ったのに君達が捕まったら意味がないからね」


「……分かりました。じゃあ今日は解散って事ですか?」


「それは俺が決める事じゃないけど、良いと思うよ。流麗と代わる?」


「ええ。お願いします」


 俺がスマホを返すと、流麗は火受美と二、三の会話をして電話を切った。


「じゃあ帰ろうか!」


 努めて明るく言う流麗に厳しい現実を伝えないと駄目だった。


「ここから徒歩で一番近い六日市駅まで一時間以上かかるよ?」


「え? ……マジ遠くネ?」


 距離を知った流麗は俺に交際を断られた時以上に悲観的な顔をしていた。


 喧嘩やら警察からの逃走やらで疲れ切った俺達には遠すぎる道のりだった……。



 次回で第2章終了となります。



 

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